第8話

「ふあああ。久々によく寝た」


 流石にしっかりと休息を取るために、昨日ばかりは俺は飯食って風呂入ったら速攻で寝た。


 今日から、まず俺は論文をがっつり読んでいく事にした。

 善は急げ、とは言うが急がば回れ、とも言うしな。


 あと気になるとしたら、期限だ。

 ラノベの目標締切まで、実は一週間を切っていた。


 つーか、一週間って本当に早いのな。


 それと、朝比奈(大)のアドバイスを全て真実とした場合に見つかる、とある事実に俺は気付いた。


 つまり、〈予言を阻止するのが目的なら、予言を実行する必要はない〉だ。


 ☆


 更に説明すると、わざわざ朝比奈みくるや古泉一樹を敵に回すような真似をする必要などそもそもない、という事である。


 なんなら予言阻止の方法をサクッと見つけて仲間にし、俺に合流してくれた方が当然助かる。


「だって、それでも涼宮ハルヒがまだいるんだぜ?」


 ラノベ予言を何らかの理由で、やっぱり実行しなければならないなんて流れになったなら、未完である最終章は確実にネックになるはずだ。


 そうでなくても、未完の予言を阻止するというのが可能なのかどうか。

 そうした根本的な問題にも、涼宮ハルヒはどうしたって関わるだろう。


「最終手段は、佐々木を味方にする。でも、それはやっぱり最終手段なんだ」


 ☆


 佐々木が味方になれば、少なからず心強いだろうなとは思う。

 ただ、俺に起きている非日常は涼宮ハルヒが原因だと朝比奈(大)は言っていた。


 だったらこれは、SOS団の問題なんだ。


「今日から、なんて言ってらんねえか」


 俺は授業中もこっそり論文を読み、数日中に理解する勢いで必死に勉強を始めた。


 そりゃ、世間は高校二年生ともなれば進路がどうとかでサボりなんて許されないみたいな風潮はある。


 でも、人間がそんなに現実にまじめだった試しはない。

 これは哲学から文学までありとあらゆる雑学をかじり尽くした俺が言うのだから間違いないことだ。


 要するに、人生はなんとかなる。


 ネットを見てみれば、変人と思われる程度を跳ねのけた歴史上の偉人だってゼロではないのだ。


 ☆


 さて、まず結論から言おう。


 涼宮ハルヒの論文、その解読は困難を極めた。

 いや、困難なんて生易しいものではない。


 それは例えて言うなら、嘘と嘘を掛け算したら生まれた本当の理論が、嘘だらけの論文のどこに埋もれているのかを探す作業に等しい。


 まあ、涼宮ハルヒの事だからそこまでしないと悪用されると心配したのだろう。


 確か、多分、アイツはそんなヤツだ。


 順応総和、判定類、有限極大核。

 出るわ出るわ、調べてもすっかり見つからない謎の専門用語のオンパレード。


「つまりそこには、真実はない……のか?」


 分からない。

 なぜなら答えは涼宮ハルヒのみぞ知る、だからだ。


 ☆


 俺の得意分野は、あるとしても哲学や文学、他に強いていうなら宗教とか映画とかだ。


 そんな俺が社会論を読み解くなんて、そりゃカール・マルクスに哲学を分析させるようなものだ。


「ん? 意外と有り得るか!」


 むしろマルクスの本業は哲学だもんな。


 少なくとも、アダム・スミスに万有引力の法則を証明させるよりはずっと有り得る。

 あるいは、涼宮ハルヒはそこまで見越して社会論を書いたとでも言うのだろうか?


「俺しか残らなかったなんて、どうしたら分かるんだか」


 ま、うだうだ考えてもどうにもならない。


「……哲学。それは価値観。だから決して一つに収斂する事はない。けれど幾つもの思考の軸が世に放たれ、平和的派閥として存在しうるのは哲学が哲学たる証」


 ☆▼▽▼▽


「うわあーっ」


 俺は論文に集中していたので、ベンチから地味なポーズでずり落ちた。


 文芸部部室が入りづらいからと、俺は論文を読む時には閑静なとある公園のベンチを利用していたんだが、その結果がこれだ。


 なるべく長門が来なさそうな、俺が行きそうにない小さな公園。


 だが、それが良くなかったのだろう。

 何がかは見当も付かないが、何かが良くなかったんじゃないだろうか。


「長門朝倉」


 どっちなのか見た目だけで分からない俺は、彼女を取り敢えずそう呼んだ。


「……安心して構わない。私はもう、自力で本来の私を取り戻した」


 安心出来ない。

 本来のお前がどのお前を指し示すのか、高度な知的存在の底知れない思惑までは俺には把握しきれてないからな。


 ☆


「そっか。なら安心だ」


 でも俺は秒で安心な事にした。

 だって、その方が話が進むだろ?


「……詳細を知りたいか?」

「ん、話してくれるならな」


 すると長門は、突然に朝倉に変化した。


「どぎゃああお」


 やれやれ。

 まさか長門に、一日に二度もベンチから転がされる日が来るなんて想像だにしなかったぞ。


 いや、今は朝倉だからノーカンかな?


「バトルの時間か、いいぜ。受けて立とう」

「違うわよ、バカね。長門さんだと博識の割に無口でまだるっこしいでしょ。だからアタシが代弁してあげるわけ」

「ほう、どういう風の吹き回しだ?」


 今までが今までだけに、俺はそう簡単には朝倉を信用しちゃいない。


 だが俺があまりにも厳しい口調だったからか、朝倉の両目から、なんと涙が流れ出してしまった。


 ☆


「ひっ、ひどいよお」

「え。わ、悪かった、悪かったよ朝倉」


 俺も一年ごときで成長したわけじゃないが、朝倉もなんだか昔のまま。


 だからか、泣かれてしまうとやっぱり敵だろうと謝らざるを得ないんだよな。


 それに、情報統合思念体がバックにいたところで、自我があるらしい今の朝倉ははっきり言って普通の女子高生。


 そりゃ泣きたくもなるよな。

 そう考えると、俺は次第に朝倉をかわいそうと思えてきた。


「話なら聞く。好きなだけ説明してくれていいから、まず落ち着いてくれ、な?」

「うー、だからあなたって本当、苦手なのよ」


 なんか怒られた。

 まあ、殺されるよりはマシだからオッケーとしよう、うん。


 ☆


 朝倉の説明によると、喜緑さんが動いてくれたらしい。


 長門とか思念体とかに以前より与えられた権限を行使することで、長門をこうなる前の人格に戻し、そして朝倉も暴れたりしない感じに絶妙にアップデートしたのだそうだ。


「はは。長門らしいな。自力じゃないのに自力と言い張る」

「え? それは逆でしょう。今回は本当に長門さんの手に余る事態で、喜緑センパイがいなかったら危ない所だったのよ」


 しかし、普通に話せる朝倉なんていつ以来なんだろうか。

 俺はシリアスな説明の時間にもかかわらず、そんな朝倉にしみじみした思いを抱いた。


「で、これからは長門も朝倉も、俺を手伝ってくれるってコトで構わないんだよな?」

「そうね。この非日常をどうにかしない限り、アタシは半分、長門さん。流石にそればかりはゴメンだもの!」


 ☆


「……朝倉さん、改心した」

「ああ。ただ、今度からは朝倉になる前にひと言だけでも言ってくれよな」

「……」

「なるほど、保証は出来かねる、と。なら仕方ない」


 ふう、しかし理由が何であれ、今の俺たちは小さな公園のベンチで二人きり。

 先生に見つかろうモンなら、即停学とか有り得るんだろうか?


 ま、場所を変えてもデートみたいになっちまうし、朝比奈みくるには悪いがまずは古泉一樹を仲間に戻すのが精神衛星上、良さそうだ。


「……涼宮さん、特定不能」

「特定ってコトは、やっぱり認識の問題だな」

「……そう。認識、つまり意識の問題」


 認識、意識。いつか周防に対面した時に直面した事ではあるけど、まさか非日常にその概念が直に入り込むなんてな。


 長門がいなかったらお手上げ、そうなったっておかしくなかったわけだ。


「長門、これから何かとしてもらう事が増えると思う。でも、それもこれもSOS団のためだ。協力、してくれるよな?」


 一応、俺が気合い入れるために長門にそう確認すると、長門は道場に弟子入りした門下生みたいに押忍、のポーズを取った。

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