第29話

 気が付くと、俺はどこかの円形部屋にいた。


「あれっ。佐々木、何がどうなった?」


 俺やみんなは、ついさっきまで宝永山(仮)にいたはずだ。


「やあ、キョン」


 円形部屋の入り口から、謎の民族衣装に身を包んだ佐々木やみんなが入ってきた。


「なんだよ、これ……」


 俺は思っていたことを、そのまま口にした。

 何がなにやら。


 山にいたはずが円形部屋で、みんなもみんなでどうしてしまったのか。


「……アイヌ民族。およそ十七世紀から十九世紀において東北地方の北部から後の北海道の蝦夷ヶ島、サハリンとなる樺太、そして千島列島に渡る広範な土地をアイヌモシリ、つまり「人間の住む大地」として暮らしていた」


 長門が言うとちゃんと重要に聞こえる難解な説明って存在するのかあ。


 ☆


 さて、どうやら俺がいるのは、アイヌ民族がかつて生活していたというテント(仮)のようだ。


 思ったよりはずっと広い。


 それがたくさんの人が住んでいた証なのか、外来人に対するはったりの役割なのか、はたまた空間を広くとることによる精神衛生なのかは分からないけど、決して息苦しさを感じる狭さはない。


「日本の歴史の中で、アイヌの歴史の位置づけは、特別に曖昧なまま扱われているのです。将来、自然人類学、考古学、歴史学、文化人類学、さらには今まであまり研究されてこなかった法律学や政治学などの学問領域の観点からもアイヌ学と呼ぶべき新たな領域を成し、多角的多面的で名誉ある事実がさらに明らかになるよう、取り組んでいかなければならないのです」


 橘がめっちゃ語りだした。なにこれ。


 ☆


「19世紀当初から20世紀後半まで、残念ながら日本の中央政権は、アイヌ民族に対し同化政策を押しつけてしまっていた」


 藤原まで何か言い出したぞ。


「それでも明治期から第二次世界大戦敗戦前まで使用された国定教科書にはアイヌを「土人」だの「旧土人」だのと表し、アイヌは先住民族との認識で公な教育を進めてきたのは否めないのだ。しかし戦後は、一転して国籍を持つ者「国民」としてだけで把握し、今度はその民族的属性やそれら集団に対する配慮を欠ける行いが横行しやがった」


 説得力がすごいな。


「アイヌ民族については、戦後二~三十年、行政サイドでは無施策のまま過ぎ、追って生活格差是正の一環としての施策が現在まで続いている。わずか数十年前まで、ほとんどの日本国民がアイヌ民族は同化されたあるいはその誤ちにも気づかない、「単一民族国家」幻想を蔓延していたのだよ」


 ただここらで、アイヌ衣装(仮)の古泉が藤原に次のように反論しだした。


 ☆


「それはそれは、おそらくメディアに毒された独善的な見解、もしくは未来における後付けの歴史教育の残念な成果をありがとうございます。というのは、落ち着いて考えてみてください。確かに民族問題と生活格差をないまぜにする悪徳が横行しているかもしれない可能性は、今までの酷い民政を考慮すればない話ではない。しかし民政問題は民政問題、生活格差は生活格差とまずはそれぞれを今一度、その定義のレベルにまで立ち戻っての抜本的な議論を繰り返しながら、本質を煮詰めていく。それこそが本当にアイヌの民にとっても、ボクたちにとっても有意義な行いなのですよ?」


 ごめん、物凄く古泉すぎて何の話かさっぱりだ。


「――アイヌ――素朴」


 だろうな。

 今ばかりはそんな九曜に全面的に同意だ。


「和人とアイヌの不幸な過去の歴史を乗り越え、それぞれの民族の歴史や文化を相互に尊重する多文化主義の実践や人種主義の根絶は、人権思想を根付かせ発展させようとする国連システムの取り組みに合致します。日本のアイヌ民族についてもこれからの取り組みが大切です」


 マジに朝比奈さんまでどうしたってんだ。


 ☆


 だけど俺はここで少数能というキーワードを思い出した。

 そう。アイヌ民族は少数民族であり、そこに何らかの類似性や共通の悩みなどがあるに違いない。


 そしておそらく、少数能を懸念する佐々木が宝永山(仮)とこのテントを改変能力により無理やり繋げたのだ。


 アイヌから少数能がなすべきことを学ぶために。

 だからそういう文脈ならばと俺はない知恵を振り絞り発言した。


「よし、今までにアイヌ民族について重要とされている要素を挙げていくぞ。まずは歴史、学問、そして政治だよな」


 みんな、しきりに頷いている。正解みたいだ。


「つまり、もしお前らが少数能について考えてほしいという意味で俺をここに呼んだのなら、少数能だって同じ着眼点で動いていけば注目されるべき存在に思いは届いて、いずれは絶滅を回避出来るんじゃないかな」


 ☆


 おお、という声があちこちで挙がった。

 ま、そんなに特別なことなんて言ってないけど、認められるってのはやっぱり嬉しくないと言えば嘘になる。


「くっくっ。キョン、まさかキミからそこまで単純明快かつ的を得た答えを貰えるとは思わなかったよ。ならばボクの考えも聞いてくれるかな?」


 そう言う佐々木に、俺は頷いて「話を続けてくれ」と促した。


「アイヌについて力説するだけでそこまで辿り着けるなら、宝永山をわざわざ再現した意味は分かるだろうか。それはね、もし宝永大噴火が溶岩流出を中心とした噴火だったなら、要人がたくさん命を落とし、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれない。ボクやキミだって少数能だったかもしれないってコトだ」


 あくまで、あの大噴火は降灰中心の噴火だった。だから新井白石も随筆に書いていられたわけで、マグマが飛散、流出しようものなら江戸だってどうなるかは分からなかっただろう。


 現代に生きる俺たちは富士山をまるで死火山のような感覚で気軽に登るけど、そもそもで言うならあれは噴火記録があるから休火山。

 たまたま俺たちの時代に大噴火してないだけなのだ。


 ☆


「富士山みたいな休火山って、元は活火山だったのがお休みしてるだけみたいよね。だから「完全に火山として燃え尽きた死火山でもないのに、日本人はよく平気で富士山に登るよね」なんて海外ではたまに言われるらしいわ」


 朝倉がそう言うのでなんとなく聞き流していたが、またも古泉が語り出した。


「あははんふふ。残念ながら朝倉さん、まだまだ勉強が足りませんね。いいですか、死火山は歴史上の噴火記録がない火山に過ぎず、全ての火山は火山である以上は噴火の可能性はゼロではないんです。噴火記録はあっても小康状態なら休火山、ただそれだけの事なんですよ?」


 合ってるんだろうけど、古泉が言うとなぜかウザみがスゴいな。


「……笑止。年代測定法の進歩により火山の過去の活動が明らかになり、火山の寿命は長く、歴史時代の噴火活動の有無だけで分類することは意味がない。よって近年は休火山や死火山という分類はなされていない。それは木曽御嶽山が一九七九年に水蒸気爆発したことに端を発するとされている」


 長門が最終的には独り勝ちしやがった。


 ☆


「あのお、じゃあ活火山じゃない火山は何と呼べば良いのでしょう?」


 おいおい、朝比奈さん。アンタ未来人だろ?

 まあハルヒ製だから仕方ないけど、逆にハルヒ製のこの長門の賢さは何なんだ。


「……活火山以外の火山。それについては「活火山ではない」「活火山以外の火山」等という」


 まるでインタビューに的確に答える官房長官だ。

 って、少数能の話のはずが火山を徹底深掘りじゃねえか、これは!


「さあ、少数能について宝永山から得たキミの考えも聞かせてくれないか?」


 ねえよ。大体、俺は休火山や死火山の目線で富士山を見ていたアホだぞ?


 だが答えないと終わりそうにない状況なので、俺は再びない知恵を振り絞り発言した。


「そ、そうだな。やっぱり霊山を大切にする自然体が人心にも効いてきて、少数能に終わる現状からも抜け出せるんじゃないかな?」


 またしても、おお、と声が聞こえてきたが、俺はカルト宗教のバカな教祖になりたいわけではない。


 だから適当に色々とハードルを下げる言い訳をしつつ、宝永山(仮)にみんなで帰ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る