[5-3]火竜の望みと僕らの選択


 二度目の遭遇で僕は、いにしえの竜がになれることを知った。あのときの火竜は外見だけなら人族とまったく違いがなかった。

 フォクナーの話から、いにしえの竜は精霊に近い組成からだだと聞いた。


 その時に気づいておくべきだったのかもしれない――精霊が人族と愛し合うことでのと同じように、いにしえの竜と人族が結ばれるという可能性を。

 さすがにシオンにとってもロウルの告白は予想外だったんだろう、瞠目どうもくしたまま言葉を失っている。


「……ってことは、その宝剣」

「これは、父の形見。ぼくが造ったものではないけど、ぼくが持つ正当性はある、……と思う」

「そうだね」


 シオンは素直に同意を示し、それから優しく微笑んだ。


「きみにとっておれは仇だろうに、話してくれてありがとう。そして、ごめんね」

「ううん、ぼくは……大丈夫。でもこれは、返せない」

「わかった。その事情についてはおれから国の方へ伝えて斟酌しんしゃくしてもらえるよう交渉すると、約束するよ。……ロウルは、半竜だから火竜の目的に協力してるのかい?」


 ロウルはほっとしたように目を瞬かせ、それから小さく頷いた。


「父さんと火竜はケンカ友達だったから、火竜はぼくを気にかけてくれてる。その恩もあるけど……ぼくは半分が人で、人族と戦っても罰せられることはないの。だから、白竜をよみがえらせるための準備を手伝ってるんだよ」


 さらりと告げられた『火竜の目的』に、椅子の上で小鳥のメルトが身じろぎしたのがわかった。

 僕もだけど、シオンも驚いたんだろう、言葉を探しているらしい沈黙が流れてゆく。


「ロウルは、どういう方法で白竜をよみがえらせるつもりなのかな?」


 結局ストレートに聞くことにしたらしいシオンの問いに、ロウルは少し逡巡しゅんじゅんしたのち、様子をうかがうような小声で答えた。


「反魂の禁術式。竜に魂はないけど、彼女の中には『白竜の核』があるから、彼女を媒体ベースに白竜の自我こころを呼び戻すことができるんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、それが成功したとして、メルトはどうなっちゃうのかな?」

「…………」


 一番知りたい質問には、沈黙が返された。僕は今にも変化へんげを解いてロウルに詰め寄りたい衝動を、かろうじて抑える。

 今ここで彼(彼女?)を脅しては、交渉が決裂してしまう。

 そして、感情的にならず穏やかな話し合いを続けているシオンを、改めて凄いと思った。


「……死んでしまうかも、しれないのかな?」

「わからない。核を取りだせればいいのだけど」

「そうか。竜の核って、人でいう心臓とか脳みたいなものなのかな。あるいは魂……。何にしても、それが必要なんだね。でもメルトを害さずに済むなら、本当はその方がいいってことだよね?」

「うん」


 緊張を滲ませていたシオンの表情が、安堵したようにゆるむ。僕的にはいろいろ不満があるけど、解決の糸口は見えた。シオンはこのまま、協力関係という形に持っていくつもりなんだろうか。

 ……いや、その目測は甘かったみたいだ。

 開きっ放しだった入り口にさっと影が差し、シオンの表情が再び固くなる。

 ロウルが目を瞬かせ、振り返った。


「貴様ら、ロウルをたばかるつもりか」


 怒りに満ちた人型火竜の声は、確かに貴様と呼んだ。

 つまり、バレてる。

 これはマズイ事態だけど、僕とメルトは部屋の奥で入口は火竜にふさがれている。離脱するべきか即断しかねているうちに、かれは小屋へと踏み込んできた。


「火竜、大丈夫だよ」

「……火竜? 貴方も人型になるんですね」


 怒っているかれと焦る僕の胸中とは裏腹に、ロウルはチョコを握りしめてそんなこと言ってるし、シオンは……そういえば人型火竜を見たのって僕とメルトだけだった。いや、そういう場合じゃないと思うんだけど、僕はどうしたらいいかな。


「溶けるからほのおは出さないでね」

「何だそれは。ロウル、おまえはこっちに来なさい」

「火竜さんこそ、こちらに来て話しませんか。貴方だって本当は、メルトを害さず目的を遂げる方法を探りたいでしょう?」


 ロウルはチョコの安否が最優先のようで、火竜の威嚇いかくもどこ吹く風だ。さすが風竜。シオンはシオンで火竜を相手に堂々とした笑顔を向け、交渉の席へと招く。

 火竜はチラリとロウルを見、それから奥の椅子(つまり僕)に目を向けて、低く答えた。


「……いいだろう。ただし、全員が姿を見せるならば、だ」

「わかりました。……リュカ、メルト。場所はそのままでいいから、元の姿になってくれるかな」


 シオンが言うなら、もう仕方ない。僕が最初に変化を解いて上着を持ちあげると、そこから薄浅葱うすあさぎの小鳥が飛びだして、空中で姿を変えた。

 人の姿に戻ったメルトは僕の隣に寄り添うように立ち、ぺこりと頭を下げる。


「エメルティア、です」

「僕はリュカです。この場でメルトに危害を加えるようなことは、しませんね?」


 最低限の安全確認を口にしたら、シオンにモノ言いたげな目で見られた。空気を読んで、僕はメルトをかばいつつ壁際へ後退する。

 ロウルは不思議そうに僕らを見ただけで、気分を害した様子はない。

 もしかして、はじめからバレてた……?


「私は貴様らを信用したわけではない」

「ええ、わかってます。……でも、おれの用事は済んだので、宝剣も魔石もロウルから奪い取るつもりはありません。であれば、貴方の目的とは、一致するのでは?」

「……どういうことだ」


 火竜が怪訝けげんそうに返した問いは、僕の胸中をも代弁するものだった。

 チラリとメルトに視線を送ってみたが、彼女もキョトンとしているので、これは交渉の一環かもしれない。余計なことは言わずに聞くことに集中したほうが良さそうだ。


「彼女も貴方と同じで、恩を受けた白竜を救うため調査を進めているんですよ。先日ついに、白竜を拘束していた施設の管理者だった人物を探り当てました。……この情報、欲しくないですか?」


 火竜の目が驚いたように見開き、それから細くなった。何かを考えているのかもしれない。シオンはニコニコと微笑みながらかれの返事を待っている。

 復讐させるためルドの父親の情報を渡すつもり、ではないだろうけど。

 シオンの意図がまだ読めず、僕は困惑を顔に出さないよう頑張りながら空気のようにたたずんでおくことにする。うっかり口出しをしてこじらせたら大変だもんな。

 しばしの沈黙ののち、火竜はロウルと僕らを見比べながら、口を開いた。


「探るような言い方をするな。ロウルはでよみがえりを成功させるつもりらしいが、そもそも妖術――おまえたちは禁術と呼ぶそうだが、その方法は竜の身を構成する魔力と相性が悪いのだ。成功するはずがないだろう」

「でも、では長い時間がかかるし、人に害をしたって思われて火竜が狩られるかもしれない」

「……竜の方法?」


 反論したロウルにシオンが尋ね、ロウルはシオンに瞳を向ける。


「竜は、恋しい人族を呑み込んで千年眠ることで、その人を竜に変えることができるの。彼女の中には白竜の核があるから、呑めば白竜になるはずだって言うんだけど」

「なっ……そんなこと許せるはずないでしょう!」


 思わず僕は叫んでしまい、メルトに袖を引かれた。

 わかってる、わかってるけど、……メルトが火竜のっておかしいだろ!?


「ゆるされないし、たぶん、成功もしない」


 僕の激情に水をかけるように、ロウルが言った。

 この子の両親はどんなふうに出会って、どういう形で想いを遂げたんだろう。気にはなったけど、今はそういう話をする場でもない。

 ただ、半竜であるロウルの言葉には不思議な重さがある。

 シオンが頷き、火竜を見た。


「協力しませんか、火竜さん。人の構築する理論は、知識を得て専門家の助けを仰ぐことにより、限りなく成功率を高めることが可能です。時間がかかるとしても、千年まではかからないと思いますよ」


 ――ああ、なるほど。

 シオンはおそらく、理論構築にフォクナーを頼るつもりなんだ。


 自他ともに認める天才魔法使いの彼なら、まだ(たぶん)子供のロウルより精度の高い魔術式の構築ができるだろうから。

 悔しいけど、それが彼の得意分野なんだからここに僕の出る幕はない。


 はたして、火竜はその提案を考えているようだった。

 かれだってできるならリスクを少なく目的を遂げたいだろう。無理を通して白竜を取り戻しても、その先に待つのが追われる未来、狩られる未来では意味がないはずだから。


「火竜、ぼくは乗ってもいいと思う」


 遠慮がちに告げたロウルのひと押しに、火竜は瞳をあげ、シオンを見た。


「よし、その誘い乗ってやろう。私たちは今後、おまえたちを襲撃することはしない。しかし、口先だけで行動に移さぬのであれば、地の果てまでも追いかけて喰らってやるから覚悟しておけ」

「……火竜どうしてそう、悪い竜のフリしたがるの」


 ドスの利いた声で言われた脅しは、ロウルの一言で台無しになった。火竜が困ったように頭を振り、ため息を吐く。

 それがひどく人間臭い所作だったので、僕の中では違う部分に火がついてしまった。


 だって、竜が人を『食べる』のは『恋しい相手だから』ってことなんだろ?

 ここまできて好きな子を人外ライバルにかっさらわれる展開なんて、僕は絶対認めないからな。



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