第23話

 俺たちは砂漠を進んでいった。


 長門と互角の戦いを繰り広げた朝倉や九曜が勝手に戦ってくれるため、俺は巨大なスカンクや首が三つあるゴリラになんとかやられないで済んでいた。


「ふう。なんとか命拾いしたぞ」

「ごめんなさいね。涼宮さんが意外にもしっかりとしたモンスターを作り上げてしまったばっかりに、そこそこ苦戦してるの」

「――ケラ――ケラ」


 ま、ゲームみたいにレベルが上がっていくなら俺も戦わなきゃならないんだろうけどな。

 だって最終的に俺は、超魔王ハルヒを倒さなきゃならない。


「なあ、お前らは超魔王ってヤツの居場所を知らないか?」

「何よそれ。超魔王ですって? ふふふふ。なんだか愉快なイベントの予感ね。生き残れたらアタシも参加させてちょうだい」

「――ケラ――ケラ」


 やれやれ。

 どうやら、やはりラノベに沿って徐々に倒すべき超魔王に近づいて行くとか、そんな感じだろうな。


 ☆


「さて、と。次は確か朝比奈さんだな」


 ラノベ第三章は朝比奈さんの担当だから、順当に行けば次に会うべきは彼女であるはずなのだ。


 章仕立ての『伝説のSOS』だが、あいにく次の目的地を明確に示す描写はとことん見当たらない。


 なぜなら、各団員が思い思いに描いただけのおよそ五千文字ずつであり、下手したら少数能に全く触れてない章すらある。


(朝比奈さんのは、まさにそれなんだよなあ)


 あてもなく進んで行く俺たち。

 こんな時ばかりはハルヒを無視して進んだ事を後悔せざるを得ないが、今さら戻っても会える保証などない。


 大体からして、この超異界を作った当事者であるハルヒには、あらゆるチートな能力が与えられているだろう。


 だから極端な話、ハルヒの機嫌を損ねれば地獄みたいな場所に強制ワープさせられる、なんて事態もなきにしもあらずだ。


 ☆


「ふははは。待ちくたびれたぞアンタたち」

「えっ。藤原?」


 なんだか知らないけど、痺れを切らしたのか藤原が自らやって来た。


「大丈夫かアンタ。ハルヒが作った世界に忠実であるべきなら、アンタはネカフェにいるべきだ」


 俺は深い意味もなく藤原にダメ出しじみた言葉を投げた。


 というか、そうなんだよな。

 ラノベの内容からすれば、「姉さん」を連呼する藤原が登場するのが先であってもおかしくない。


「なあアンタ。随分とボクを知っているかのようだが、知り合いだったかな? ボクはアンタに見覚えがない」

「な、なんだって?」


 どうやら超異界の藤原は、俺を俺と認識する事が出来ないらしい。


 ☆▼▽▼▽


 るんるんるーん。

 姉さん。パソコンなんて、どんな風の吹きさらしだい?

 ぽよ、ぽよぽよよ。


 あ、違うか。それを言うなら、風の吹き流しだよね、だよね~。

 えっ、ドリンクバーなんておしゃれにゃり~ん。


 そこに姉さんなどいなかった。

 ちなみに、風の吹き回しが正しいって知っていて、わざと面白いかなってぶつぶつ言うのがマイブームさ。


 ぶつぶつ言う男なんてハートもぶつぶつしている。

 きっとアンタはそう言うんだろうな。


 だけどボクは、姉さんにいつか認められるために、やるしかない。

 何を、だって?


 ちっちっち。言わずもがなさ。

 つまりはパーフェクト・マイ・ペース。


 ボクがボクらしくあり続ける。

 それがボクがやるべき風の吹き回しなんだよね。


 ☆▼▽▼▽


 今のは藤原が発した言葉の一部だ。

 どこかで見たことある言葉だと思った俺は、ラノベ第三章の冒頭を思い出した。


 長門の手紙もそうだが、各章の冒頭部くらいはハルヒも流し読みしたのだと思われる。


(しかし藤原が口にすると、朝比奈さんと違って完全に頭がおかしいだけの人間に見えてしまうのは、なぜなんだろうな?)


「な、なあ藤原」

「であるからしてティンクル・トゥ・ザ・……一体なんだ?」


 なんとなく俺はそこで、それ以上の対話を諦めた。


「なんでもない。じゃあ元気でな」

「は? いやいや待てよ」


 待っても変なオンステージが続くだけだ。

 それに朝倉や九曜はもう既に、あてもない旅の続きに向かって歩き始めていた。


 ☆


「ふう、かなり歩いたな。お、とうとう砂漠以外の場所が開けてきたぜ」

「なんだか、涼宮さんもどんだけ暇なのって思えてきたわ」

「――ケラ――ケラ」


 俺たちの目の前には、草原が広がりつつあった。そしてそれは、俺たちが砂漠から次の場所に進みつつある事を意味していた。


「アンタら、待てよお~」


 なんと、藤原が俺たちを追って来た。


 やれやれ。

 なんだか最近、SOS団員よりコイツらとの時間が本当に増えて来たと思う。


「よっ!」


 しかも無闇に爽やかな挨拶。

 ギャルみたいに斜めピースサインを頭の辺りでかざすアレだ。


「お、おう」


 流石にピースサインはマネしかねたが、俺はどうにか挨拶だけは返した。


 ☆


「アンタらが去った後に超女神とかいうのが来てな。ボクに回復魔法を授けてくれたんだ」


 どうやら長話が過ぎるマンから僧侶にめでたく転職したようだ。


「良かったな、藤原」

「まあ、モンスターを倒す力はないから一人旅は厳しいけどな」


 ちなみに朝倉は格闘家で、九曜も格闘家だそうだ。


「エネルギーの塊を放てる格闘家なんて聞いた事ないがな」

「あら? 現実ならともかく、フィクションであればエネルギー波はむしろ日常茶飯事よ。たとえば白い格闘着に赤いハチマキのあのお兄さんとか、巨大な怪獣と戦うウルトラなあの人たちとかね」

「前者はまだしも、どこぞのウルトラさんたちは格闘家ではない!」


 なんで力説してんだろ俺。


「ボクにも教えてくれないか、その、なんとか波とやらを」


 藤原。お前までそんなの使い出したら、もはやSFアクション映画だ。


 ☆


 草原に入ると、地獄のような暑さも幾らか和らいだ。というか、温かく過ごしやすい適温だ。

 それはさしずめ熱帯から温帯に急に立ち入ったかのような、そんな感覚なんだ。


「――野獣――襲来」


 九曜が映画のタイトルみたいなセリフをかますと、そこには巨大な乳牛がいた。

 ああ、間違いなくそれはバッファローではなくホルスタインだ。


「な、なぜあんなに大きな牛がボクたちの前に!」


 藤原の感性がいちいち一般人で俺は気がラクだ。

 長門、朝倉、九曜と超人な宇宙人が続いた後なだけに、どんなに月並みな物言いでも俺たちの旅には必須かもしれない。


「確かにな。よし。朝倉、九曜。任せたぞ」


 丸投げ。それしかなかろう。

 だってこの乳牛、悠に百メートルくらいあるからな。

 さっき言わなかっただけで、物凄く遠くからでも異常にくっきり見えていたくらいだ。


「――動物――虐待」

「えっ。ま、まあそうかもしれないけどさ」


 だが、それを言うなら三つ首ゴリラはまだしも巨大スカンクは動物感あったぞ。


 ☆


「確かに九曜の言う通りね。それに戦意もなさそうだけど、念のため麻酔代わりに気絶させて進みましょ!」


 朝倉の底知れない決断力に、俺たちは全面的に同意した。


「だが朝倉、お前、どうやったらあんなデカい牛が気絶すると思う?」

「焼きましょう」


 それ完全に死を迎えるヤツ。

 そして美味しく召し上がれるヤツ!


「だけどよ、乳牛って食えるのかよ?」

「――動物――虐待」

「待ちなさい、あなたたち。良い? 乳牛の肉はね、スーパーでは国産牛として普通に売られているの。だから大丈夫よ」


 今度は朝倉の謎の博識に、俺たちは全面的に納得した。


 本当、朝倉って長門というよりハルヒみたいな性格になってきた気がする。

 まあ、ハルヒはスケールからして別格だけどな。


 そして乳牛は焼かれ、俺たちは食べられそうな部位を食べた。


「う、うまい」

「――食肉――歓喜」


 藤原も九曜も、食べ物という分かりやすいアメにしっかり食いつくのだった。

 まあ、俺もだけどな。

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