第26話

 俺の姿が目に留まると、橘は喫茶店から外に出てきた。


「あなたね、予言の勇者は」


 予言の勇者、という謎めいたフレーズを使った。


「予言の勇者って……俺のことか?」


 俺は一応、そう聞いたが明らかに俺を見ながらなので、まあそうなんだろう。


「私は予言する者、橘 京子。まずはあなたをある人の所に案内しなければならないのですね。……それでは出発なのです」


 ほとんど一方通行で話を進めようとする橘だが、元の世界とは何かと勝手が違うために俺は細かい事を逐一、確認していきたい気持ちだ。


 ただまあ、コイツらもコイツらで俺の存在を超女神ハルヒなどから聞いているのであろうヤツからそうでもないヤツまで千差万別。


 つまりは佐々木団とも言うべき顔ぶれが揃ったところで、俺の旅路が安泰となるかは不透明なわけだ。


 ☆


 と、その時、俺は橘が手に何かを持っているのを発見した。


「橘。もしかしてそれって……」


 俺の目に狂いがなければそれは、いつか鶴屋山で見た謎のオーパーツだ。


 十センチほどの金属の棒であり、表面に基盤のような線が蜘蛛の巣のように描かれたそれを見間違えようがない。


「これはあなたの物であり、あなたの物でないのです」


 そう言うと、橘はオーパーツに何らかの力を込めた。


「この棒をあなたがどこかで見たとしても、これは元々、アタシたちのこの世界に存在していたのです。あなたのせいで、これはまたここに戻ってきた」


 やがてオーパーツは緋色の輝きを放ち、ふわふわと宙に浮かび始めた。

 おそらく橘が込めた力の影響だ。


 ☆


「このパーツには、未来、宇宙、そして閉鎖空間という異世界の根源となる莫大な情報が巧妙に隠されているのです。だからこそ、そんな事を知ることなど出来ない外界に放り出したのですけどね」


 俺はオーパーツについて、元の世界で言われていたことを思い出した。


 およそ三百年前のものらしいこと。

 超古代文明の遺産か、その時代にやって来た未来人の忘れ物か、よその星から来た宇宙船の欠片らしいこと。


 そこで俺は橘の話も合わせて、とある一つの仮説を打ち立てた。


 つまり、「一見するとハチャメチャでしかないこの世界こそが超古代文明であり、未来であり、よその星の宇宙船なんじゃないか?」ということだ。


(だとすると、ハルヒの主張には矛盾が出る)


 俺がこの世界に来たばかりの時にハルヒは、この世界を俺たちが書いたラノベ、つまり『伝説のSOS』に基づいた世界だと言った。


 だけど、オーパーツを見つけたのは当然、ラノベを書くより前のことだ。


 ☆


「何かを見逃してんのか、それともこれもハルヒが作ったレプリカなのか……?」


 少なくとも俺のせい、という言い分にはさっぱり心当たりがない以上、俺はあるがままな今を見守るしかない。


「橘。もしかしてだけど、お前らはずっと昔から何らかの理由でハルヒの中に存在していた異世界人なのか?」


 見守るしかないとは思いながらも、俺は半ば苦しまぎれの質問をした。


「異世界は存在してもしなくても、あなたたちに何ら影響を及ぼさない世界。そういう意味では、アタシたちが異世界人なのは大体合ってるのです」


 なんだか話が通じたので、俺はとりあえず聞き役に徹することにした。


「でも例外がそのオーパーツ、そういうことなのか?」

「それもあるのです。そしてオーパーツを、出そうとして外界に出せてしまったことは、アタシたちの世界が異世界の定義から外れてしまったことを意味するのです」


 定義から外れた。

 それがどんな事態を引き起こすのかなんて俺には分かりかねたが、「外れた」なんて如何にもヤバい展開が待つ響きじゃないか。


 ☆


 異世界人。

 北高での入学式からハルヒが出会うことを心待ちにしている一方で、出来れば俺は関わり合いになりたくないと思っていた連中はどうやら超異界の神人たちであるらしい。


 つまり神人が異世界人ってことにすらなるのだろうか?


 だが一方で、橘はこの世界が異世界の定義から外れたと言っている。

 つまり今、橘たちはオーパーツを失っていた影響で、厳密な意味での異世界人ではなくなっているかもしれないわけだ。


(いやあ。しかし、ややこしいな)


 俺の関わりたくない直感は奇しくも合っていたのだろう。実際、俺はSOS団と時に巻き込まれる非日常を上回る今を迎えているのだ。


「あなたが見ているアタシたちは、あなたが見たい姿を取り、願う名前を持っているに過ぎないのです。元々、アタシたちはただの無。異世界はあなたたちからすれば無影響なのですから、それが道理なのです」


 橘は俺が何も聞かなくても、すらすらと大切なことを説明してくれた。


 ☆


 異世界。

 多くの人々が抱くであろう、こんなファンタジーの世界こそがそれであるという想像は、あながち的外れではないのだろう。


 現実に向き合うのが苦手な人たちは、古来ならば神話やおとぎ話、故事などの異常に美化された英雄譚や教訓を欲してきた。


 それが現実の世界に有益かどうかは二の次。とにかくクオリティや面白さ、美しさなどがありきのご都合主義な世界。


 即ち自己満足するためだけの心地よい世界こそが異世界であるはずだ。


「ここがハルヒの中にあった異世界なら、ハルヒはこの世界で……そ、そうだ。なんだ、アイツも随分と分かりやすい人間なんだな」


 そう。超女神や超魔王なんて、現実では到底、実現しようのない自己満足。

 尚且つ現実になんら影響しない、無害な所業。


 そうした思考を前提に見てみれば、この世界におけるヒエラルキーのトップにいるハルヒはなるほど確かに異世界の主だ。


 ☆


「まあ、それはそれ。ところで、橘はこれで何をする気なんだ?」


 先ほどから滞空しているオーパーツは、緋色の光を絶やすことなく浮かんでいる。

 こんな状態のオーパーツ、俺は見た覚えがないのだ。


「簡単なこと。ここから先にあなたを進ませないためなのです」


 橘はオーパーツに、更に力を込めた。

 するとオーパーツは変形しながら大きくなり、次第に一つの形を取り始めたのだ。


「ハ、ハルヒ……?」


 つい今までオーパーツだったそれは、俺がよく見知っている涼宮ハルヒにしか見えない姿となったのだ。


「キョン、探したんだからね!」


 俺は声のする方を振り返った。


 そこには、というかそこにもハルヒ。

 そして視界を戻すと、そこにもハルヒ。


 ☆


「ハルヒが二人……?」


 俺はつい見たままを言った。

 実際、俺の前方と後方を挟む形で、瓜二つの女子高生が仁王立ちしているのだ。


「バッカじゃないの?」

「アタシはアタシよ?」


 声まで同じだ。

 ダメだ、俺には悪夢にしか思えない。


 ここはハルヒの閉鎖空間。

 閉鎖空間が実は異世界で、そんな自己満足の世界に逃げ込んだ異世界の主は今、二人に増えた。


 ざっと要約してはみたが、それでもカオスだ。


「ハルヒ。俺が誰だか分かるか?」


 なんとなく無駄な気がするが、俺はハルヒ二人に適当な疑問をぶつけた。


「キョン。それは余りに愚問ね」

「キョン。それはとっても愚問よ」


 なるほど。本当に愚問みたいだ。


 ☆


 そしてハルヒはなぜか二人で並び立った。


「さあ、ここからが本当の冒険の始まりよ」

「本物のアタシを探して、連れ帰りなさい」


 そう言うなり、二人のハルヒはどこかにワープしてしまった。


「な、は、ハルヒ!」


 なんという唯我独尊。

 仮にゲーム感覚だとしても、一気に中ボスを倒した後の自由行動に展開した上に、裏技で難易度を劇的に理不尽にしやがった。


「ご、ごめんなさい。まさかこんな事になるなんて」


 橘は橘で急に哀れな騙されキャラに路線変更したらしい。

 何もそんな空回りまで再現されなくても良かったのにな。

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