第6話

 俺と九曜は、とある町の駅前まで逃げた。


 気付けばすっかり夜になっていたが、流石にわざとギリギリで乗った電車まで追えるほど長門も万能じゃなくて良かった。


 ま、良かったなんて仲間に対して思うのは、心が痛まないではないけどな。


「――長門――豹変」

「豹変、か。それは俺も思った」


 九曜はてっきり事態を理解しているのかと思ったが、そうでもないらしい。

 長門からは、というのはこうなる前の長門からは、何か起きるかも程度にしか聞いていなかったらしい。


「九曜。ケガはないか?」


 とりあえず、助けてくれた人間を心配するのが人の情けと思った俺はそれを実践してみた。


「――感謝」


 やっぱり、俺が知ってる九曜じゃないような。照れてなのか、心なしか顔が赤い。


 ☆


「――説明――譲渡」


 無口な九曜は、自らが知る限りの説明を書き込んだメモを俺に渡してくれた。

 まあ、時間も時間なだけあり、手っとり早くて助かるというのが正直な所だ。


「ありがとな、九曜」

「――ケラ――ケラ――ケラ」


 こんな九曜なら、SOS団とも上手くやっていけそう、かもな。


「って。いっけね、もうこんな時間だぞ。家まで送ろうか」


 家まで、とまでは行かず、しかし最寄りのバス停までならと九曜と共に歩き出した。

 というのも、たまたま降りた駅がある町に九曜は住んでいるらしいからだ。


(ま、長門以上に読めないヤツだから高度なカモフラージュでもおかしくはない)


 なにせ状況が状況だから協力してくれているものの、俺は気心知れた仲間ではないわけで。

 しかし曲がりなりにも光陽園学院の学生。たとえフェイクだとしても、彼女なりの流儀があるのかもしれない。


(ま、光陽園学院の学生である事すらフェイク説あるもんな)


 よく考えたら、あれだけ強い九曜にむしろ送り届けてほしいと思い始めた俺を尻目に、彼女はバスに乗り込んだ。


「――再会――興味」

「お、おう。また会っても友だち、だよな?」


 友だち。

 うん、我ながらちょっと軽率かなとは思う。でもそれ以外に適切な表現が浮かばなかった俺を、なんとなくだが一瞬、九曜は笑顔で見たような気がしたんだ。


 そして俺は、九曜と別れ帰路に着いた。


 ☆▼▽▼▽


 帰宅した俺は両親や妹との会話もそこそこに自室に引きこもり、九曜からもらったメモを広げた。


 そこにあったのは、情報統合思念体と天蓋領域の厳しい関係性についてだった。


 端末としての九曜にさえ完全には掴みきれない、それどころか一割も追えているかどうからしい両者の激しい対立。


「宇宙人、か。だがこれを読むと理解出来そうで怖いな」


 宇宙人、なんて俺はどうして思ったんだろう。

 そこまで思い至り、俺は涼宮ハルヒを思い出した。


 宇宙人、未来人、超能力者。


「ただの人間には興味ありません」


 うん、うん。

 ほんのわずかだけど完全に思い出したぞ。


 涼宮ハルヒは、奇想天外を良くも悪くも平然と言ってのける。

 それでいて、それを遥かに凌駕する奇想天外を呼び込んでしまう、そんな……。


「いや、やっぱり過大評価だな。ハルヒだもん」


 ☆


 しかし、目下の問題は長門だ。

 というか、朝倉涼子なのか?


 今日のアレが何だったのか未だに俺の中では消化不良だ。


「学校で会う、よな」


 長門もまた当然、SOS団の団員。

 だから俺と同じ北高の学生なわけで、つまり俺は明日にでも下手したら長門に殺害されるのだ。


「そ、そうだ。ラノベ。そこに解決の糸口があるかも」


 思えば九曜を見つけたのはラノベのおかげだ。


「えっと、確か第二章だよな」


 盛大にひとり言を言いつつ、俺は黙々と文章を精読した。


 俺たちが書いたラノベは、一人あたり約五千文字。短編を目指していたのだから無理もない。

 だから皮肉にも、今こうした状況では情報量として雀の涙、最初はそう思っていた。いや、それどころか情報とすら思ってなかった。


 だが少なくとも、長門の書いた第二章は末恐ろしいほどに予言めいた、あるいは予言と信じるに足る何かなのだ。


 ☆


「ふむふむ。とりあえず、明日は仮病を使うか」


 俺としては不本意だが、まじめで通すつもりまではない見てくれで生きているので一日くらいはなんとかなるだろう。


 いや、待てよ。


 そんな事をしたところで朝比奈みくる、古泉一樹、あるいは涼宮ハルヒまでもが敵対するなんて事になれば仮病どころの騒ぎでもなくなってくるよな。


「万事休す、だな」


 第二章は一通り読んだつもりだが、最初の分かりやすい予言に比べて急激に難解になっていくのだ。


 はっきり言って、お手上げである。


「――論文」


 まるで九曜みたいな口ぶりで、俺は思いついた。


 俺がまだ目を通してない方の文書。

 涼宮ハルヒの論文はあろう事か、まだ北高にあるのだ。


 ☆▼▽▼▽


 なんたらかんたら不法侵入。

 法令でそう定められているであろう、それを俺は実行していた。


「まるで俺が悪者みたいだ」


 これでホッカムリでも被れば、立派な石川五右衛門だ。

 ま、石川五右衛門がヒューマノイド・インタフェースに襲撃されるかは未知数だけど。


「というか、石川五右衛門はホッカムリするか、からだよな」


 ぶつくさ言いながら俺は、SOS団の活動拠点たる文学部部室に登った。

 そう、俺は大胆にも校舎をよじ登ったのだ。


「はあ、はあ。や、やってやれなくはないものだ」


 まるで巨大なモビルスーツを討ち取った某色の彗星みたいな口調になりながら、俺は部室の窓を開けた。

 そう。俺が開けていた窓を閉め忘れていたのを逆手に取ったのだ。


「よし、ブツは頂いていくぜ。ふ~じ」


 おっと、これ以上は著作権の関係でお見せ出来ないんだ。

 ただ、怪盗ってヒントだけお伝えしておこう。


 ☆


 帰り道。それは帰るまでが遠足と言われる遠足の帰り道に似ている。

 なぜなら、それは帰り道だからだ。


「行きは良い良い、帰りは、なんてコトないよな?」


 長門が学校までの道で襲って来なかったのって、冷静に考えたら途方もなく奇跡だよな、と俺は月並みな感想を抱いた。


「いやいや、朝倉涼子という可能性も」


 と、その時、俺は不意に気配を感じ後ろを振り向いた。


「みゃー」

「ぅぉぁぁ」


 俺は単なる野良猫に小さな悲鳴を上げてしまった。


 だって仕方ないだろ?

 朝倉か長門という可能性が残ったままに後ろを振り返るのは、いるはずない背後霊に怯えるのとは次元が違うのだ。


 やれやれ。

 これで俺が石川五右衛門なら、猫に恐怖した末代までの名折れとなるところだったぜ。


 ☆▼▽▼▽


 俺は深夜の自宅に、不法侵入かのようにひっそりと帰宅した。


「ふう。非日常にも程があるぜ」


 そしてまたしても俺は徹夜で、今度は今後の方針を練った。

 頼むぞ、俺。寝不足で死ぬんじゃない。


 今後の方針。

 それは大きく分けて長門対策、朝比奈みくる対策、そして古泉一樹対策だ。


 あれから俺は取り急ぎ、ラノベ第三章と第四章も読んだわけだが、どうやらやはり朝比奈みくるや古泉一樹も敵対関係になる予感が止まらないためだ。


「ハードボイルドだ。世界はハードボイルドに反転したんだ」


 おかしな話だよな。

 確かこのラノベって、少数能がどうとかの話のはず。なんでガッチガチの裏切りありアクションありのバトルものに仕上がってるんだ?


 とにかく、今後の鍵となるのはどうもSOS団以外の勢力らしい。

 つまり、長門なら九曜、朝比奈みくるなら藤原、そして古泉一樹なら橘のはず。


 その辺りまでは、どの章も分かりやすいから察することが出来た。


「佐々木とも会うわけだよ……な」


 そう。後はやっぱり涼宮ハルヒからの佐々木なわけだが、佐々木だもんなってのもあり後回しにする。

 最終章なわけだし、俺は徹夜してるし、それくらいはしょうがないよな?

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