第25話

 すっかり巨大牛の狩りに明け暮れる生活が続いた。


 今までのエリアとは打って変わり、やたら広い草原なために食べては寝る生活を繰り返しながら、俺たちはさながら遊牧民のように暮らしていた。


「なんだかなあ」


 町はなく、集落すらない。

 超魔王どころか古泉の所在すら知れないままに日々は過ぎていく。


「ねえ。ちょっと良いかしら」


 朝倉はそんな生活を続けるのは不毛なので、自分と九曜が代わる代わるで空を飛び、上空から何か有用そうな目立つ場所はないかを探してみると言い出したのだ。


「それはありがたい。なあ、アンタもそう思うだろ?」

「あ、ああ。ま、確かにそうだな」


 牛中心の食生活に飽き始めていた藤原が俺に強く賛同を求めてきたので、思わず賛成した。

 でも実際問題、今までそうしてなかったのが不思議なくらいに合理的だ。


 ☆


「大変よ。前方二十キロほどに大量のワニがいるわ!」


 ワニ。

 いや、それは厳密にはワニ(仮)なのかもしれないが、面倒だからワニでいいだろう。


「本当か、朝倉?」

「バカね。なんでワニがいるなんて嘘をつかなきゃならないのよ」


 言われてみれば、それもそうだ。


「よし、みんな。ワニを倒すぞ!」


 俺の掛け声に、賛同する人はいない。


「よし、みんな。ワニを倒すぞ!」

「なあ、アンタ。別に見た目が勇者なだけなんだから無理して仕切らなくていいよ」

「――笑止――千万」


 おっ。

 どうやら極限の生活が続きすぎて、俺は自分がリーダーと錯覚していたようだ。


 ☆


 しかし牛しかいない草原にワニがいるのは珍しいということで、結局みんなでワニのいる地点に向かい旅を続けた。


「ワニだ」


 目の前には夥しい数のワニがいるっぽい。

 っぽいというのは、あくまで草原であるために、姿がはっきりとは見えないのだ。


「よし。朝倉、九曜、任せた」

「待って。どうやら古泉くんが紛れ込んでるわね」


 とうとうだ。

 紛れ込みやがったか、古泉。


「くそっ。ワニの中から人間なんて、どう探しゃいいんだよ!」


 藤原は親友が悪魔にでも成り果てたかのような荒れようで、思わず草をむしりながら叫んだ。


 ☆


 古泉は完全にワニになってしまっているらしい。


「もしかしたらこの超異界という閉鎖空間では、彼はワニの姿しか取れないのかもしれないわ」

「そ、そんな」


 もし本当だとしたら、森林のあのワニすらやっぱり古泉かもしれないわけだ。


「おい、古泉。俺が分かるか?」

「……」


 人事不省。まずい状態だ。

 一刻も早く他のワニを倒さないと最悪、古泉は死ぬだろう。


「朝倉。古泉にはどうやって気付いた?」

「えっ、ただの勘だからどのワニが彼なのかまでは分からないの」


 ただの勘かよ。

 じゃあ古泉いないかもしれねえな。


 ☆


「はあ。でも一応みんなで古泉を呼ぼう。我に帰るかもしれないからな」


 俺たちは口々に古泉の名を呼んだ。


「あはっはは、んふっふふふ」


 古泉はワニから人間になった。

 だが、


「んもっふ」「マッガーレ」「んふっ」


 とワニというワニが古泉になってしまったのだ。


「マジかよ」

「――分身――忍者」


 なんでそんなに呑気なんだ、九曜。


 ったく、これじゃあどの古泉が本物なのか分かりゃしないぞ。


「こうなりゃ意地だ。害がないならとことん連れ回してりゃあ、いずれ偽者は勝手に消えていくだろ」


 藤原の提案で、たくさんの古泉を俺たちは連れていくことになった。


 ☆


 やがて俺たちは草原を抜け、海が見える港町にやって来た。


「うわー、きれいね」

「んふ、あなたには及びませんよ」

「んふ、どう見てもこのボクこそが最も美しいですがね」

「んふ、なんとも名状しがたい偽りと罪悪の水平線です」


 なんだろう、微妙にどれも古泉に一歩及ばない古泉だな。


 だが藤原の提案は存外に効果的で、ワニでしかなかった単なるワニは次々に自滅して単なるワニに戻っていた。


「あなたはどのボクが本物だと思いますか?」


 なんか古泉(仮)が質問してきた。


「えっ、まあ、そうだな。そもそもで言うならお前らは総じて神人なんだから、本物なんていない」


 俺は半ばやけくそ気味でそう言ったが、俺のその言葉を聞いた途端に古泉(仮)の目付きが真剣そのものになった。


 ☆


「ワニたちよ、ボクに還りたまえ」


 すると、ワニというワニが古泉になり、一人の古泉に同化して最終的には一人だけの古泉になった。


 なにこれ。


「さあ、これでボクは千のワニと一つになったワニ泉です。どうですか?」


 どうですかって。


「ま、まあ良かったな。多分だけど」

「んふ、そうですね。気分はとても良いです」


 古泉がとても満足げなので、俺に言えることは何もない。


「そうだ。そんな事より橘を探さないと」

「おっと、どうやらお呼びでない」


 俺は何か言ってる古泉を放置し、橘を探し始めた。


 ☆


 しかし俺の目の前には、なぜか長門がいた。


「敵勢力を確認。アウトサイダーの疑いにより彼に経済制裁を発令する」

「うお、なんか知らないがやめろお!」


 なぜかは分からないが、いつかのように敵になってしまったらしい長門。

 そんな長門に、一人のワニが立ちはだかった。


「んもっふ。私がいるからには、長門さんの好きにはさせませんよ。ワニ機関はあなたを止めろと言っています」


 もうめちゃくちゃだ。

 売買統合思念体に牛の組織、それにワニ機関だって?


 なんならこれから総合百貨店でも創始する崖っぷちの集まりじゃないか。


「古泉。お前なら長門を止められるってのか?」

「当たり前です。ボクがワニであった理由、知らないとは言わせませんよ!」


 いや、知らないけどな。

 だが俺のそんな気持ちなどいざ知らず、古泉は長門に向かって赤い光のワニとなり突撃していった。


 ☆


「ま、眩しい」


 閉鎖空間だからってそんなに発光したっけというくらいに輝きを放った古泉により、長門は正気に戻った。


「……荒野。強いていうならこれは、私自身から基本的な出来事の相関関係から、分からないだらけの荒野」


 長門はいつか俺が近未来で思ったような事を思って混乱していただけらしい。


 やれやれ。

 混乱しているからって俺を敵視するなんて。古泉がいなかったら俺は混乱に殺される羽目になっていたわけだ。


「って、そんなことはどうでもいい。橘だ。みんな、手分けして橘を探すぞ」


 俺たちは別にこの町にいる確証など何もないままに橘を探し始めた。


 ☆


 というか、もう成り行きで九曜とか藤原とかがいるから橘もその内にラノベの予言に忠実に出没するだろう、という読みだ。


「だが仮に予言があるとして、なんなんだこの喫茶店の数」


 確か駅前の喫茶店に橘はいるはずだが、駅がちゃんとあるのは良いとしてもどの喫茶店か分からないのだ。


 流石はハルヒが気まぐれに作った超異界。

 普通は駅前に百を超える喫茶店を開いたら、儲からないだろうけれども経済に直結しようがない世界だからこそ立地もフリーダムだ。


「とある駅前に佇む、温かな雰囲気とロマン漂う素敵な風が持ち味の喫茶店。

 そこはたとえば、ツインテールの少女が憩いの場にするにもうってつけの、洗練されたフォルムで老若男女にも大好評です。

 学生でも気軽に立ち入れる、青春味あるカフェ。皆さんも一度、騙されたと思って足を運んでみませんか?」


 古泉が何やら店の前で勧誘していた。


「お、おい古泉。人探しはどうした?」

「ええ、ご心配には及びません。所詮ボクはワニの寄せ集め泉。つまりはもう一人のワニ泉を代わりに遣わせているのですよ」

「なるほど」


 なんとなく納得した俺だが、ふと店内を見やると橘がいた。


 そこで俺は理解したのだ。

 ラノベ第四章の冒頭。それと同じ言葉が古泉から発せられていたのだということを。

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