第15話
俺たちがいる隠れ家の周りは、佐々木の閉鎖空間のようなモノらしい。
そこは安定していて暖かな雰囲気なので、神人も近寄れないらしい。
「佐々木だって? アイツ、生きてんのか」
「ええ。ですが、閉鎖空間を保つためにこの隠れ家から入れる地下深くの部屋で瞑想していますよ」
佐々木が瞑想、か。
なんだか無茶苦茶に巻き込まれちまったな、佐々木よ。
「悪く思わないでください。これはボクと佐々木さんの間で交わした一種の契約。彼女が閉鎖空間を保つ代わりに、ボクは神人退治や食料調達を請け負っているんです」
なるほど。だがそれにしても橘、放置され過ぎじゃなかった?
「おや、もしかして橘さんの身を案じてらっしゃったのですか?」
「ああ。はっきり言って、死んでたかもしれないぞ」
赤い光になれる古泉なら、生存者を確認するために駅前のデパートくらい巡回しているはずだ。
☆
「まあ、しっかり止めなかったのは悪いと思います。ただ、あれは橘さんが望んだことなのです」
「橘が?」
橘は涼宮ハルヒの閉鎖空間と同等の世界に身を置き、更に自らを危機に晒すことで赤い光になるための訓練をしていたと古泉は言うのだ。
「でも、俺たちが逃げようと持ちかけたら、橘のヤツしっかり着いて来たのだが」
「んふ。ボクは橘さんではありませんからね。ただ聞いたことを聞いたと伝えることしか出来ません」
「お、おお。ま、誰も悪くないなら良いんだ」
修行って思ったより大変らしいからな。
どんなに立派な道場でも、所詮は民間。人は死活問題、つまりカネの問題に直面すると弱い。
だから一流の修行を積めるかどうかなんて、ほとんど運任せとすら言われてる。明日のカネは誰にも完全保証なんて出来ないからな。
だから極端過ぎるけど、人生はカネが全てなんて考えすら存在はしてしまってる。
(あんまり良い考えではないんだがな)
増して、今の閉鎖空間はカネどころか命に直結する判断の連続に違いない。
知る顔が現れて逃げようと言われれば、どんなに強い覚悟も縁や因果に置換されてしまう。
案外、修行ってそんなモノなのかもしれない。
☆
「俺や朝比奈さんは、実は二ヶ月前から来た」
今の古泉はそれなりに信頼に値するいつもの古泉だと判断し、俺は俺たちの事情をざっくり説明した。
長門や朝比奈さんは正気に戻した事、九曜や藤原が協力的らしい事、ヤスミがいる事。
そして、この時代に来るまで古泉と涼宮ハルヒは認識してなかった事。
「なるほど。しかし残念ながらボクは、あなたの今後に関してはアドバイス出来る事など何もありません」
「えっ、どういう事だよ」
古泉はわざとらしく両肩をすくめた。
うん、なんだか随分と俺より様になるなチキショー。
「お話ししたように、ボクが正気に返ったのは人類が滅亡し、神人に置き換わった後ですから。だからそれ以前に関する情報など、少しも持たないというのが現状なんです」
「えー。だが納得せざるを得ないな」
つまり、そうなると橘や佐々木にも大した情報は期待出来そうにない。
なぜなら涼宮ハルヒは閉鎖空間広げっぱなしでどこにもおらず、古泉が操られていたなら俺たちはそもそも橘に会えていない可能性が大だからだ。
「くそったれ。俺は何のために未来に来たって言うんだ!」
実際、俺は人類滅亡を生き延びた橘を等身大神人から救っただけ。
そしてそれすら、古泉がいなければ無意味に終わっていたかもしれない。
☆
だからまあ、聞けるなら佐々木にくらいは情報を探っても良いかもしれない。
なぜって、俺たちが古泉のラノベ予言をスキップして佐々木に会った可能性、それもまたこの時間軸では有り得るからだ。
「ふう、む。申し訳ありませんが、その可能性は限りなく薄いかと」
「な、なんでだよ」
古泉の予想では、もしそうであるなら俺がほぼ確実に涼宮ハルヒを正気に戻せていただろう、というのだ。
「な、な、なんでだよ」
「んふ。ご冗談でしょう」
なんだコイツ。
でも悔しいが古泉が言わんとする事を俺はなんとなく思い出しかけていた。
「まあ、だとしても佐々木とは話も出来ないのか? アイツが何か知ってるなら、少しでも情報が欲しいんだ」
しかし古泉は申し訳なさそうに頭を下げた。
「これは出来ればあなたには言いたくなかったのですが、佐々木さんはあなたに会う事を明確に望まない覚悟をお持ちです」
「俺に会わない覚悟……だと?」
俺が古泉にやや問い詰めるような形になっても、古泉は綺麗すぎるお辞儀の角度を崩す事はなかった。
☆
佐々木は、俺に絶対に会いたくない。
その証言は俺を少なからず打ちのめした。
「古泉。出来れば理由を教えてくれ」
「いえ、それをご存知なのはあなた自身のはずです」
俺が、理由を知っている?
何が何だか、いつもの古泉が良くも悪くも戻ったようだ。
「なあ古泉、他にもまだ聞きたい事が……」
「それには及びません。あなたにはあなたにしかない力がある。ボクはあなたから大いに学びました」
「俺から?」
「ええ。そしてあなたがこの未来に来たのは、矛盾してはいますがこの未来にしないためなのでしょう」
そこまで言うと、古泉は隠れ家にしている掘っ建て小屋に視線を移動させた。
ああ、全く俺たちがいたのは客観的にも主観的にも完全なる掘っ建て小屋だったんだ。
「おや、朝比奈さんがあなたを待っていますよ。急いだ方が良い」
俺も振り返って目をやると、朝比奈さんは口元をカップヌードルのスープ油でテッカテカにしながらニコニコしていた。
「キョンくん。帰る時間になりましたよ~」
「アタシたちの事は気にするななのです。もっとずっとマシな未来に変えてくれれば、アタシは……」
やれやれ。
なんだか最近、やれやれの回数が軒並み増加の一途を辿るのを自覚してしまう。
橘だとしても、女性の涙は痛々しくどこか同情を禁じ得ないのだった。
☆▼▽▼▽
俺たちは何もかもが絶望的な未来から帰還を果たした。
「うわーい。キョンくん、お疲れ様でしたあ」
「は、はは。まあお互い、無事で何よりでしたね」
うん。何のための時間移動だったんだ?
今まではもっと有意義な事が多かった気がするタイムトラベル。
だがまあ古泉も言っていたように、あの未来を変えろって事なのかな。
ラノベ締切三日前にやる事じゃない気もするけど。
「あの、朝比奈さん。締切まであと三日の過ごし方、あの時代で何かを掴めましたか?」
「はひえー。あとたったの三日ですかあ?」
質問に質問で返された上にちっとも頼りにならねえ。なんてこったい!
「えっとお、じゃあ残り三日、諦めないで色々と頑張りましょう。えい、えい、わー」
「は、はは。おやすみなさい」
あの未来でこの朝比奈さんなら、ぶっちゃけさっさと帰宅するべきだったかも?
☆
家に帰るまでの間、俺は俺なりに現状を振り返った。
まず、そもそもラノベ締切まであと三日なんだよな。本当、さっき思い出した。
危ねえ。何かと慌ただしすぎて着いていけてない俺がいるぞ。
「課題もてんこ盛りだ。橘に古泉、佐々木に涼宮ハルヒ……」
果たして三日で間に合うのだろうか。
しかも、そういえば締切過ぎるイコール人類滅亡なのか?
荒野だ。
強いていうならこれは、予言から基本的な出来事の相関関係から、分からないだらけの荒野。
俺とした事が、荒野の地平線の壮大さに見とれて足下が見えてなかったとはな。
荒野なだけにあらゆる大部分の詳細は、いまだに不透明だ。
はっきり言うなら、そう、古泉をして元凶と言わしめた涼宮ハルヒに直接聞かないと前進出来ない案件。
地道に手掛けるには時間がない。
せめて一週間前からやり直せればな。
「やり直す、か。もしかしてヤスミに頼めば」
煮詰まってきた俺の苦肉の計。
それはヤスミ頼みという絶対的に微妙な結論だった。
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