第19話
そこで突然、森から誰か出てきた。
森だ。
「オヤジギャグかよ」
森 園生。機関の構成員の一人という噂の、基本的にメイド服の女性。
ハルヒが森さんに格段の思い入れがあるとは思えないが、つまりは、やっぱりオヤジギャグなんだろう。
それだけの理由で超異界の登場人物になってしまうとは、恐るべき悪運である。
「こんにちは」
めちゃくちゃ普通の挨拶をされ、俺は戸惑ったが、戸惑った俺をスルーして森さんはどこかに行ってしまった。
「なんのこっちゃ!」
「……待って。他にも誰か来る」
朝倉 涼子。
ヒューマノイド・インタフェースとして、前に見た事がある粒子弾幕を展開しながらヤツはやって来た。
「ふふ。ここでならアタシはアタシでいられる。それに長門有希も今は無力な商人。これよ、アタシが求めていた瞬間が来た」
☆
「……証券連結解除を申請。思念体からの許可を確認、直ちに確定利益を行使する」
長門は長門で炎と氷と雷とかいう複合属性マシマシの属性魔法を両手で包み込みながら凝縮していく。
いやいや、どう考えても有価証券からそんな複合魔法、生まれねえから。
それ、商人じゃなくバチバチの魔法使いだから。なんなら上位職の賢者とかだから!
「……さよなら」
長門のひと言、そして物凄い爆風や吹雪や轟雷と共に、朝倉は星になった。
これがアニメなら、キラーンとか言う効果音が間違いなく入るレベルだ。
「長門、無理してないか。大丈夫か?」
「……別に」
「なら、良いんだけどよ」
この長門はおそらく、ハルヒが俺たちのラノベの登場人物から生み出した。
つまり、いわばハルヒの妄想の産物。
だから気を遣うような必要なんてないんだが、まあ。
余りにも長門だから、ついな。
☆
ん?
なんだか、星になったはずの朝倉がまた降ってきたぞ。
「はーはっはは。アタシを舐めるんじゃないわ!」
ハルヒ。お前の中での朝倉はどうなってる?
しかも、よく見たら九曜が後ろから着いて来てる。
言ってみたらこれ、……いや、もう某孫悟空ネタは古いのもありツッコミを自粛しよう。
「――、――」
九曜、遠すぎて聞こえねえ!
ただ遠すぎるはずの九曜から超速度でエネルギー砲がぶっぱされたから、まあ逆に何でもいいや。
「……彼女たちの本質は神人。だから私ではどうにもならない」
長門はここに来て、衝撃のカミングアウトをして来やがった。
マジかよ、なら俺には余計にどうしようもないぞ。
☆
いや、待てよ。だったらこの長門も神人の可能性があるんじゃないのか?
「……私は良い神人。だから彼女たちを食い止める事なら不可能ではない」
長門がそう言う間に、朝倉と九曜は地面にふわりと降り立った。
ハルヒのイメージから作られた存在なだけに、ある程度は本来ない能力まで持っているんだろう。
空を飛んできたのは、きっとそういう事だ。
「長門有希。あなた、生意気なのよね」
「――敵は――排除」
くそっ。どうやら超異界のコイツらには話が通じなさそうだ。
「……あなたは先に進むべき」
長門がそう言うと、ハルヒが俺たちを追ってきた。
「キョン、有希。待たせたわね!」
「お、おう。無事だったみたいだな」
俺たちが洞くつを出て、一時間くらいは経った気がするんだがな。マタタビがそんなに長時間も有効とは思えないぞ?
ハルヒ、ゆるめキマイラは、どうやって突破して来たんだ?
ま、コイツの世界だからその辺は適当なのかもしれない、か。
あと、ハルヒを待つつもりでは全くなかったけど、まあそれは黙っておくとしよう。
☆
「ハルヒ、この森林を抜けるぞ」
「おっ、キョン。やっとマジメに取り組む気になったのね。そうそう、その意気よ!」
森さんが出てきた事に気を遣って森林と表現したのは、やはり今しがた来たばかりのハルヒに伝わるはずはない。
ふう。
とにかく、長門がまた見たことない隕石乱れ衝突とか伝説級のドラゴン召喚とかを行使してくれている間に、俺たちは先に進まないとな。
「長門。後は任せたぞ」
「頑張りなさいよ、有希!」
俺たちを振り返る事もなくサムズアップをクールに決める長門は、なんだかハードボイルドものの主人公。
さしずめ良いときのハンフリー・ボガード、すなわちリックみたいだ。
で、現実を見て先に進む俺はラズロ。
ならハルヒがイルザってか?
それにしては、な。
いや、ここは長門に免じて何も言うまい。
「元気でな、リック」
「ぐずぐずしないの!」
ハルヒに半ば押されながら、俺は森林に突入していった。
☆▼▽▼▽
ジャングル。でなければ荒れた果樹園。
森林なんて随分と甘く見ていたもので、先ほどまでの広大なフィールドはなりを潜めた。
え?
ああ、うん。実はさっきまでは、洞くつを抜けた途端に壮大な冒険の予感が半端ない広大な世界が広がっていたのだ。
「それにしても、だ。ハルヒ、ラノベに基づいた世界の割には、朝倉や九曜なんて出て来るのは、なんだか全く原作に沿ってないぞ?」
「ふーん。アンタって感性が病的に平凡なのね。それに、そもそもアタシには原作を隅から隅まで読み上げる時間なんてなかったんだから、しょうがないわよ」
「そりゃ悪かったよ」
「もう、いちいち怒らないの。ほら、あんな所にキレイなラフレシアが咲いているじゃない」
ラフレシアをキレイと言える感性は実際、伊達じゃないな!
ジャングルで二人きりの中、ここまで盛り上がるのはコイツとターザンくらいなものだ。
☆
「あ、ワニよ」
とんでもなくシンプルかつ的確に、ハルヒは数メートル先の驚異を俺に伝えた。
ま、数メートル先だから言わずもがなだがな。
「本当だな」
「な、何よ。アタシがいつ嘘を……ってきゃあああ」
ワニが一歩ほど前進しただけなのだが、ハルヒは俺の髪の毛を引っ張りながら絶叫した。
なんで髪の毛だよ。
確かに勇者風味の鎧は、裾だけ引っ張るわけには行かないけどな。
「くっ、たとえ勇者風味だとしても、そろそろ俺も戦うべき時が来たみたいだな」
「キョン……死ぬ気なの?」
なんでだよ。自殺願望じゃねえ。
だが、地味にワニって倒し方が分からないぞ。まあ、鎧着てるから多少は大丈夫かもしれないけど、砕かれて死ぬ未来もあるか。
☆
その時、俺は閃いた。
「ラフレシアだ!」
ハルヒは茫然とした。
えっ、もしかして、正解?
「それはないわ」
「何。そんなの、やってみなけりゃ」
「あのラフレシアは植物。どっかのゲームみたいに生き生きと戦ってくれるワケじゃないのよ?」
マジかよ。頑張れば動き出すと思ってた。
「はあ。全く、なんでよりによってアンタが勇者ポジションなのよ。たかがワニでにっちもさっちも行かないなんて、聞いて呆れるわね」
「お、おいおい。俺だって好きでこんな格好してるんじゃないからな。大体、ハルヒが勝手に……」
「勝手? 勝手ですって?」
あちゃー。
俺、ワニ以上に怒らせちゃダメなヤツ怒らせちゃった。
☆
「ハルヒ、待てよ!」
やたら猛ダッシュで、ハルヒはジャングルから出ていってしまった。
いや、仮にもジャングルなので出ていったかは分からないが、人が通れるように丁寧に舗装された一本道を戻ったので出ていったんだと思う。
「やれやれ」
俺はとうとう、やれやれと口にしてしまった。
「さあて、ワニどうすっかな」
こうなりゃ、意地だ。
釣られて俺までホイホイ戻るほど情けない事はない。
ワニを倒す。それか何かしら別の手段を探す。
たとえば、バナナをあげるとかだな。
「おっ、バナナなら探せばありそうじゃないか?」
すると、わりかし近くにバナナがたわわに生る木があった。
やったぜ!
そして、俺はバナナをちょっとだけ道から外れた所に投げ、ワニを無事に追いやっ……てない。
あれ?
ワニってバナナ食わないのか。
よく分からないが、ワニは微動だにしない。
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