[5-4]樹海の真相と二通の手紙


 ロウルに現時点で組めそうな禁術式を書きだしてもらい、それを預かって僕らはひとまず別れる――つもりだったんだけど。帰ろうとしたところで火竜が「貴様らはやはり信用ならん」とかまぜっ返して来やがった。


 シオンが腰を据えて説得しようとしたら、ロウルが一緒に来ると言いだして火竜の反対をあっさり押し切った。火竜の奴、亡き親友の忘れ形見だからかロウルに弱いらしい。先に子供を餌づけしたシオンの勝利……ってなんか僕たち悪者みたいだな。

 ともかくそういうわけで今、ジウの家ではちょっと面倒くさい空気が漂っている。


 フォクナーが起きだす前に帰宅、は果たせたけど、人型形態とはいえ火竜とロウルがいるわけだからシオンの抜け駆けはバレバレだ。とはいえシオンは上機嫌で、この様子だとフォクナーに怒られる件はそれほど深刻ではないのかも。結果オーライというのかな?

 問題は、一触即発状態なジウと火竜だ。


「あれほどの暴虐を働いておきながら良くもここへと来れたものだな?」

「煩い、。火事の件なら、地竜の魔石を森にいて埋め合わせをしてあるのだから、文句はあるまい」

「お前は阿呆か? 幾ら埋め合わせしようと焼失した物は戻らんだろうが」

「阿呆とは何だ」

「阿呆とは考え無しの別称なかまだ」

「貴様、下手に出ていれば……!」

「良し、ならば死合うとするか!」


 ふたりして言い争った挙句、意気揚々と行ってしまったけど、止めたほうが良かったのかな。……っていうか、森の樹海化って火竜の仕業だったのか。

 思わぬ情報を得てしまったけど、だからといって活用の手立てもない。

 とりあえずとはいえ停戦協定を結んでるんだし、殺し合うような闘いはしない、よな。たぶん。


 帰宅するなりフォクナーが熟睡しているのを確認して、シオンがメルトに頼んだのは、ルドに手紙を書いて協力を仰ぐことだった。僕はてっきりフォクナーの知見を当てにしていると思っていたんだけど、それを言ったらシオンとメルトは顔を見合わせ苦笑した。


「フォクナーに理論構築は無理だよ」

「はい。お師さまはノリと直感で魔法を使うタイプです」


 どうやら最初から当てにされてなかったらしい。師匠なのに。

 ただ、ロウルの話によると魔術式と禁術式は似て非なるものだそうで、魔法使いのフォクナーにはどのみち無理だろう、とのことだった。

 メルトと白竜の関係やシオンの交渉内容について、フォクナーに話さず済ませることはできない。彼が『反魂の禁術式』とやらに賛成するか反対するかわからないので、先にルドの協力を取りつけてしまおう、というシオンの目論見だ。


 エンハランス氏はどういう手段でか、メルトの身体に白竜の核を埋め込んだらしい。手術なのか魔術なのか不明だけど、火竜が彼女の中に白竜を感じるから間違いないという。

 ロウルは、埋め込んだ方法がわかれば取りだす方法もわかるはずだから当時の資料が欲しい、って言ってるけど、それって火竜が焼いた施設と一緒に焼失してるんじゃないのかな。

 資料がなければエンハランス氏本人に直接聞く――という方法しかない。

 でも彼は、白竜をあれほど非道な仕方で搾取さくしゅしていた人物だ。不用意にメルトの存在を知らせることはできない。


 ということで、シオンが提案したのは、禁術式の本を借りるという口実でルドに接触し探りを入れることだった。

 彼のメルトに対する好意を察してそれにつけ込もうっていうんだから、シオンって顔に似合わず策士系……って今さらか。本人も、そういうやり方の方が得意って言ってたし。

 探りに行くのは僕とメルトが適任なんだけど、危険をともなう作戦に彼女本人を出向かせるわけにはいかない。だから、シオンが変化へんげでメルトになりすまし、僕と一緒にエンハランス商会を訪ねる――と話がまとまりかけたところで、メルト本人が反対の声を上げた。


「それはルドさまに対して不誠実です。それにこれは、私自身のことですから……私は自分で、役目を果たしたいです」

「でも、彼がきみのことを父親に話す可能性だってあるんだよ。そうなった時に、リュカがきみを守りながら離脱するのは難しいんじゃないかな」

「大丈夫ですよ! 僕がメルトを守りますから!」


 あ、つい、思わず。

 せつなげに僕を見あげるメルトがいじらしくって、いつもの癖が。

 シオンは苦笑する。


「とりあえずおれは夕飯の準備をするね。この話はフォクナーが起きてきたら改めて、しようか」

「ぼくも手伝う」


 なぜかシオンにロウルがついて行ってしまい、メルトは以前に渡されていた『風羽根のペン』で手紙を書きはじめた。

 カリカリという筆記の音だけが、静かに流れる時間を彩っている。


 シオンの心配はもちろんわかるけど、来訪については僕もメルトと同じ考えだ。

 確かに危険はあるが、あの場所は国王陛下により監視がつけられてる。僕らが取るべき手段はルドを利用して情報を得ることではなく、国王陛下のバックアップを得てこの件を完全解決すること、なのじゃないだろうか。


 シオンだって、調査という依頼を陛下から受けている以上、ロウルのことを報告しないわけにはいかないんだし。

 相手の出方がわからない状況で大きなモノに立ち向かうためには、それ以上に大きな後ろ盾が必要だ。


「メルト、僕ちょっと外しますね。メルトの望み通りに事を進められるよう、ちょっと根回ししてきます」

「え、リュカさま?」


 問いたげな瑠璃藍アズライトの瞳に僕は笑顔を返し、言った。


「大丈夫ですよ、メルト。僕を信じてください」

「……はい、わかりました。信じます」


 視線を交わし、確かめ合う。

 彼女と僕は今、間違いなく同じ気持ちだ。それなら僕も、僕にできる最善を。





―― 親愛なるルーンダリア国王、ギルヴェール陛下へ。


 私はリュカ=シャルリエと申しまして、ライヴァン帝国シルヴァン領主の弟である者です。ここに国民証の写しを同封しますので、ご確認のほど宜しくお願い致します。

 過日のシオン追跡事件の折、陛下を家へお招きいたしましたが、この件の調査に進展がありました。既に報告を受けていらっしゃることと存じますが、私の方からも陛下にお伝えしたいことがあり、こうして筆を取った次第です。


 陛下は、エンハランス商会が以前、樹海で行なっていた事について調査済みであると聞きました。

 結論から述べさせていただきますが、施設で行われていた研究には『いにしえの竜の搾取』が関係しておりました。魔法薬の材料として命を奪われた白竜と森を焼いた火竜は親しい間柄であり、火竜に協力していた禁術使いは半竜であるとのことです。

 かれらに人族への害意はなく、かれらなりの手段を探りつつ『白竜の復活』を成そうとしていると、私はかれら自身の口から聞くことができました。


 つきましては、この件について国王陛下にご意見を賜りたく存じます。

 といいますのも、私たちが直接エンハランス商会の出方を探る、あるいは問い質すよりも、陛下からのご指示を待つ方が賢明ではないかと思慮したためです。


 半竜のロウルによれば、白竜復活のためにはエンハランス氏が持つ情報の幾らかが必要なのだそうです。その調査に関してはこちらで既に準備を進めておりますが、万が一の憂慮すべき事態に備えまして、陛下より令状を発行していただくことは可能でしょうか。

 また、白竜復活を果たした際には、国家としていにしえの竜たちを保護していただくことは可能でしょうか。


 と申しますのは、いにしえの竜は人に逆らうことを許されていないと聞き及んだからです。上記二点は私の案ですので、陛下がこれより相応しい案をくださいますならば、私はそちらに従いたいと存じます。

 多忙な毎日を送っている陛下の御手を煩わすのは恐縮ですが、この件において最善の判断を下すことができるのは陛下であろうと、思慮いたしました。どうか、御一考くださいませ。


  リュカ=シャルリエ ――



 こちらもシオンから渡されていた『風羽根のペン』による筆記だ。丁寧に畳んで封筒に入れ、国民証の写しを入れて封をする。

 シオンだけでなく僕までフォクナーに黙って先手を取るとか、彼に怒られるのを覚悟しないといけないかな。


 だとしても、この判断は間違っていないと思う。

 火竜の願いを遂げることも大事だけど、それを越えた先にかれらが、そしてメルトが安全に幸せに暮らせなければ駄目なんだ。


 いにしえの竜が人に逆らうことを許されず、理不尽な搾取に苦しめられるのを自衛することもできないなら。人族の側から行動を起こし、かれらを助けるべきだと思う。

 大切なひとを奪われて悲しみや怒りを感じるのは僕ら人族だけじゃない、かれら竜たちだって同じなのだから。



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