第14話

 橘は、何の売り場か分からなくなっていた、等身大神人により破壊済みの区画にいた。


「あら、あなたたちは……」


 ポニーテールはやはり橘だった。

 そして例によって可愛げをたっぷり振りかけた微笑を浮かべ、どう見ても危機的状態の中で我こそは孤高の存在だと暗に言っているようだ。


「うぃーす、橘。元気か?」

「こ、こんにちは~」


 俺はあくまで橘も味方だろうという気持ちで、朝比奈さんは、多分なんとなしに緊張しながら橘に挨拶した。


 まあ、明らかに挨拶するような悠長な環境じゃないんだが、逆にその方が良いかなっていう気分的なアレなわけだ。


「まさか生き残っていらっしゃったとはね。涼宮ハルヒの閉鎖空間と化した、この世界で」

「涼宮ハルヒの閉鎖空間、だと?」


 俺は驚いた。

 閉鎖空間ってのは、涼宮ハルヒのストレスが生み出した世界か何かだったような気がする。


 俺の記憶は、SOS団員の改変とも言うべき今回の非日常の代償で欠落があると思われるから、ひょっとしたらそこに理由があるんだろうか?


 ☆


「閉鎖空間。佐々木さんのそれとは違い、不安定で無秩序らしい涼宮ハルヒのそれは、どうやら爆発的に増加した結果として現実そのものになったのです」


 言われてみれば閉鎖空間って最悪、そんな事象を引き落とすようなモンだった気がする。


 やれやれ。

 記憶すら曖昧で、俺は俺自身すら信じるのが困難になってしまう。


「ふふっ。でも助けてくださるというなら感謝するのです。実際、閉鎖空間といえども、もはやここは現実。それにアタシの能力は、佐々木さんの閉鎖空間でないと無効なのですから」


 そんなルールも、あったようななかったような。

 ああ、もう。古泉一樹が絡む範疇だからか、具体的な話になるほど理解が曖昧な俺がいるぞ。


 とは言っても、そもそも能力者でもなんでもないただの俺が事情通って時点で変な話なんだよな。


「よし、橘。こんな所にいても自殺するようなモンだ。一旦、脱出するぞ」

「そうです。橘さん、ミラクル脱出タイムです」


 ミラクルを付けると本当、なんでも朝比奈さんらしさが出ますね。

 だから俺は許せます、うん。


 ☆


 しかし、等身大神人が湧きすぎだ。

 ビルの七階から逃げ出す方がよっぽどイージー。まあ、時が止まっていたからこそではあるけどさ。


 触れられたら肉体破壊。

 とんでもなく、えげつないよな。


 そしてそんな世界をサバイブしてきた橘って何なんだろう?


「ある程度、距離を置いて行動パターンを把握。そして理解が完全になったら敢えて距離を詰めてそちらのパターンも掴むのです」

「すげえな。どこでそんな攻略を閃いたんだ?」

「アクション激動少女☆ティンクルしれこ、なのです。知らないのですか?」


 うん。知らん。

 多分、欠落した記憶にもないと断言出来るぞ、なんとなく。


「ふええ、転んじゃいましたあ」


 げっ、朝比奈さん。

 なんかティンクルしれこの名前のインパクトが強すぎて一層間抜けた感じに。


 ☆


 なんて思うそばなら等身大神人の敵意は転んだ女子高生に集まり出した。


 マジか。等身大神人おとなげねえ。


「ふええ。ふええ」


 朝比奈さん、頑張れ。超頑張れ。


 ただそんなに動きは速くないにしても、そこそこの数の神人がいるデパート一階、入り口フロアだからタイミング的にも抜群に最悪だ。


 許可が下りないとタイムトラベル出来ない未来人、無能力の超能力者、そして平凡な俺。


 だ、ダメだ。朝比奈さんが助かるビジョンが見当たらない。


「せめて長門か九曜がいればな」

「いえ、厳しいのです。現に九曜もアタシの目の前で神人にやられたのですよ」


 だとしたら仮に長門がいても厳しいかもってところか。

 カッコよく手を差しのべたいのは山々だが、朝比奈さんはもう完全に神人に囲まれてる。


 万事休すだ。


 ☆▼▽▼▽


 バシュウウ、と何か溶けるような音がして、一人の神人が消滅した。


「お、お前は……!」

「ふう。全くこんな危険なエリアで何をしているのです?」


 古泉だ。しかもなんとなく正気っぽい。


「古泉。操られてるんだろ、平気か?」

「んふ。話は後で、まずは敵を一掃してきます」


 そう言うなり赤い光になり、古泉は等身大神人を次々にやっつけていった。


 そして粗方の敵排除を終えると、古泉はクールに朝比奈さんをなぜだかお姫様だっこした。

 お前は藤原(大)か。


「ふええ、そろそろ降ろしてもらえませんかあ?」

「お待たせしました。敵が少ない場所に移動しましょう」

「古泉くん、今はあなたを信じるしかなさそうなのです」


 そして俺たちはデパートを脱出し、古泉の案内で隠れ家に向かったのだ。


 ☆


 古泉がコツコツ作り上げたという隠れ家に着く頃には、辺りはすっかり夕暮れ時だった。


「皆さん、小腹がすきませんか。カップヌードルでよろしければお作りしますが」


 俺たちは腹ぺこでもなかったが、橘だけは先ほどからぐるぐる腹の虫が止まらない感じなためにカップヌードルを素直にご馳走になった。


「なあ、古泉。何がどうなってるのか、分かる範囲で説明してくれないか?」

「んふ。確かに状況理解はいついかなる時も人間の生存術ですからね。良いでしょう」


 かいつまんで説明すると、人類滅亡により古泉は、洗脳だか支配だかの感覚が抜けて正気に戻ったようだ。


「暫くして、ここはつまるところ閉鎖空間なのだと気付きました。そして能力が使えるとなれば、涼宮さんの閉鎖空間に違いないという確証を得るのにも大して時間はかかりませんでした」

「へえ。やけにしっかり推測したんだな」

「んふ。それは敢えて賛美であると受け取っておきます」


 古泉は案外と平気そうだななんて思いながら朝比奈さんは橘とどんな距離感なのか、俺は怖くて直視を出来ないでいた。


 ☆


 なあ、誰か。誰でも良いから教えて欲しい。


 オーソドックスな味のカップヌードルを、朝比奈さんはなぜかあ~んして貰っている。

 もちろん、橘にだ。


 なにこれ?


「んむんむ。はあ、幸せですね~」

「それは何よりなのです。もう一口いかが?」


 よせ、橘。全部持ってかれるぞ。

 たとえ罪ほろぼしが根底にあるとしても、朝比奈さんの食欲を甘くみるものではない。


「そうだ、ちょっとだけお時間を頂けますか?」

「ああ。俺も聞きたい事は山積みなんだ」


 俺と古泉は、数分後には友情を通り越していやしないか心配な朝比奈さんたちを隠れ家に残して表に出た。


「なあ、古泉。お前は誰に操られてたか、心当たりはないのか?」

「まあ、まあ。あなたには何事も優先して知る権利と義務があります。何しろ、こんな非常事態にはそれこそが涼宮さんのためになりますからね」


 涼宮ハルヒのため。

 まあ、きっと最後にはアイツを正気に戻せば、ラノベが完成して人類も滅びないで済む。


 それは確かにあるからと、俺はそのまま古泉の話を聞き続けた。


「ですから当然、あなたが知りたいであろう事は何もかもすっかり、順を追ってお話ししていきます」


 ☆


 古泉は、長門や朝比奈さんとは違い、操られていた原因を知っていた。


「それは他でもありません。あなたが最もよく知り、そして今は最も忘れている人物」

「俺が知り、忘れてる……。そ、それってまさか」


 古泉はそこで意味ありげなニヤリ笑いを浮かべた。

 そうそう。コイツの笑顔は、いつでも意味ありげが限界なんだった。


 だけど、今回ばかりはそんなコイツの笑顔に感謝しないといけないんだろう。

 真相にショックを受ける俺の感情を、胡散臭いコイツの笑顔は実際、中和してはいたのだ。


 そうさ。全ての元凶といえるSOS団員改変の元凶。

 俺が最も知っていて、最も忘れている存在。


「涼宮……ハルヒ」


 わざとらしく、余韻を残すように俺はその名を口にした。

 だけど、ああ、全くその通りに違いない。


 改変なんて言葉を使う時点で無意識に、俺はとっくにその結末に気付いていたんだ。

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