第10話

 朝倉。無茶だ。


 俺は神に祈った。

 涼宮ハルヒに宿るとかいう力の神でもいい。それが無理なら、何の神でも構わない。


 朝倉を、そして出来れば俺を救ってくれ。


 俺は心から、そう願った。


「待たせたな。未来を司る神だ」


 えっ、と思う俺をよそに、やたらダンディーでハンサムな感じの兄貴的存在が、朝比奈さんを華麗にスルーして朝倉を抱きかかえた。


「なっ。ちょ、は、離しなさいよー!」


 お、おお。やたらワイルドな救世主だが渡りに舟かも。


「アンタも着いて来るんだ。三分だけだが、我々以外の時間は止まっているのだよ。さあ、先を急ごう」


 うん。じゃあわざわざ朝倉をお姫様だっこしているのはなにゆえかな、兄貴。


 でもまあ、この場から助かるならありがたいのは確かだ。

 そして、三分は意外と長い。


 俺は兄貴に従い、非常階段から無事にビルを脱出したのだった。


 ☆


「ぜえ、ぜえ」

「あれ。アンタ若いのに、やけに体力が足りてないな」

「そ、それはアンタがタフ過ぎるだけだ!」


 三分でビルから出るのを目標にするのだから、七階からなら相当なペースで降りねばならないのはある。

 しかし、それにしてもコイツは異常にタフだ。


 だって、朝倉を抱えた上で俺をどんどん置いて階段をダダダダって駆け降りていくんだからな。


「いい加減、アタシを恋人のように抱っこするのをよしなさい。気持ち悪い男ね」

「ふふ。これは失礼しました」


 朝倉がそう言うのはもっともだと思えるほど、抱っこ状態で棒立ちしていた兄貴はようやく朝倉を解放した。


 しかし、なぜ遥かに年下の朝倉に敬語、そして俺にはタメ口?


 やれやれ。

 なんだか、肝心なとこで締まらないヤツだな。


「ところで、アンタ……そもそも誰だ?」

「そうだな。アンタの言い方に合わせるなら、ボクは藤原(大)」

「ふ、藤原だって?」


 俺は驚いてはみせたが、言われてみれば藤原がそのまますくすく成長して兄貴になったってビジュアルなだけに、妙な説得力がある。


 藤原がいるのですら違和感あるのに、(大)まで出現するなんて。

 うーん、助かったからいいものの、なんとも複雑な気分だ。


 ☆


「そうそう。お伝えしてませんでしたが、ボクがこの時代にいられるのは十分間。なにせ涼宮ハルヒが作り出した時間断層を条件付きで突破しているに過ぎませんのでね」

「だから何なの。アタシは時間なんたらまでは知らない世界にいるのだけど」


 時間断層。そんなのあったな、懐かしい。


「魂胆は知らねえが、助かったぜ。サンキューな」

「アンタに降りかかる試練。本当に大変なのはまだこれからだ。だが、はっきり言えば結末はアンタ次第だろうな」


 含みのある言い方が若干鼻に付くけど、別に悪意はなさそうだ。

 きっと大人になり丸くなり、ひねくれた性格だけが抜けきらない。そんな感じ、あるいは未来人業界の古泉的な役割に収まったのだろう。


 正直、どっちにしろ癖が強いがな。


「我々の時間軸で時間断層を永続的に突破出来たのは、この時代のボクだけ。やはり少しでも長くいた時代には馴染みやすいらしい。というわけで、そろそろボクは消える。アンタに、昔のボクを頼んだぞ」

「おう、任せておけ」


 そして、朝倉の方に目をやると藤原(大)は無駄にハンサムなウインクを決め、すうっと姿を消したのだ。


「……藤原。未来における彼はあなたに敵対しない可能性を見た」

「うお、長門。お前、いつの間に」


 本当、まだ長門朝倉システムには慣れてない俺だけど、なんにしても藤原(大)が悪人じゃなさそうなのは一安心ってところだな。


 ☆▼▽▼▽


「おーい、藤原!」


 色々探し回る前に、待ち合わせたコンビニに来て正解だったようだ。

 律儀に店の前で、さも私服警官のように直立不動の藤原がそこにいた。


「お疲れ」

「か、軽いな。アンタは怪我とかないか?」

「ああ。それより姉さんが心配だ」


 お、おお。

 結局コイツは姉さんに全てが収束する、それだけは変わらないらしい。


「なあに、未来の朝比奈さんともなればよっぽど大丈夫なんじゃないか?」

「ふん、根拠のない励ましなど頼んだ覚えはない」

「……藤原。シスコン」

「ぐっ、長門。キミに言われる筋合いはない」


 なんでだよ。

 長門に兄弟がいる世界に改変されてない限り、姉さんに似て藤原もおとぼけ属性が付加されたってか?


「……兄弟。それには血縁関係が必須。私はあなたの兄弟ではない」

「うん? まあ、そうだな」


 なんのこっちゃ。

 何だか知らないけど、長門に丸め込まれる今の藤原なら、大した悪事も出来ないだろう。


 ☆


「るんるんるーん」

「うご、朝比奈!」


 姉さんに対してとは偉い違いの藤原。

 まあ、ライダースーツなんか着てる朝比奈さんに対してだから、割と分からんではないが。


 とりあえず、俺たちは朝比奈さんから逃げ出した。


「知ってるかもだが、触られるなよ。消えるから」

「あ、ああ。実は隠れて見ていた。アンタ、無様だったな」


 う、うるせえ。

 だけどまあ、そんな事は右から左になんたらだ。


「……陽動。私が請け負う」

「おい長門。さっき朝倉にも言ったが……」

「……構わない。時間さえあれば私はこの時代に戻って来られる。その程度の権限はいまだ保持してあるから」


 そこまで言われちゃ、止めようがないか。


 ただ、喜緑さんみたく動いてくれる当てがないだけに、出来れば朝比奈さんの目を覚ます方法を見つけないと。

 逡巡こそしたものの結局、俺の結論はそうと決まった。


「長門。朝比奈さんは今、正気に戻す。だから……消えない程度に時間を稼いでくれ」

「……秀逸」


 秀逸。秀逸、とはな。

 なんだか非日常では色々と起きるみたいだ。長門が俺を誉めるなんて。


 ☆


「るんるんるーん」


 今の朝比奈さんには一切の自重がない。道行く人をどんどん消していくのに、油断すれば全力疾走の俺たちに追い付ける速さで快調にランニングしていらっしゃるのだ。


「……遮断」


 長門は長門で、物的障壁生成とかいう宇宙人機能を使ってアスファルトなどお構い無しに地面を隆起させ、朝比奈さんを精密な狙いで妨害していく。


「そ、そうだ藤原。お前も未来人なら、TPDDとやらでなんとか出来ないのか?」


 俺は我ながらナイスなアイデアのつもりで、藤原に提案した。


「むう。なぜかは知らんが、今のボクはほぼ一般人だ。禁則事項だらけで、時間移動の許可など下りない」

「げっ、マジかよ」


 おそらく朝比奈さんを下回る権限に抑制する代わりに、藤原サイドの組織は藤原の記憶を部分的に置き換えるなどし、この時代に戻したのだろう。


 そう考えると、最近の藤原の態度は何もかも辻褄が合う。


 ただ、今の状況を考えると藤原(大)の「アンタ次第だ」がやたら無責任に思えて来たのは俺だけだろうか?


 ☆


「はあ、はあ。も、もう限界だ」


 朝比奈さんをどうにかする、などと意気込んだ俺だが、生憎とミステリー小説みたいに分かりやすい伏線に心当たりはない。


 それが現実ってなんだか癪だけど、はっきり言えば実際にそうなのかもしれない。


「くう、ふう。す、涼宮ハルヒさえいればなんとでもなるのに」

「涼宮ハルヒ?」


 藤原からその名を聞くのは、なんとなく意外だ。


「あるいは、……渡橋泰水」

「えっ。ヤスミだって?」


 よく分からない。

 涼宮ハルヒでさえなのに、ヤスミに何が出来るって言うのか。

 それに、アイツはもう……。


「キョンせんぱぁーい!」

「えふぇい?」


 人はビックリし過ぎると、コントでもお目にかかれない奇声を発する生き物なんだ。

 というか、そんな理由で俺の奇声を大目に見てくれれば何かとありがたい。


 って、誰に許しを請うてるんだ俺は。


「はうわあー!」


 なんか、朝比奈さんが叫び出していつもの制服姿に戻ったぞ。

 なにこれ。それこそライトノベルのご都合主義?


「やったあ、キョン先輩。アタシって、やれば出来る子なんですね?」

「え、何が?」

「おお。神の器には及ばないが、よくやった!」


 藤原、いきなりどうした?


 ま、まあ。朝比奈さんがあんなにキョトンのほほんとしてるって事はなんとかなったんだな。

 じゃあ……うん。終わり良ければ全て良しだ。

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