第22話

 超異界では敵であるはずの九曜は、なぜか今は俺に対して中立だ。


 仲間とまでは考えていなさそうだが、敵ってわけでもない。

 寡黙な九曜とどうにか会話を成立させ続ける中で俺が感じた印象は、そんな所だ。


「――朝倉――現実」


 九曜が言う、そんな単語の羅列を拾って行くとどうやら朝倉涼子だけは、ハルヒの妄想した神人ではないらしい。


「つまり、こっちに来たのか」


 最近、長門と代わらないなとは思っていたが、情報統合思念体に何かしらの権限を付与されたんだろう。


 あるいは敵対するはずの天蓋領域がチートな朝倉に改造したのかもしれない。


 そう。朝倉涼子だけは、俺がいた現実の世界からやって来た、あの朝倉涼子らしいという事なのだ。


「――ケラ――ケラ」

「や、やめろよ。そのタイミングでその笑いは、敵じゃないなら場違いだ」


 ったく、目の前の九曜は神人のはずなのに、ハルヒが凝り性なせいか九曜もまたワニ(仮)並みの再現性を誇る。


 ☆


 朝倉の狙いはどうやら俺。

 なんだか知らないけど、味方したり敵対したり慌ただしいヤツだ。


「でも、だとしたら何だ? 仮にアイツが俺の邪魔をするなら、戦う以外に道はない」


 まあ、負けるとは思う。

 今の朝倉は空だって飛べる最強宇宙人だ。


 ただでさえ俺なんかより遥かに戦える朝倉が何かしらの思惑で俺の妨害をする。


(あり得そうだな、とんでもなく)


 だって、それは間接的にハルヒに対する妨害になる。

 少なくとも宇宙人サイドはそう考える連中もいるんだろう。


 かつてのコイツ、周防九曜が俺たちの前に立ちはだかったようにな。


「それはそうとして、じゃあ九曜は俺をどうしたいんだ?」

「――無関心」


 マジか、俺は敵とすら見なされないようだ。

 まあ、確かに他人といえば他人だけどさ。


 という事は、長門が来なければ俺は……。


「見つけたわよ!」


 ☆


 森林の方からやって来たらしい朝倉は、滑空状態でホバリングしたまま、俺の真正面に浮かんだ。


 ちなみに今、俺の真正面には九曜がいたから、つまり図々しくも九曜の前にヤツはいる。


 まあ、図々しいと思う感情が九曜があるかは知らないけどな。


「あなたとは一度、小細工なしで戦いたかったのよ」


 そう言うと朝倉はふわりと地面に降りた。

 まあ、相変わらずその背面に九曜がいるのがやや滑稽ではある。


「特殊情報動力無効を行使! ふう、これでアタシはただの人間と同等。当然、これもなしにしてあげるわ」


 朝倉は隠し持っていたナイフを遠くに放り投げた。


 ほほう。ということは、俺の死因はどうやら宇宙人とのガチンコのインファイトのようだ。


「――審判――責務」


 九曜が俺と朝倉の間に入った。

 たった二語だが、どうやら「審判をするのが自らの責務」というような発言らしい。

 多分だけどな。


 そして、もはや森林入り口付近での長門との超弾幕バトルが嘘かのような急展開に、俺の脳はわりかし混乱していた。


 ☆


「しゃあない。朝倉がそう来るなら、俺も俺で」


 おもむろに俺も鎧を脱ぎ去り、学生服姿になった。


「ふふ、血がたぎるわ。あなたを殺すのはナイフなんかじゃない。このアタシの両の拳なんだと気付けた僥倖……」

「朝倉、心なしかキャラ変わったな!?」


 九曜がいよいよ俺らの間に割って入った。


「――試合時間は無制限。どちらかがノックアウトするまで続く。判定はスリー・カウント」


 九曜といえども、説明せざるを得なくなると饒舌になる。

 ふっ、キャラを大切にするって本当に難しいよな。いや、俺は適当だから難しさ知らないけど。


「――レディ――ファイっ」


 ☆


 そこからはもう、明日のジョーも真っ青なパンチング・ゲームが始まる。

 俺もそう覚悟していたさ。


「……」


 朝倉は構えたなり、微動だにしない。


「あなた、本気なの?」


 しかも、質問してきた。


「何がだ」

「仮にもアタシは情報統合思念体の作ったヒューマノイド・インタフェース。長門有希には劣るとは言え、今、あなたはどう見ても本気でアタシと戦おうとしてる」


 よく分からない。

 だって、朝倉こそが俺に戦いを挑んでいる側なわけだからな。


「ま、それでも逃げないのは、普通の人間だと俺は思うけどな」

「普通ですって?」


 ビリビリと空気が震えた。


 なんだよ。

 チート無効にしても、朝倉、お前は気合いだけでめちゃくちゃ強いじゃねえか。


 ☆


「確かにあなたはアタシより、平均的には普通ね。でもね、アタシに言わせれば、あなたは普通でもなんでもない。だっていつでも勇気が百点満点なんて、そんなのただの勇者よ!」


 朝倉は、今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。


「悪かったな、勇気が百点満点で。だが俺は勇者でもなんでもない。戦って勝ち続けられる強さもないし、魔法が使えるわけでもない。そっか、だから俺は勇者風味なんだな」


 自己解決した。

 なるほどな。ハルヒって意外と、団活を通してみんなをしっかり見ていたのかもしれない。


「そう。そうよ。あなたは所詮は勇者風味。強がってないでアタシが味方になるフラグでもなんでもコツコツおっ立てて、少しでも日常も非日常も快適に改善していきなさいよ。あなた、バカなの?」

「はは、まるでハルヒだな」


 なぜか強いはずの朝倉が怒っていて、弱いはずの俺は死ぬほど冷静だ。


 本当、世界は「思ってたのと違う」に満ちていると思う。


 ☆


 それから朝倉は、色々と語り始めた。

 それこそ、今まで表に出る事が少なかった憂さ晴らしだとか承認欲求だとかが含まれていたんだろう。


 だけど俺は心理学のプロでもなんでもないので、朝倉の話をそのまま聞いていた。


 統合思念体とのいざこざ、長門のバックアップから脱却できない恨み辛み、そして自我が芽生えてきた苦しみ。


 そんな事を言いたい放題吐き出した朝倉は突然、本題に入った。


「あなたは涼宮さんを元の世界に返す。アタシはね、本当はただそれを手伝いに来ただけ。だって、時代は変わったのよ。急進だろうが穏健だろうが、荒事はなるべく禁止。実績を重ねて出世コースに乗っかるのがメイン・ストリームなの」

「お、おう」

「お、おう、じゃないのよ。大体、あなたが普段からもっとしっかりしてれば、ちょっとくらいヘッポコでも涼宮さんだってこんなに怒らないんだからね?」


 な、なんで今ハルヒが引き合いに?

 さっぱり訳が分からん。


「なあ、朝倉……」

「いいから、いいから。あなたはでもぉ、とかだけどなぁ、しかやる事がない。部外者に近い扱いのアタシですら分かり切ってるわよ。あ、周防さん。申し訳ないんだけどナイフ……って、拾ってくれてたの?」


 さっき朝倉が投げたナイフを、九曜はきっちり拾って来ていたようだ。

 全く。きっちりのベクトル、どこに向けてんだ!


「よし、来いよ朝倉。俺は死ぬかもしれないが、全部を受け止めてやるぞ」


 俺は俺で、何を言い出したんだ!


 ☆


「やめなさい。さっき話してあげたでしょ? アタシはただあなたの手伝いに来ただけだって」

「そ、そうだったな」


 俺は素直に、ボクシングっぽい即席かつ我流の構えを解いた。


「まあ、アタシが実は敵だったらあなたはその甘ったるい判断で今、死んだわけだけど、それはこの際もういいわ」

「なっ。お、お前は敵か味方かどっちなんだよ?」

「――朝倉――女神」


 九曜はなんだか朝倉に偉くなついているようだ。

 だから俺もそれ以上は朝倉を怒れなくなり、やがて俺たちは歩き出した。


「そういえばコレ、あなたのよね?」


 朝倉は異次元からレプリカ剣をにゅっと取り出し、俺に渡してくれた。


「ああ。サンキューな」

「別に。アタシは手伝うと決めた以上、何事もさくさく進めていきたいだけ」


 じゃあ、なんで長門とは生き生きとバトルしてたんだろう。謎だ。

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