[5-2]チョコレートの交渉と伝承の真実


 風便りウィンドメールの効果を持つ『風羽根のペン』は、高額になりがちな魔法道具マジックツールの中でも比較的安価に買えて、使い勝手もいい。


 シオンは魔法が不得手なので常備してるんだと言って、万が一の時のためにと、僕とメルトに一枚ずつ持たせてくれた。

 効果は一回限りだけど、紙なり紙の代用品なりにこれで文字を書き、相手のフルネームとともに発動魔法語キーワードルーンを唱えれば、ほぼ確実に手紙を届けられる。


 効率と安全を考え、三人で手をつなぎシオンの転移魔法テレポートで付近に移動することにした。植物の異常繁茂で鬱蒼うっそうとしているものの、元々あった道や獣が通る道はちゃんと機能しているようだ。それほど苦労はなく、目的地へたどり着く。

 相手の出方がわからない以上、不必要に刺激しないほうがいいので、僕は休憩所の椅子に化けて部屋の隅から様子を見守り、メルトは小鳥に姿を変えて(翼族ザナリールはそういう天性の能力がある)、椅子に乗せたシオンの上着の下に隠れることにした。

 これなら万が一の時は即、メルトと一緒に離脱できるはず。


 予定の時間より早めに行って、待つことしばし。

 何の前触れもなく小屋の扉が開き、シオンが緊張をにじませた面持ちで目を向ける。僕もそろりと意識をそちらに傾けた。


 樹海の中に建てられた休憩小屋は天候が崩れた時の避難所なので、中には人工的な明かりが灯せるようになっている。その暖色光が入り口に立つ小柄な人物を淡く照らしだす。

 肩につかないほどの長さで不揃いに切られた髪、魔法使いの長衣ローブに銀細工の長い杖。少年とも少女とも見分けのつかない――あどけない容貌。

 シオンの予想通り子供のようにも、あるいは女性のようにも見える。


「ありがとう、来てくれて」


 シオンが優しくそう言って、両手をテーブルの上に開いて乗せた。武器を手にしていないという意思表示だ。ロウルはためらうようにシオンの顔とテーブルを何度か見比べていたが、やがて意を決したのか小屋の中へと入ってきた。

 椅子(僕が化けてる奴じゃなく小屋にあった物)には座ろうとせず、扉を大きく開けたまま、シオンをじっと見つめている。


「座らない? お茶と、お菓子もあるよ」

「……要らない」


 にべもない答えだが、声を聞けた。やはり性別のわからない、抑揚よくようの少ない声音だ。


「そう。オーケー、それじゃサクッと本題に入ろうか。きみは、風の宝剣をジェパーグの城からんだよね?」


 ロウルの瞳に一瞬、警戒が走る。人工灯による錯覚かもしれないが、その目は右と左で色合いが異なるようにも見えた。


「返さないよ」

「うん、おれも、無理につもりはないよ。ただ、どうして、危険を冒してまでソレを持ちだしたのかなって、思ってさ」


 これが手段スタンスと言うだけあって、言葉選びは慎重だ。

 ロウルが答えに迷う沈黙の間に、シオンはゆっくりと腕を動かし、テーブルの上に個包装されたチョコレートをひとつかみ分ほど広げた。

 小屋の中をさまよっていたロウルの視線が、一瞬でテーブルに釘づけになる。


「あと、お腹もすいてるんじゃないかな、って思って。これ街で普通に売ってる市販品だから、怖くないよ」

「う」

「心配なら、おれが食べて見せようか?」

「駄目」

「……え?」


 突然に、ロウルが早足でテーブルに近づき、シオンの真向かいにストンと腰をおろした。じいと上目遣いでシオンを見上げ、口を開く。


「ソレ、ぜんぶ貰ってもいい……?」

「え、うん、もちろんいいけど。きみ、チョコ好きなの?」

「主食」

「え」


 え、と思わず声が漏れそうになったけど、シオンが代弁してくれたから思いとどまる。餌づけは子供を懐柔する常套手段だけど、当の本人シオンもこんなに上手くいくなんて思ってなかったに違いない。

 いや、でも主食って……フォクナーとアップルパイの関係かよ、と思って他人事ながら僕はちょっと頭が痛くなる。


 魔法職って偏食なわけ?

 そりゃ、戦闘職より身体を鍛える必要性は薄いのかもだけどさ。


 僕が一人で思考を脱線させているうちに、シオンは本格的に交渉に入ったようだ。

 ついでとばかりに水筒に入ったお茶を出し、ロウルが素直に口をつけたのを確認してから、話しだす。


「おれの名前は、シオン。和国ジェパーグのお城に仕えていて、きみがなぜ宝剣を持ちだしたのか調査するように言いつけられてるんだ。持ち帰れって言われているわけじゃないから、そこは安心していいよ」

「……そう」

「きみは、ロウルで間違いないよね?」

「……うん」


 ゆっくり重ねられる質問に、ロウルは意外なほど素直に答えてゆく。

 化けてることに気づかれないよう気をつけつつ、僕は改めて彼(?)を観察してみた。耳の形は、先が尖った魔族ジェマの形状。髪の色は薄藍と白が混じっていて、目の色は左右で色合いの違う深青色。……風属性か、水属性か、判断に迷うところだ。


「きみは、その宝剣で何かをするつもりなのかな?」

「……言ったら邪魔されるから人族には言うなって、火竜が」

「ということは、きみは火竜の目的のために協力している、ってことかい?」

「……今のところは」


 やっぱり、全部の中心にあるのは火竜の意志なんだ。

 シオンが眉を下げてテーブルの上で両手を組み合わせ、ロウルは所在なさげに、包装されたままのチョコレートを指先で弄んでいる。


「きみは、火竜の目的を知ってるんだね」

「……うん」

「その目的のために、風の宝剣と、メルトの身柄が必要、ってことなのかな」

「……そんな感じ」

「それじゃ、おれやメルトもきみや火竜と同じく、当事者ってことになるよね」


 ロウルが顔を上げ、シオンを見あげる。シオンの表情が責めるものではないのを確認するかのような、本当に子供らしい所作だった。


「火竜は、人族を信用してないんだよ」

「うん、それはわかるし、当然だと思う。でも、いにしえの竜が人に逆らえないっていうことわりがある以上、きみたちがメルトを狙ったり、お城に楯突くのは、きみや火竜ためにならないと思うんだよ、おれは」

「……火竜を討つの? 風竜を、そうしたみたいに」


 ロウルの声がはじめて動揺した、ように思えた。震えを帯びた声に含まれている感情は、いったいどんな種類ものなんだろう。


「おれとしては、そうならないで欲しいと思ってる。きみたちに事情があって理由があるのなら、きみが魔石を持ちだしたルーンダリアの国王陛下にも、宝剣を持ち出したジェパーグのみかどにも、おれが説明してあげてもいいって思ってるよ。でもそれには、おれが事情を把握はあくしていないと無理だよね」


 沈黙は、数秒ほど。

 ロウルが双眸そうぼうを瞬かせ、首を傾げた。


「ぼくは、どうしたらいい?」

「そうだね。おれとしては火竜の目的を知らないと、手の打ちようがないかな。きみたちは目的達成のためメルトを犠牲にしようとしてるみたいだけど、叶える手段が一種類とは限らないよね。おれはこう見えて情報通だし、フォクナーは大魔法使いだし……ね、だから、まずはきみの抱えてる事情、お兄さんに詳しく話してみようか?」

「…………」


 思案するような少しの沈黙の後、ロウルがこっくり頷いて、姿勢を正した。

 凄いなシオン、餌づけから始めてここまで友好的な立場を確立するなんて。……僕には、たぶん無理。

 身バレの切っ掛けが『助けてくれた優しいお兄ちゃん』という証言だったことを考えても、これはシオンの元々の気質なんだろう。僕は末っ子みたいなものだから、こういう立ち回りは真似できそうにない。


「まず、確認させて欲しいんだけど。火竜が人族を信用していないのは、やっぱり、白竜や風竜が理不尽な仕打ちを受けたことが原因なんだよね」

「……たぶん。ぼくは少し前まで眠ってたから、白竜のことはあまり知らないんだけど」

「眠ってた? え、どういうこと?」


 困惑した様子のシオンをじいと見つめ、ロウルは両手をテーブルに揃えて乗せ、目を閉じた。ふわと室内に風が舞い、小柄な魔法使いの背に青く大きな鳥の翼が顕現する。


 シオンは然としたまま固まって、僕も危うく声を上げてしまうところだった。

 正面から見ているシオンには見えないだろうけど、腰の下には柔らかな獣毛に覆われた長い尻尾まである。

 あれ、これ、最近どこかで見たような……?


「え、ロウル、きみって」

「……ぼくは、半竜」


 開かれた双眸は彩度を増し、左右で色違いの青い宝石みたいに輝いて、シオンを見つめていた。


「半竜、ってことは……竜と人の混血ハーフってこと?」

「そう」

「いにしえの竜と、人族との、だよね?」


 首肯し、ロウルは感情を抑えたような平坦な声音で、囁くように告白した。


「ぼくの父は。和国によって討たれ、その身を宝剣に加工された……なんだよ」



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