いにしえの火竜はましろき雪の夢をみる

羽鳥(眞城白歌)

第一章 魔法使いと翼の少女

プロローグ


 僕のには『冬に舞う雪』の意味があるのだと、兄が言っていた。


 旅の中で、本物の雪を見たことは数えるほどしかない。それでもあの幻想的な光景は、今でも脳裏にはっきり思い描くことができる。

 漆黒の闇を彩るように舞う、羽のように軽やかな白い結晶。僕の故郷の言葉では、とも呼ばれるんだったか。

 ふと思い出したその語感と響きは、純白の姿によく似合っているように思えた。


「決めましたよ、紅蓮ぐれん


 僕の声がけに応じ、深紅の瞳を巡らせてかれがこちらを見る。無愛想な表情に見えるけれど、そろそろわかってきた。これはかれの照れ隠しだ。

 名を呼び合う習慣がなかったため呼ばれることにも慣れないのだろうし、落ち着かない気分になるんだろう。

 それでも嫌だと言わないのは、気に入ってくれたからと思っていいのかな。


「……相応ふさわしくない名は、認めないぞ」

「もちろんですよ。紅蓮が似合わないと思ったら、別の名前を考えます。でも気に入ったなら、紅蓮から贈ってくださいね」

「…………」


 また照れているみたいだ。一途で直情という意外に可愛い一面を知って、僕はかれに好意と親しみを感じるようになったんだと思う。


「いいですね、約束ですよ?」

「わかった。わかったから、焦らすな」


 ムッとして言い返す様子から、本当に楽しみにしてくれていたんだとわかる。だから僕はかれの手を取り、骨張った大きなてのひらに指で文字を書いてみせた。

 六つの花弁を持つ白い花を意味する――『六花』という文字を。


六花りっか、と発音するんです。僕の故郷の言葉で『雪の花』を意味するんですよ」

「雪……の、花……か」

「どうですか? 気に入りました?」

「……くない」


 小声でボソリと返されたので、思わず「え」と聞き返したら、かれは困ったように目を逸らし、こもった声で呟いた。


「悪くない、と言ったのだ。……ありがとう、リュカ」

「…………はい! 良かったです!」


 聞き取りにくい小声ながら確かに言われた感謝が嬉しくて、僕は思わず声を上げる。

 かれが、僕を名前で呼んでくれたのはこれがはじめてだ。また一歩、友人として認められた気がした。


「私も、とても素敵な名前だと思います」


 僕の隣で翼をふんわり膨らませ、彼女が微笑む。産まれながらにつらい運命を背負わされていた彼女も、ようやく自由になれるだろう。

 彼女もかれらもこれからは、自分の幸せのために生きていけるんだ。

 そんな未来を想像するのがとても楽しい。


「ありがとう、メルト。……名前を考えるって、緊張しますね」

「ふふ、リュカさまでもそうなんですね。ちょっと意外でした」


 はにかみ笑う彼女はいつもどおり可愛くて、そんな彼女が僕の隣にいてくれることが嬉しくて、胸の中に温かいものが満ちていく。


 過去をなくした僕と過去がなかった彼女、出会いは偶然だった。

 誰かのための騎士でありたいと願っていた僕が騎士になりたいと思ったあの時、この未来いまにつながる道が拓かれたのかもしれない。


 これはひと目惚れから始まった、僕の初恋の物語。

 そして――をめぐって起きた、小さな奇跡と救済の物語だ。



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