第11話
よし、状況を整理しよう。
おもに俺自身のために。
えっと、まずSOS団に正式復帰したのが長門朝倉な長門、そして朝比奈さん。
で、九曜と藤原は以前よりは協力的な感じで、更にヤスミがいる。
なるほど。それなりに心強い感じになって来たじゃないか。
「長門先輩、朝比奈先ぱーい。お久しぶりです」
「……渡橋さん。元気?」
「うっうっ。ヤスミちゃん、懐かしいです~」
朝比奈さんがやたら強めにハグするので、ヤスミは恥ずかしそうにジタバタしている。
でも、なんだか不思議だ。
ついこの間までは俺だけで足掻くしかなかったのに、今はこんなにも頼れる仲間たちが戻ってきてくれた。
涼宮ハルヒは、今のこの様を見たらどう思うだろう?
悔しがるだろうか、嫉妬で荒れ狂うだろうか。それとも……。
☆▼▽▼▽
「へえ。体験入部、か」
かつてヤスミは「実は中学生だから」というていでSOS団に入部不可となった。
しかし北高の同好会でしかないSOS団に入部不可とまでするのは不毛という、心あるのかないのか謎の生徒会長の配慮があったらしい。
その結果、体験入部という形でSOS団の団活に参加出来る事になったのだ。
「はいっ、改めましてよろしくです。キョン先輩!」
後は古泉くらいしか脅威がないであろう文芸部部室だが、しばらく俺たちは例の公園を集合場所に団活を進めた。
まあ、雨の日は市立図書館にしてるけどな。
基本的に閉鎖空間でしか能力を行使出来ないとしても、『機関』の存在は部外者の俺たちには未知数。
ある程度の準備が出来るまで、用心に越した事はないってわけだ。
「アタシ、変だった頃のことを覚えてないんです。だから、次々に人を消すなんて聞いた事がない以上、新手の組織が関わってるのかもしれません」
そう切り出した朝比奈さんは、心なしか震えているようだった。
「朝比奈さん、安心してください。あれから消えた人たちも戻って来たみたいですし」
俺は、根拠に乏しい安心理論でなんとか朝比奈さんを元気付けた。
そりゃ、消えた人たちが戻ってきたのは目の当たりにしたけど、全員かどうかは分からない。
それは涼宮ハルヒではなくヤスミの能力が行使された結果という現実。
完全なる日常に戻すには、やはり涼宮ハルヒでないと困難である可能性も十二分に考えられるのだ。
☆
ちなみに朝比奈さんが言う「変だった頃」というのは、もちろんライダースーツ状態の朝比奈さんの話だ。
で、朝比奈さんが言いたいのは、敵対するSOS団員の背後にいるのは今までのどの勢力とも違う新組織なんじゃないかっていう説だ。
「……それは妥当。周防九曜はともかく、今の情報統合思念体が団員を襲わせるとは考えにくい」
一理あるな。
朝倉涼子が俺を攻撃してきた頃じゃないんだから、少なくともその理屈は通りそうな気がする、と俺も素人なりに賛同を示した。
「情報……統合?」
あ。
涼宮ハルヒの分身的存在であるヤスミに、うかうかと話しては元も子もないパターンからのジ・エンドが幕開けか?
「な~るです。SFはアタシも最近、凝ってるんですよね」
うんうん。もしかして、涼宮ハルヒに何もかも打ち明けたってこうなるんじゃね?
あるいは、涼宮ハルヒによりコイツは都合よく「限りなく涼宮ハルヒの分身である赤の他人」へと巧妙に改変されていたりしてな。
☆
藤原のように記憶の一部が置き換わっているかもしれないヤスミに、俺たちはあくまでSFというていで協議を重ねた。
まあ、ライトノベルが今の活動なのを考えれば不自然な内容でもないのはラッキーなんだろう。
「すると、まずは大トリである涼宮先輩を復活させる前に古泉先輩との熱いバトルってワケですか」
お、おう。
朝倉といいヤスミといい、最近の女子はどんだけバトルが好きなんだよ。
「まあ、熱いかは分からんがアイツはその、全力でおとなげなく、下手したら病院送りになる犯罪者っていう役だから。うん、それくらいの覚悟で事に当たろうな」
「了解です。任せてください」
朝比奈さんに関しても、改変がどうというより「あのタイミングで俺の前に出なさいという脚本通りにしたら、脚本通りに朝比奈先輩が正気に戻った」らしい。
脚本ってなんだとは思ったが、要するに芝居のつもりで動いていると発動される、長門的に言えば限定的な権限行使なのかもしれない。
(芝居……か)
昔、自主制作映画なんてやってたなと、今になって俺の記憶は蘇ってきた。
非日常。それが曖昧にしていた記憶は、こんな感じで団員との関わりを中心にして俺の中で復元されていった。
「……論文の解読状況は、どの程度?」
「ん、ああ。聞いて驚け。八割方は理解出来たぞ」
☆▼▽▼▽
ネカフェ。
実は朝比奈さんや藤原との寸劇があったあの日、俺は一人ネカフェにこもって、まるで古文書を解読する使命に呪われたインディ・ジョーンズみたいにモニターに向き合った。
おっと、インディ・ジョーンズに古文書解読シーンがあったかなんて聞くなよ?
あくまでイメージ。あろうがなかろうが、俺にとっては古文書と来たらインディなんだ。
(有限極大核。これ自体ではヒットしないから、定義から攻める。『有限と見なせるわずかな資本を持つ労働組織の数、それが極大値を取り得るために必要な知的核組織』。ふう、ま、地道に一つ一つ、単語から拾いますか)
資本、労働、組織。
一つずつ検索したり、ワードの組み合わせ、たとえば「資本」と「組織」のAND検索といった検索を試してみた。
まあ、だからって何もかもが明らかになるわけじゃないし、分からない部分も残ってはいる。
けれど、「資本」と「組織」でR・ヒルファーディングが提唱したと思われる組織資本主義が検索結果でヒットするなんて、一見、単純だけど人によっては途方もない成果だ。
たとえばだから他にも興味深い価値観やシステムはあったが、個人的にはコイツが最も面白いと思った。
☆
『組織資本主義は,現実には自由競争という資本主義原則を計画的生産という社会主義的原則によって,原則的に置き換えることを意味している』
たとえば組織資本主義の規定とされる、こんな表現ですらインターネットは簡便に、知識の四次元ポケットのように取り出せてしまう。
自由競争を計画的生産に置き換える。
余りメジャーな発想とも思えないが、発想としてあるという事実は、一学生に過ぎない俺に衝撃を与えた。
(いや、でももしかして……)
極端な話、ある会社の社内規定を多数派の都合に合わせてガラッと変えてしまえば実現出来そうだな、なんて恐ろしい事を閃く。
だが俺はそんな愚考を慌てて脳内で否定した。
だって、具体的には知らないがそんなモン、あっという間に看破されて本家の資本主義や社会主義に「我々を吸収してください」と言っているようなものだからな。
でも、ある主義を別の主義に置き換える、その可能性を保持しておくのは何かと良さそうに思えるのは俺だけかな?
(世の中には色んなヤツがいる。哲学一つでさえそうで、むしろ哲学に関してなら置き換えなんて常套手段。……)
☆
で、だ。
そんな事を繰り返していたら、なんとなく涼宮ハルヒの論文が理解出来てきたんだな、これが。
「つまり、こういう事だ。ある労働環境、つまり職場において順応総和を仮に算出出来る環境が構築出来れば、有限極大核に相当する組織の有効性は判定類に依存する。そしてその依存関係は概して単調に増加だ」
涼宮ハルヒの論文には肝心かなめの要約がなかったら難しく思えただけで、しっかり意味を吟味していけばしっかりと理論になっていた。
「……なるほど。そして少数能にはそもそも順応総和を算出出来る環境が構築されようがない。それは人間に認知されないため。だから私たちはなるべくして少数能になってしまった」
「まあ、そうだろうな。俺もそう考えてる」
俺自身、驚いていた。
一見、意味不明な言語の羅列でしかなかった論文が、少数能が抱える本質的な課題に迫っていたのだ。
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