第7話

 あれから何日間も俺は学校にしっかり通った。

 そう。思いの外、普通に学生生活を送れていたのだ。


 廊下などで何度か長門とすれ違ったが、向こうは俺を認識していないのか完全に素通りしていく。


(良いんだか悪いんだか、複雑だな……)


 もしかしたら、この間の戦いの間などで周防が何かしらの情報工作を加えてくれたのかもしれない。


 ただ、五右衛門になってまで論文を確保しておいたのは我ながらナイス判断だったと思う。

 SOS団の部室には、怖くて近寄れてない。


 だってそうだろ?

 入った瞬間、巨大なハサミで首チョンパなんてどこぞの3Dダンジョンじゃあるまいし。

 いや、あれはニンジャかヴォーパルバニーだっけ。


「ふっ、ようやく俺にも余裕が出てきたぞ」

「キョン、どうした? お前、最近いつにも増して微妙だぜ」

「はは、谷口。そうだとしても、正直すぎる」


 何にせよ、俺がするべきはラノベの予言を実行していく事なんだよな。


 ☆


 ただ、ラノベに書かれた場所にさえ行かなければ敵対した団員は増えないらしい。


 つまり、予言が果たされると藤原や橘は仲間になるがリスクもあるって事を考慮しつつ、ある程度の都合は俺が采配出来るようだ。


「朝比奈みくるも、古泉一樹も俺には認識出来ない。長門は思い出せたんだし、やっぱりそうだよな」


 まあ、九曜が仲間になったと判断するには時期尚早ではあるけどな。


 だってあれから、一度も九曜には会えてない。図書館にも足を運んだけど、歴史コーナーどころか全くどこにも見当たらなかったのだ。


「はっ、なんで俺ってヤツは今まで思い付かなかったんだろう」


 俺は九曜にばかり気を取られていたが、不意にもっと身近な味方になり得る存在を思い出した。


 ☆▼▽▼▽


 喜緑 江美里。

 いや、先輩だから喜緑さんだな。別に存在を忘れてたわけじゃない。って、誰に言い訳してんだ俺は。


 生徒会室。案の定というべきか、彼女はそこにいた。


「申し訳ありません。会長は今、席を外していまして」

「いえ。用事があるのは、実は喜緑さんになんです」

「わ、私ですか?」


 俺はどこから説明すべきか、どこまで説明しないか迷った。

 しかし最終的に、宇宙人の話をする事にした。


「宇宙人、ですか」


 訝しげな顔をする喜緑さんは、それはそれで可愛い。

 いや、可愛いというか、まあ、なんだ。

 知的でこの上ない。うん、そんな感じだよな?


「ええ。もし宇宙人が、しかも今までは友好的に関わってこれた宇宙人が人間の敵になってしまったら、俺はどうしたら良いでしょうか?」


 ☆


 最初に見せた疑惑顔から一転して、喜緑さんは真剣に考え出した。


 正直言って、なんだか申し訳ない。

 が、そんな思いを見越したのか喜緑さんの結論は存外、シンプルなものだった。


「ごめんなさい。あなたのおっしゃる事は、意味が分かりかねます。お力になれず申し訳ありません」


 だよね。


 そう思いながら、しかし丁重に感謝の念を表しつつ俺は生徒会室を後にした。


 情報統合思念体の代表。

 確かそれクラスのえげつない権原を持つとかいう喜緑さんの事だから、あわよくばと思った俺が甘かったんだろう。


 あるいは、何かしらの深い考えに基づいた結果としての門前払いなのかもしれないが、まあ要は門前払いだ。


「さて、投了するなら俺は一体どこで手続きしたらいい?」


 ☆▼▽▼▽


 とは言うものの実際問題、投了なんてしようがないのは事実。


 俺はこの非日常を日常に戻すべく、向き合わなければならないのだ。


「このラノベに、な」


 念には念、更に念ということで、俺はラノベと論文を持ち歩く事にしている。


 しかし、そこでまたしても俺に名案が浮かんだ。


「論文を先に読めば、予言は進みようがない!」


 そうなのだ。予言が敵を作るリスクを負う以上、論文から読めば良いという結論に収束する。

 長門じゃないが、そんなのは自明という事なんだな。


「ただ、うっかりには気を付けないとな」


 ☆


 俺は図書館の歴史コーナーで周防を見た。

 おそらくはそれが引き金となって長門が現れ、同時に俺は長門を思い出した。


 つまり、ラノベに予言されている場所は原則として、少なくとも論文を読みそこに隠されているであろうメッセージを解き明かすまでは近寄らない。

 そうするのが吉という事になろう。


 逆に言えば、橘や藤原をそうした場所で見てしまうと敵団員が発生してしまう。


「いや、待てよ。予言の場所でなかったなら?」


 橘や藤原を予言されてない場所で見たらどうなるか、そこまではラノベには書かれてないようだ。

 つまり、どんなに頑張っても敵団員発生が避けられない可能性はゼロではない、かもしれないわけである。


 やれやれ。


「せめて未来から来たアイツらで良い。そろそろ助けてほしいんだが」


 ☆▼▽▼▽


「お呼びですか、キョンくん」


 この声、なんだか聞き覚えがあるぞ?

 そう確信した俺は振り向いた。


「朝比奈……みくる」

「きゃー! 呼び捨てなんて、どうしちゃったんですか?」


 予言の効果じゃないからか記憶が不完全だが、確かこの女性は未来の朝比奈みくる。

 つまり、言うなれば朝比奈みくる(大)だ。


「なーんて、冗談はさておき。大変みたいですね、キョンくん」


 心底、同情するように話す口ぶりからするとどうも朝比奈みくる(大)は敵化しないようだ。


「ま、まあぶっちゃけ死にかけましたよ」

「ふふ。ちょっと羨ましいかも」

「羨ましい……?」


 ☆


 涼宮ハルヒに巻き込まれ、波乱万丈の大冒険を強いられる俺は彼女からすれば羨ましいらしい。


「ってコトは、俺の非日常の原因は」

「そう。涼宮さんにあります」


 なんてこった。


 我らがSOS団の団長。

 黄色いリボンの少女が全ての元凶だってのか?


「急には信じられない……ですよ、ね」

「ああ。大体、そもそもなんでアンタは俺に協力してくれてるんだ?」

「キョンくん。本当になんにも覚えてないんだ?」


 意味深なセリフに、俺は思わずドキドキした。


 なんなんだ、この人。って、違うぞ俺。

 協力している理由を、だからな。覚えてる覚えてないの議題はそこだぞ、俺。


 ☆


「わあ、それ。懐かしいです~」


 朝比奈(大)はラノベを俺から、むんずとむしり取ってパラパラと読み漁った。


「ワイルドですね……」

「大人の社会は図太くないと、やっていけませんからねえ」


 ニコニコと言ってのけるその表情には、歴戦の戦士のような貫禄がなくはない。

 きっと、これから更に社会の荒波の中で鍛えられていく人なんだろう。


「気になりません、最後がどうなるのか?」

「最後って、ラノベのですか」


 朝比奈(大)は、未来から来た朝比奈みくるだ。

 だからラノベの結末を知っている。そう言いたいのだろう。


 そして、俺にそれを聞けという流れらしい。


「気になりますね。教えてほしいです」

「ふふっ」


 小悪魔的な笑いを浮かべ、朝比奈(大)は言い放った。


「そればかりは、――禁則事項です♪」


 ☆▼▽▼▽


 ラノベの予言について、朝比奈(大)は幾つかのヒントをくれた。


 予言に記されてない場所では、そもそも絶対に藤原や橘に会う可能性はないこと。


 論文には予言のような、現実に作用する効果は含まれていないこと。


 そして、最終的には予言は阻止されなければならないこと。


「阻止……か」


 俺は今回のラノベ活動の始まりとなったくだりを、その長門の発言だけではあるが思い出していた。


『……阻止。それは妨げ、やめさせる行い。素敵な響き。やめさせるという行いには概して達成感と充足感が伴う』


 達成感と充足感。

 確かにあるには違いなかろう。


 だってこれから俺がやるのは、長門。

 お前を始めとした仲間たちの目を覚ますための阻止なんだから。


「よし、よく分からんが俺はやるぞ。待ってろよみんな。待ってろよ、涼宮ハルヒ!」

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