第13話

 そこは、見覚えのある景色だった。


「あれ、昼間にはなりましたけど。これって……」


 俺は周囲を見渡した。

 時間帯が変わったって以外の変化はなさそうな気がする。


「キョンくん。走りますよ!」

「はい?」


 朝比奈さんは俺の手をぐいと掴み、猛烈にダッシュし始めた。


 ま、まあ朝比奈さんの全力ダッシュだからたかが知れてるんだがな。


「朝比奈さん、分かりました。何かから逃げるにしても、アレ使いましょう」


 ちょうど良い所に放置自転車っぽい自転車を見つけた。

 うん。仮に放置じゃないブツなら、後で返せば大丈夫だと思う。


「後ろにどうぞ」

「ふえぇ。じ、じゃあせめてアタシが前で」


 そ、それもそうだよな。

 だって朝比奈さんが後ろに回るという事は、リスクというか、やはり俺に当てては嫁に行けなくなる立派をお持ちなわけだから。


 いや、俺とした事が気が利かないこともあるモンだ。


 ☆


 二人乗り。いわゆる二ケツは法令違反かもだが、相手はどうせ一撃必殺のヤバいヤツ。

 命には代えられないからそうするだけで、良い子は法令をしっかり守ってくれよな。


「しっかり掴まっててくださいね~」

「は、はい」


 って、どこに掴まっても天蓋領域もびっくりなセクハラ可能性領域じゃねえか。

 俺、どうする?


「あ、やっぱりアチラをお借りしましょう」


 俺はふと目に止まったバカップルの方を指差したが、別にお借りするのはバカップルじゃあない。


 川辺でイチャ着いてるバカップルの傍らには、座席が二つ着いた二人乗り用自転車なんてハイカラなものが。


 なんていうか、あれだけ密着性がないなら俺が前面でも問題なさそうだ。


「す、すみませぇん。病気で倒れたお母さんを駅に迎えに行きたいので、お借りして構わないですか~?」


 朝比奈さん、思ったより言い訳慣れしてんな。


 だが、そこで予想だにしない展開が起きた。

 バカップルは凶悪な笑みを浮かべると、半透明な青いゼリー人間みたいな姿に変わったのだ。


「なっ。これって……神人ってヤツか?」


 サイズは人間大だが、見た目は神人って古泉が呼んでる巨人を彷彿とさせる。


 ☆


「はわわわ。ど、どうしましょう、キョンくん?」

「とりあえず、自転車をお借りして後で返しに来ましょう」


 すぐに乗れるようにか施錠はされてないようで、俺は朝比奈さんとの自転車逃避行と洒落こむ事にした。


 いや、洒落こむとかいう柄じゃないが、たまには良いだろ?


「ふっ、ふっ」

「ひい、ひい、ふう」


 後部座席にもハンドルとペダルが付いているタイプなので、俺たちは二人がかりで自転車をぐんぐん濃いでいく。


 だが、なぜに朝比奈さんはラマーズ法になりがちなんだろう?

 別に禁則事項でもないだろうが、深刻なピンチかもしれない今の状況で聞くような事でもないしな。


 道行く人は、次々に等身大神人に変わっていく。

 なんだろう、とんでもなくイヤな予感がするぞ。


 ☆


「朝比奈さん。もしかして古泉一樹に何かありましたか?」


 俺は古泉一樹を未だに認識出来てない。


 閉鎖空間や神人、機関の存在は涼宮ハルヒを忘れてからも俺の記憶からなんとなく消える事はなかったが、等身大神人を見ただけでは古泉一樹を思い出せそうにないのだ。


「えっと、その……」


 なぜか歯切れが悪い朝比奈さん。

 ん、何か俺、まずい事なんて聞いたかな?


「キョンくん。今はさっきまでいた今日より、ずっと後の未来なんです」


 ずっと後とは言っても、二ヶ月後らしい。

 朝比奈さんからすればずっと後なのかもしれないが、二ヶ月後なんて。


 そう思う俺だが、何か忘れているような気がした。


「実は、人間は絶滅して、さっきの変なじゅくじゅくになってしまったんです」

「な、なんですって。さっきの変な、じゅ、じゅくじゅくに?」


 さっきの変なじゅくじゅく。

 咄嗟には意味を図りかねた俺だが、どうも等身大神人を示しているらしい。


 あと、じゅくじゅくって何か恥ずかしくて言いづらいのな。


 ☆


「橘さんに会わないと。キョンくん、デパートに向かってください」


 橘 京子。

 本来なら元の時代で予言のために会うべき存在のはずだが、なぜか朝比奈さんは二ヶ月先の彼女であるべきと主張した。


 理由は禁則事項らしい。

 ったく、それなら朝比奈さんは悪くねえわな。未来人の組織は何やってんだか。


「なら、朝比奈さん。超特急で飛ばすんで、しっかり掴まっててくださいね。その後部座席のハンドルに」


 俺は勢いよくペダルを漕ぎ出した。


 だけど、そんなことより人間が絶滅しただって?


『極論を言う。人類が絶滅するまで、あと一ヶ月だ』


 佐々木の言葉が不意に、俺の脳裏にフラッシュバック的に復帰した。


 やれやれ。

 俺たちが人類絶滅とやらを止められなかった未来。その先にいる橘に会うなんて、ただただ気が滅入るぜ。


 ☆


 必死に自転車を漕ぎ続けた俺たちは、駅前のデパートに到着した。


「ひい。じゅくじゅくだらけで、もうおウチ帰りたいです~」

「しっかりしてください、朝比奈さん。一体何のために二ヶ月先にやって来たんです?」

「き、禁則事項です」

「えっ。うん、まあそうっすよね」


 そこに至るまでにも神人はうじゃうじゃいたな。

 さながら神人の百鬼夜行ってな具合ではあったが、怪奇というよりただただ無機質だった。


「キョンくん、じゅくじゅくには触られないように気を付けてくださいね」


 暴走した朝比奈さんより等身大神人は厄介らしく、触れられた部分がビルみたいに破壊されちまうらしい。

 なんだそれ、ヤバすぎないか?


 まあ、どっちが相手でも触られなければ害はないらしい。

 それに、朝比奈さん(るんるん)とは違い等身大神人の動きは概ね緩慢で避けやすい。


「ま、橘に会わない事にはどうにもならないなら、さっさと進んでしまいましょう」


 そして俺たちはデパートの中に入っていった。


 橘か。これまでの九曜や藤原は友好的だったけど、橘だけにな。

 空回りして変な展開にならないといいけど。


 ☆▼▽▼▽


 つーか、よくよく考えてみたら二ヶ月後とは言え、俺は今、未来に来てないか?


 なんだかそれって、大丈夫なんだろうか。


「朝比奈さん。禁則事項なら別に良いんですけど、俺みたいな過去の人間が未来に来ちゃって問題はないんでしょうか?」

「ふぇ!」


 やはりとんでもなくデリケートな話題のようで、露骨なまでに朝比奈さんは、ぴょーんと跳び跳ねた。


 いや、ぴょーんってと思うだろ?

 だが実際にぴょーんなんだから仕方ない。


 互いに等身大神人からまんべんなく距離を取りつつ、朝比奈さんは少しずつ事情を説明し始めた。


「えっとお、キョンくんが考えてるように、確かにほとんど禁則事項なのでアタシから言える事もほとんどないんです」


 橘がどこにいるか分からないが、等身大神人のせいで手分けする事ではぐれるのも微妙な感じだ。


 ☆


 階段を等身大神人にひやひやしながら駆け上がり、二階にやって来た。


「ただ、これだけはアタシからでも言えます。このままだと、未来はとってもとってもピンチなんです」

「どうもこの状況は、そういう結果みたいですね。俺のせいかもしれないです」


 俺が正直な感想を告げると、朝比奈さんは黙ってしまった。

 いや、こんな時は先輩らしく励ましてほしいんですがね?


 と、その時だ。


「あれは……橘か?」


 一瞬だけ見覚えのあるポニーテールが視野に入ったように俺には思えたのだ。


 かつては一週間後の存在ではあれ、朝比奈さんへのあんな仕打ちをしでかした橘。


 朝比奈さんがそんな彼女をどう思っているかは分からない。

 ただ、ちらっとその表情を伺う限りにおいては何一つ変わらない朝比奈さんのお天気スマイルが湛えられていた。

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