第21話
森林を抜けると、そこは砂漠だった。
森林と砂漠とは実にスムーズに接続されていて、もしこれが現実世界ならば、どんな自然現象がこの二者を明瞭に境界で分けたのかに興味が向く事だろう。
砂漠緑化。
何かと環境問題が取り沙汰される俺たちの時代によく言われる、夢のある話。
俺はそうした事を思い出したし、ハルヒもそんなイメージをこのエリアで表現したのかもしれない。
「ま、だとしたら自然現象じゃあなく、そこには人為的な科学が作用しているんだよな」
ふっ。
俺だってキャラじゃなくても、自然について深く考察を加えることくらいはあるんだぜ?
だけど、砂漠緑化には俺たちみたいな凡人が予想するよりも遥かに高額な予算が必要らしい。
つまり先進国とか、国連が動くようなレベルの話なんだろう。
(壮大すぎる。夢は所詮、夢か?)
そう。
仮に俺一人が策をあれこれ弄したところで予算がなければ砂漠緑化は厳しい。
それは環境こそが人の行動の限界を決定する因子という事に他ならないのかもしれないな。
学歴社会に傾倒しがちな俺たちの時代では、少なからずそんな気がする。
☆
なんて、さっきまでワニに四苦八苦していた俺が言っても微妙か。
ただ、砂漠緑化はやっぱり夢があるよな。
「っと、そんな事より手紙読まないと」
先ほどは歩き出してしまった自業自得で読めなかった長門の手紙。
俺はその手紙に熱心に目を通した。
うん、極めて難解だ。
ラノベでは第二章の冒頭でさらっと触れてあっただけっぽい割には、下手したら第二章より難解である。
「こりゃ、ハルヒも長門も当てにならないな」
いや、待てよ。
この手紙はどんなに難解でも、実はハルヒの手紙か?
だって、一見すると長門から貰ってはいるが、あの長門はハルヒが作り出した神人に過ぎない。
つまり第二章にない部分は、ハルヒのオリジナルである可能性はなきにしもあらずだ。
実際には分からないけどな。
だって、これは長門らしい内容という印象が俺にはある手紙だ。
それにラノベが冊子としてまとめられて行った、去りし日々の中、俺がいない間にハルヒと長門との間で何かしらの交流があったなら、少なくともこれは長門の影響を受けた内容かもしれない。
☆
「だあ~、もう。何がなんだか、さっぱりだ」
超異界でなぜか孤軍奮闘する俺は、いい加減に少しは休憩する事にした。
単なるテレビゲームのRPGでさえ、別に常にモンスターと戦い続けないとペナルティを受けるような強制力はない。
まあ、厳密に言えば現実の時間がなくなるとか、低レベルでの攻略にこだわると時間がかかるとはある。
「あと、図鑑コンプリート目指すと終わりが見えないとかな」
つまり何事にも共通の、時間という強制力からは逃れらないわけだ。
「よし。ならば休憩も、最低限にしておこうかな」
そこで俺は休憩がてら、手紙の内容を考察した。
どうやらこの間の九曜ではないが、情報統合思念体と天蓋領域をモチーフにしたSFテイストである。
☆
長門はSOS団員の中では、その深い教養を生かして少数能に向き合おうとしていた方に思える。
内容は難解だが、あらすじとしてはラノベの方は少数能が歩むであろう幾つかの可能性を述べてある。
「そこに主人公が巻き込まれていく大河スペクタクルって感じだな。そりゃ、五千字足らずで書こうとしたら難解にもなるぜ」
複雑な流れに身を置く主人公ではあるが、ざっくり言うと出会う人たちが誰も彼も絶滅に向かっていく。
たとえば藤原と思われる未来人は、自らの都合のためにその能力を利用したために、少数能に陥ってしまったという描かれ方をしている。
「よく読むとこんなノンフィクションもあるし、長門なりの架空の説もある」
たとえば長門自身と思われる宇宙人は、最後まで思念体に忠実だったために九曜らしき上位互換に見限られるような結末を迎える。
☆
「まるで侍か忍者。長門、仮にロボットだとしても、お前の覚悟はいつも俺の想像の上を行くんだな」
ふと俺は長門に同情してしまった。
滅多に自らの心情を語らない長門なだけに、この長門らしきキャラの物語は、断片的で難解な描写の中にも儚げな女侍のような矜恃が見える気がする。
続けて俺は手紙に目を通すと、どうやらその女侍らしき一面を前面に出している前提で読むべき内容なのだと分かってきた。
「付録の解説本みたいなものか」
マンガやアニメの初回限定特典に付いてくるおまけ本。
ま、どんな書物でもそうだが、難解に見えてもそこに馴染んで行けるまで向き合うと見えてくる何かがあるんだよな。
ただ捉えようによっては、長門にすら難解すぎて手に負えない事はたくさんあるだけに、やがては全ての人に希望が等しく行き渡るだろう、というような描写もなくはない。
「そうだと良いんだがな」
俺はそこには賛同しかねた。
思い返せば、俺って高校一年生の時点で朝倉に殺されてたかもしれないわけだからな。
別に長門が悪いわけではないが、たまたまの結果オーライみたいなのは、正直に言ってしまえば、むしろたくさんあったように思う。
☆
だけどハルヒが書いた手紙なんだとしたら、もしかしたらアイツらしいのかもしれないとも思う。
長門にもそんな未来を描いてほしい、そう願っていそうな純情乙女ではあるからな、ハルヒって。
「いや、ないか」
そこまで深い考えなどなく、単なる思いつき。どっちかと言えば、それだな。
うん。
どっちかと言わなくてもそれ。
つまり絶対それだ。
「ハルヒの傍若無人に耐えられずどいつもこいつも絶滅する。もしかして超魔王はあながちリアルなんじゃないかな」
改変に改変を重ねていくと、マスク・パラメータの何かをどんどん消費していく。
何かとは、せいぜい運命とか幸運とかで、最悪の場合は命そのもの。
もしそんなシステムならば、俺たちは順調に寿命を縮めているという事になる。
そんな仕組みはないとして、ただ仮にあったからってハルヒが改変を辞めるかどうかなんだよ。
うん、絶対またやる。確信できるな、俺。
☆
「うん? あれは……九曜じゃないか」
なんか、九曜が空を飛んでこっちに来た。
と思ったら、ギリギリ鼻を掠めて通り過ぎ、ある建物に入って行った。
あ、そっか。確か九曜と図書館で遭遇する流れが現実でもあったな。
要するに、俺のいるひときわ小高い砂丘から見える豆腐みたいな建物が図書館なんだろう。
「よし、そろそろ出発するか」
長門もハルヒも古泉も来ないけど、俺は意を決して出発した。
まあ、古泉というかワニ(仮)な。
「はあ、はあ。見た目以上に遠いな」
あと、かなり歩いてから思い出したけど、ワニ(仮)の所にレプリカ剣を置いてきてしまった。
いやあ、まだ高二なのに老いたな。俺。
☆▼▽▼▽
一階立ての、分館みたいな図書館。
それが砂漠エリアにある図書館だ。
(でも一応、静かにしよう)
人はほとんどいないが、俺は抜き足差し足といった静かな足運びで九曜の元に向かった。
そして二回ほど、とんとんとその左肩を叩くと、わざとらしいほどに驚いて九曜はこちらに気付いた。
「(――外――会話)」
小声で促されるまま、俺は九曜と共に図書館から出た。
ふう。
また長門が敵として来たとしても、俺にはもうレプリカ剣すらないからな。
全て任せたぞ、九曜。
「――改変――恐怖」
どうやらこの何でもアリみたいな超異界がハルヒにより創造された世界であることを知っているらしい。
つまり、好きに改変されて自分が自分でなくなるのが恐ろしいというのだ。
「まあ、俺ですら記憶が消える体験はしたからな。分からないではない」
励ましのつもりでもなかったが、九曜は幾らか俺の言葉に安心したらしかった。
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