[6-4]これまでと、これからと
僕の腕の中で、柔らかな翼が動いた。固くつむられていた
「メルト、目が覚めましたか?」
「うぅ、リュカさま……ここは?」
「ルーンダリアのお城ですよ。安心してください、エンハランス氏は国王陛下が拘束しましたので」
僕と火竜は今、兄の案内で医務室へと向かっている。国王陛下と従者の人はエンハランス氏の取り調べをしているとのことで、ルドは立ち会いを希望したらしい。
メルトは僕の腕の中でかすかに身を震わせたようだった。
「私、生きてる」
「はい、メルトは無事ですし、フォクナーも無事でしたよ。国王陛下と、僕の兄と、ルドが、協力して助けてくれたんですよ」
自分で言っておいて、情報量が多いと思う。メルトは
「死んじゃうと思いました」
「……そんなこと、僕が絶対に許しません。メルトは僕が守ります。もう二度とこんな怖い思いはさせません」
メルトは僕を見つめたまま目をしばたかせ、花が開くように笑った。
「はい。私も、リュカさま助けてって、思ってました」
「は、――はははい! 光栄です!」
甘えるような上目づかいが心臓にクリティカルヒットして、気の利いた言葉が全部吹き飛んでいった。前を歩く兄が吹きだすのが聞こえる。
だってだって、メルトが、僕を一番に頼ってくれてるって……!
「わかったから落ち着け、白いの。心の声が煩くて
「え、は!? 勝手に僕の心を読まないでください!」
「好きで読んでいるのではない」
隣を歩くムッとした表情の火竜は、少し機嫌が悪いようだ。悪いというより、不安を感じているのかもしれない。
それでも人嫌いのかれが素直に城へ同行してくれたのは、大きな変化だと思う。
「大丈夫ですよ、火竜。きっと上手くいきますよ」
「……おまえの私への距離の近さは何なのだ」
「今さらなに言ってるんですか。同じ目的のために共闘したんだから、もう僕ら親友ですよね?」
「おまえ、魔竜と狐のに変な影響を受けているな?」
ため息混じりに火竜が呟いたら、僕の腕の中でメルトがクスクスと笑った。話題に巻き込まれた兄が、僕らを振り返って苦笑しながら錫杖を掲げる。
「着いたぜ。リュカは彼女に付き添ってやれ。火竜は、俺と一緒にきて準備を手伝ってくれないか? たぶん竜の魔石がもう少し必要になるはずだからさ」
「わかった」
「了解です。それじゃ、兄さん。必要なときには呼びにきてくださいね」
医務室の前でふたりと別れ、僕らは扉の中へ。メルトに目立った外傷はなく、薬も兄さんが魔法で抜いてくれたけど、念のための診察だ。
優しそうな初老の医者が僕らを招きいれ、僕は入り口の辺りに待機、メルトは奥に通された。彼女を待ちながら、僕は今の状況についてぼんやり思いを巡らせる。
これまでのこと、これからのこと。
兄さんは生きていたけど、僕の故郷や家族については何の話もできていない。メルトも記憶を取り戻したけど、それは彼女の天涯孤独を裏打ちするだけだった。
僕はこれから、どうしたらいいだろう。
僕は彼女に何をしてあげられるだろう。
ソファに深く身を沈ませ、目を閉じる。強く優しい騎士だった養父を思い描き、僕がたどってきた過去の日々を思いに描く。
浮かんだ考えは、自分でもとてもいい案のように思えた。
全部上手くいったら彼女の師匠に相談してみよう。
今だけでなくこれからも、いつまでも――メルトが笑顔でいられるように。
怪我も、薬による後遺症もなく、メルトは夕方には医務室から解放され、魔竜とともに城へきたフォクナーやシオンと再会して無事を喜びあった。
ロウルは魔竜と兄に連れていかれ、入れ替わりのようにルドが連れられてきた。
国王陛下とルドの説得で、エンハランス氏は施設で行っていた研究について洗いざらい吐いたらしい。資料の写しは兄が持っていき、最終準備に役立てるのだという。
「父上が施したのは禁術式だから、元の式さえわかれば返しのやり方で戻すことができるってさ。あのチビ風竜……禁術使えるらしいし、任せておけば大丈夫だろ」
「そうですか。結局、禁術って何なんですか?」
今はすっかり気分が落ち着いたらしいルドが、僕とメルトに事の次第を聞かせてくれたけど、魔法にうとい僕らは魔法と禁術の区別がよくわからない。
「禁術っていうのは、文字魔法の亜流だよ。古代魔法文字を組み合わせて魔法の式を構築し、生命力を魔力リソースにして発動させる、って感じ。精霊に力を借りる魔法と違って命を削る術法だし、いわゆる生贄として人が殺される事例も多かったらしく、国によっては研究が禁止されてるんだ」
「そういえばそんなことを、兄さんが言ってたように思います」
「竜の魔石は膨大な魔力リソースを蓄えてるらしく、人一人分の生命力よりずっと効率がいいんだって。古代魔法文字のベースは竜語だって説もあるし、上手くやるんじゃないか?」
「なるほど……」
全部を理解したとは言いきれないけど、ルドも含めその道に詳しい人たちが集っているのはわかった。
ルドが言うように、あとは任せておけば大丈夫だろう。
「ルドさまはこれからどうするんですか?」
心配そうなメルトの問いにルドは視線を泳がせ、気まずそうな表情で口を開く。
「父上はしばらく強制労働に就くことになるそうだから、学校は辞めようと思ってる。会社は国王陛下にサポートしてもらいつつ俺が継ぐことになりそうだけど」
「え、学校やめちゃうんですか?」
「だって気まずいし。ただでも
父親が犯罪者となってしまった今、ルドに対する風当たりは強くなるかもしれない。僕としては、理由はどうあれ辞めるのは良くないと思うけど、それを今の彼に諭すのはお節介が過ぎるってものだ。
時間が経てば気持ちが変わるかもしれないし、国王陛下が何か手を打ってくれるかもしれないし。そう思って追及するのは避け、かわりに気になっていたことを聞いてみる。
「ルーンダリアの学校って、
「ん? 俺は他国のは知らないけど、多い方だと思うぜ。と言っても、
「そうなんですね。異種族間のトラブルはよくありますか?」
「どうかなぁ。なくはないだろけど、種族が原因ってことは少ないかも。
「僕はもうライヴァン帝都学院を卒業してますよ。ルーンダリアではどうなのかなって、気になっただけです」
なぜかルドが目を丸くして僕の顔を凝視してる。なんですか、の意味を込めて首を傾げてみせたら、指を差された。
「リュカって意外にオッサンかよ!」
「失礼な!
「……え、つまり同級生だからって同い年とは限らないってことか!?」
「当たり前じゃないですか」
何を今さら、と思ったけど、ルドは本気でショックを受けたんだろう。その反応が学生時代の
同じ
種族ごとの寿命差事情は、大人でもカルチャーショックを受けることがあるし。
「学校、かぁ……」
僕とルドのやり取りをはにかみ笑いながら聞いていたメルトが、ポツンと独り言のように呟いた。憧れとか好奇心とはほど遠いその笑顔に、彼女の過去を思う。
地下施設で産まれ、諸国を放浪する生活をしていた彼女には、学校へ行くなんて選択肢は想像も及ばなかっただろう。
もしも、メルトが望むなら――だけど。
僕はこの方面で、力になれるかもしれないよ。
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