第18話
で、だ。
俺は今、クリーム色とダークグレーのコントラストが織り成す奇妙な空間にいた。
てっきりこのまま不思議の国のハルヒが開始されるかと思ってた俺からしたら、いささか拍子抜けではある。
ま、ハルヒがいかに神のごとく改変世界を作ったとしても、無視できない著作権的な縛りはあるのだろう。
やがて二色のコントラストは一つに混ざりあい、そして……。
……ん?
「キョン。ようこそ、アタシの考えた最強の異世界、超異界へ!」
……は?
な、なんか俺、いつの間にか鎧着てマント羽織ってる。
そして、ハルヒはハルヒでやたら気合いの入った女神感が炸裂している衣装に身を固めていた。
翼が片側につき三枚ずつとか、マジ生えすぎ。
「アタシは超女神ハルヒ。超異界転生しちゃったキョンは、これから勇者風味として悪しき超魔王ハルヒを倒さなきゃならないワケ」
「お、おう。風味なのにか」
☆
よく分からんが、ハルヒはハルヒという自覚を持ちながら超女神と超魔王の一人二役を欲しいままにしたいのは分かった。
「それとこれは、あくまでSOS団が作ったライトノベル『伝説のSOS』に基づいてるから、そのつもりでいなさいよ!」
「あれ、タイトル決まってたんだな」
「バッカじゃないの。今、ここで、アタシが決定したに決まってるじゃない。パンパカパーン。キョンはまた一つ学習したわ。おめでとう!」
だがハルヒにしては珍しい設定に持ち込んだな。
超が付いても、あくまで女神。つまりきっと旅のサポート役だ。
てっきりハルヒの性格からすれば、俺を巻き込む以上は勇者か何かに扮して振り回される覚悟でいたぜ。
「じゃあ、最初のボスの所に送り込むわね」
「ほほう、もう所業が魔王のそれ」
漫才ならボケなんだろうけど、ハルヒには漫才のごとくボケるなんて発想は滅多に閃かない。
なぜなら、どんなにバカバカしく有り得なくても常にガチ。それがハルヒという人間なのだ。
☆▼▽▼▽
作りが雑なのか、何のエフェクトも効果音もなく俺はどっかの洞くつの最深部に飛ばされた。
えっと、この世界は確か俺たちのラノベに基づいてるんだったな。
そして第一章から始まるとするなら、これから起きる事は俺には分かるぞ。
「た、大変よ。キョン」
一人三役をやるらしい女子高生ハルヒが、SOS団の部室に入ってくるかのようにドアをぶち開けてきた。
ここは洞くつの最奥だから、つまり手前フロアに繋がるドアからやって来たのだ。
「ハルヒ。すまんが俺はこれから、目の前にいる巨大ヤモリを頑張って倒さなきゃならないんだ」
「はあ? アンタ、バッカじゃないの。そんなの、スルーでいいわよ。そんな事より有希よ。今は有希がいなかった事になる流れなの」
メタ発言は慎め、ハルヒ。
いなかった事になるまでは良い。
だが流れは完全に余計だ。
☆
「な、なんだって。長門がいないって、どういう事だ」
やれやれ。
なぜか親切に話を合わせる俺、確かに勇者風味。
「とにかくヤモリだかオモリだかなんて放っといて、有希を探しに行くんだから。これは団活。そう、団活である以上は絶対にやるべき事なのよ?」
「なっ、ま、でもそれもそうかもな。よし、手分けして長門を探すぞ」
かさかさ動いてるだけの巨大ヤモリを華麗にスルーした俺たちは、まず洞くつ中を片っ端から探した。
幸い、ここはファンタジー小説もゲームも大して興味がないであろうハルヒが作った改変異世界。
洞くつだからってゴブリンだのトロールだのはおらず、せいぜい等身大スケール、つまり普通のカマキリをたまに見かける程度だ。
「おーい、長門ぉ」
「有希、いるのは分かってるの。良い子ならおとなしく見つかりなさい」
☆
うん、見つからないわな。
だがハルヒが団活と言い張る以上、どんなに装備が勇者風味シリーズで固められていても俺は長門を探すしかない。
「きゃあああ」
「ん、まさか長門か?」
声のする方に駆け寄ると、そこには誰が仕掛けたか知らないベタな落とし穴に落ちたハルヒの頭部が。
「だ、大丈夫かハルヒ?」
でもそう言えば俺、落とし穴に主人公が落ちるシーン書いてたわ。
「もう、キョンのバカ。こんなトラップを施すようであれば、ここからはアンタだけで有希を探しなさいよ。これは団長命令、絶対のルールだから」
「お、おう。じゃあ後は任せろ」
終始、頭部しか見えないハルヒの命令を受け、俺はいよいよ本格的に長門を探すことになった。
「長門、いるなら返事してくれ。長門~」
でもまあ、本来なら俺はラノベ内じゃ出番なんてあるかないかの単なるモブ。
勇者風味とは言え、正に『伝説のSOS』の世界に迷いこんだイレギュラーなんだろう。
☆
落とし穴から抜け出て自ら宇宙人を探す主人公がハルヒのはずだからな。
既に傍若無人な丸投げは始まっているってわけだ。
「洞くつには、いないっぽいな」
隠し扉なんかが巧妙にあるならともかく、長門はどうやら別の場所にいるらしい。
まさか、こんな世界まで作っておいて長門に出番なしなんて事はほぼほぼ有り得ないしな。
「とりあえず、町でも探すか」
洞くつを一歩出た俺。
「ガルル……ゴラルガォォア」
「おわあああ」
出た。勇者風味では絶対に倒せない負けイベント。
負けていいなら戦うが、よく分からないままに挑むほどには俺も野暮じゃない。
しかし何だったんだあの獣は。ライオンでもなければニワトリでもなく、かと言ってアルパカでもない。
「って、ニワトリもだけどアルパカが足されてる生物なんて、理屈からしてもおかしいよな」
全く、だってアルパカだぜ?
いくら現代社会だからって、アルパカなんて何割の現代人が認識しているか知れないマイナーほ乳類の代表格。
部分的にとはいえ、まさか超異界で拝めるなんてな。
☆
「……ゆるめキマイラ。本来ならギリシャ神話にあるようにライオン、山羊、毒蛇が一つになるはずが何らかの手違いが生じた」
「な、長門か?」
振り返ると、やはり長門がいた。
そして、なぜかターバンを頭に巻いてアジアっぽさ全開の服だ。
「それ、商人か?」
「……そう。あなたを常に尾行し、気配を察したら隠れていたために私を見つける行いは大変な困難を極めただろうけど、ともあれ私は売買統合思念体が作りし商人型ヒューマノイド・インタフェース」
「そ、そうなんだ」
全くいる気がしなかったぞ長門。忍者か?
「……アレは本物の勇者でないと滅する事の出来ない究極生命体。よってここはスルーするのが得策」
「マジか。出来そうか?」
「……出来なければ、死ぬのみ」
どうでもいいけど、超異界の民って本当にスルーが好きだな!
☆
長門が持っていたマタタビに気を取られているゆるめキマイラを、俺たちは華麗にスルーした。
そして俺と長門は、気付けば危なげが満載な予感しかない森に辿り着いた。
「……自然。それは偶然と必然の産物。原子という必然だけでも成り立たず、かと言って必然だけでは説明が付かない偶然的な反応の連続が成し得た、可視可能な有機化学」
「まあ、そうかもな。だがこの場所はスルーしよう」
この世界にいなかった俺ですら、脳からの危険信号が止まらない。
確実に何か、とんでもない魔物が潜んでる。
「……あなたに渡しておきたい物がある」
「え、俺にか? じゃあ、くれ」
極限状態から極限に遠慮ない俺に、長門はあくまで冷静に一枚の手紙をくれた。
おそらく、やっぱりアレだよな。
ラノベ第二章冒頭の手紙。つまり、長門は俺の目の前からやがて姿を消すというくだりに来たってコトだな。
いや、厳密にはハルヒの役目だろうけど、落とし穴イベントで丸投げされっばなしだからな。
「何が起きるか、それはハルヒのみぞ知るってわけだ」
「……とても不安」
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