第16話

 意を決した俺は、しかし即座にその決心の訂正を余儀なくされた。


「……渡橋さん、来ない」

「うっうっ、悲しいです~」


 そう、なんでだかヤスミが団活に来なくなってしまったのだ。


(ったく、なんて間の悪さだ。俺はお前に頼みたい事があるってのに)


 そうは思うが、来ない以上はどうにもならない。

 なぜなら、ヤスミはあくまで中学生というていでしかなく、普段はどこにいるのか、連絡手段さえままならないからだ。


 簡単に言ってしまえば、本人次第で朝倉並みに音信不通になっちまう。


「……今日の団活は、どうする?」

「そうだな。朝比奈さんは、何か案ありますか?」

「あわわ。アタシはあ、じゃあキョンくんと長門さんに着いていきま~す」

「……他力本願」

「ま、まあそう言うなって。何より、まだ古泉も涼宮ハルヒも戻ってないんだ」


 涼宮ハルヒがいなくても、基本的にSOS団は平日無休。


 改変が起きて記憶が曖昧になっていた俺が曲がりなりに繋いできた行動も含めれば、ほぼそれは途切れることなく続いたと見なせるだろう。


 ☆


 ところで、俺は古泉を仲間に戻すプロセスは欠かせないと考え始めていた。


 なぜなら古泉は団員の中で唯一、涼宮ハルヒが黒幕と見抜いたからだ。

 まあ、二ヶ月後のではあるけどな。


 だが現在の古泉であっても、俺が破滅の未来を話し、自らの一つの結末を知れば、否応なしに涼宮ハルヒ黒幕説に辿り着くだろう。


「よし。橘に会うために、俺たちはこれからある場所に向かう。全員は揃ってないけど、SOS団活動開始だ!」

「……月並み」

「えい、えい、わーい」


 真相を知りヤケを起こさないかは心配だが、古泉の事だからよほど大丈夫なはず。


 というか、今もなお発生しているかもしれない閉鎖空間をなんとかしてもらわないと困る、というのが俺の本音だ。


(涼宮ハルヒの性格からして、こんなにも長期間、認識されてないのは尋常ならざるストレスに違いない)


 俺たちは駅近くの喫茶店に向かった。

 ラノベ第四章。その内容が正しければ、そこに橘がいるはずなのだ。


 ☆▼▽▼▽


「ふうん。古泉くんが、ですか」


 橘はポニーテールがエスプレッソに浸からないように気を付けながら、俺たちの来訪をそれなりに喜んだ。


「……橘京子。あなたはもう私たちに敵意はない?」

「ふふ。それは想像にお任せなのですよ」


 つーか、今さらだけど確かに橘のポニーテールって、喫茶店とかだと飲み物系に油断出来ないのか。サイドツインって大変だな。


 うん。女子かってツッコミをしたなら正しい反応だ。


「橘。冗談なら早々にお詫びと訂正を入れるべきだぞ。朝比奈さんがお前を許してると思うか?」

「キ、キョンくん。アタシはもう、別に……」


 ちょっと出しゃばったかな、俺?

 朝比奈さんがこんなフォローで喜ぶなんて、軽率に判断し過ぎたかもしれない。


「許して欲しいとは思わないのです。だってアレは現実にアタシがやらかした罪なのですから」


 エスプレッソに手を付けることなく、淡々と橘は語った。


 ☆


 というより、語り始めるはずだった、が正しいかな。


「……赤い、光?」

「ん、あれって……」


 見覚えのある、赤い光。

 それは二ヶ月後の未来でも見た、古泉の変身した姿によく似ていた。


 いや。それどころか、だ。


「みんな。伏せろー」


 俺は店内に響くように声を張り上げ、まず率先して自らが伏せた。


 やれやれ。

 正しいかは分からないが、とんでもない速さのあの光を避けるなんて可能性に懸けるのは無駄で、本当、伏せるくらいしか無理だ。


 そう。橘に会いに来た割には、俺たちはあまりに無計画だった。


「ちっ、こんなハーレムならキャンセル願いたいぞ」

「あら。あなたがアタシたちをハーレムと定義するほど寛容なんて、意外なのです」


 なんか、本当に朝比奈さんの件を反省したのかって勢いで橘は食ってかかってきた。


 まあ、それどころじゃないから別に良しだ。


 ☆


 三分後。


 俺たちは赤い光と共に駅前にたむろしていた。


「まさか赤い光にされて何も出来なくなるとはな」


 涼宮ハルヒはどうやら、多少の慌てん坊属性を持つらしい。

 古泉は恐らく操られているのだが、光状態で攻撃可能なのは神人に限るらしいのだ。


 つまり、俺たちには無害。

 全く。改変する力と言っても当の本人に詰めの甘さがあっちゃ、ま、こうなるよな。


「でも微妙に厄介なのですわ。涼宮さんの閉鎖空間は、アタシたちの組織が調査した限りにおいて急速に増加、拡大しているはずなのです」

「……悪夢。仮に涼宮ハルヒの目を覚ましたとして、機関が機能不全になり得る可能性。それはわずかあるだけでも多大なる危機に直結しかねない」


 確かに、長門の言う通りだ。

 言われてみれば何も機関の超能力者は古泉だけなわけでもない。


 だが機関の人間が一人欠ける影響力なんて、機関の職員でもなんでもない俺たちには分からない。


 つまり、分からないって事はヤバい可能性も有り得るってコトだ。


 ☆


 古泉は赤い光のまま。

 操られている限りは、自力で変身を解除することが出来ないのだろう。


 そういえば、まだラノベ第四章、つまり古泉の担当部分の冒頭を記述してなかったよな。


「「「

 とある駅前に佇む、温かな雰囲気とロマン漂う素敵な風が持ち味の喫茶店。

 そこはたとえば、ツインテールの少女が憩いの場にするにもうってつけの、洗練されたフォルムで老若男女にも大好評です。

 学生でも気軽に立ち入れる、青春味あるカフェ。皆さんも一度、騙されたと思って足を運んでみませんか?

 」」」


 なんでだよ、古泉。

 ちなみにこの後も、様々な現実のスポットが場所は伏せられながらも胡散臭みある文体で網羅されている。


 場所を伏せる辺りは素晴らしいと思うよ。

 だってそれすらなかったら、ラノベとして公表しづらいからって確実に書き直しの刑に処されてただろうからな。


(そんな古泉も、また一興ではある)


 まあ、北口駅前かどうかだけは賭けだったが、SOS団の団活だからってそこは空気を読むのが古泉だろうと見込んだ俺の判断は正しかったようだ。


 ☆▼▽▼▽


「締まらねえな」

「……欲張り。危険がなかっただけマシ」

「そうですよ~。古泉くんまでアタシみたいになってたら、本当に大変だったはずです」


 朝比奈さんよろしくタキシードか何かを身にまとい、道行く人をスプーンにして曲げて行く古泉。

 それはそれで、怖い物見たさになってしまうのは気のせいだろうか?


 橘は薄情なもので、古泉が無害と分かるなり別行動と言いどこかに行ってしまった。


 待ち合わせ場所を決めたわけでもない。つまり俺たちは無用ってわけだ。

 ったく、酷い話だぜ。


「で、古泉はどうするよ?」


 俺はあたかも己が出した光のように指先を古泉に合わせながら、団員たちに質問した。


「……私たちは無力」

「涼宮さんか佐々木さんになんとかしてもらいましょう。うん、絶~対にそれが正解です」


 朝比奈さんはともかく、長門。

 他力本願とか批判してた威勢はどこ行った?


 ☆


「閉鎖空間、か」


 二ヶ月後の未来を見た俺や朝比奈さんは、人類滅亡の原因が涼宮ハルヒの閉鎖空間らしい事を知っている。


 つまり古泉をどうするかにかかわらず、涼宮ハルヒの正気を取り戻す事は必要で、なんとしても急がねばならない緊急要件だ。


「ヤスミにも頼れない。時間は戻らない。多少のリスクはあっても、もう佐々木にも会うしかない感じだな」


 俺の言葉に長門も朝比奈さんも強く同意を示すように、はっきりうなずいた。


 俺は手持ちのラノベ最終章に目を通した。


 それを見る限りでは、佐々木がいるのは、そして涼宮ハルヒが追ってくるのはおそらく県立北高校。


 灯台もと暗しでもないが、そこで佐々木は俺たちと出会うはずなのだ。

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