[5-5 side dy side]翼の少女は願いを胸に立ちあがる


 夕飯の準備がひと段落するころ、リュカさんは戻ってきた。お互いが書いた手紙の写しを見せあっていたら、シオンさんも入ってきた。

 お師さまを起こす前に最後の作戦会議をするみたい。


「なるほどね。……あの国王陛下を巻き込むなんておれは怖いなぁ。リュカは妖狐きつねなのに物怖じしないよね」

「言われてみれば怖いですね、国王陛下」


 リュカさんは何かアテがあるんだろうとは思っていたけど、国王陛下に指示を仰ぐっていうのは私も予想外だった。

 でも考えてみれば陛下は、断片的とはいえ事情を把握はあくしていらっしゃるのだから、いっそぜんぶ話して意見を聞いたほうが早道かもしれない、と思う。


「ルドさまへの手紙はお返事待ちです。竜については触れず、禁術式の構築についてアドバイスが欲しいってだけ書きました。会って話をしてみて、その感じでどこまで話すか決めようと思います」

「大丈夫ですよ。あのフットワーク軽すぎる国王陛下なら絶対動きますって。ルドには手紙に書いた通り、反魂の禁術式構築だけ手伝ってもらえばいいんです。そうすれば、騙すことにはならないですよ」


 リュカさんが自信たっぷりに言ってくれたので、私はちょっと気持ちが楽になった。

 ルドさんは吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマだから、一対一だとやっぱり怖いと思ってしまうけど、リュカさんが一緒なら大丈夫。ちゃんと話せる、はず。


「エンハランス氏が保管しているかもしれない資料の押収については、陛下の指示待ち……ってことだね、了解。どうかな、ロウル。これで何とかなりそうかい?」

「反魂の精度アップは本があれば……難しくないと思う。白竜の核を分離する方法についてはまだ何とも言えないけど、人族が扱える医術か魔術式の範囲であれば、何とかなると思うの。ただ、手術なら腕のいい医者が必要だけど」

「その辺りがクリアできれば可能圏内ってことだね。よかった」


 シオンさんが優しく微笑み、ロウルちゃんもつられるようにほんのり笑顔になった。

 最初は雲をつかむ話に思えたも、こうやってふたりが話すのを聞いていると、現実的な話なんだって思えてくる。


「うまくいくといいですよね」

「もちろん、上手くやってみせます! メルトと白竜、どっちも救う道が必ずあるはずですよ。僕はこの件に関し医術でも魔術でも力になれないですが、そういう手立てを持つ人は必ず見つけてみせます」


 力強く保証するリュカさんの笑顔は、キラキラ輝いて見えた。胸の奥がじわんと温かくなって、私も強くうなずき返す。


「さて、方向性も決まったし……フォクナーを起こして、事情を話して、だね」

「は、はい……!」


 シオンさんに言われて、私の心臓がさっきと違う意味で高鳴りだした。わずか半日でこんなに話が進んでしまい、二通の手紙も風に乗せて送ってしまい、もう後戻りはできない。

 お師さまに褒められるのか、怒られるのか、ぜんぜん予想がつかないでいる。


「悪い方向に進んでるわけじゃないですし、大丈夫じゃないですかね」

「うん、おれも、そう思ってる……んだけどね」


 リュカさんとシオンさん、言葉を交わしてシオンさんが立ちあがった。


「さて、おれが起こしてくるよ。ロウルは外にいる火竜とジウを呼んできてくれるかな?」

「うん」


 ふたりが立ちあがり、出て行って、リビングには私とリュカさんが残される。近づく運命の時に向けて緊張する心を落ち着かせようと、両手をぎゅっと握り合わせていたら、リュカさんが立ってお茶を入れてくれた。

 ふんわり広がる煎茶のさわやかな香りに、少し気持ちが落ち着いたように思う。


「……うまくいくといいですね」

「きっと、大丈夫ですよ」


 同じような会話を繰り返す。

 リュカさんはカップを傾けてから私を見、にこりと笑ってくれた。





 お師さまと会ったときのことは、あまり覚えていない。たぶんその頃の私は、自我もぼんやりしていて、心も身体も幼かったからだろうと思う。


 きんいろの火の粉が舞う中で、巨大な竜が私を見おろしていた。深紅に燃える宝石みたいな目、きらめく緋色の鱗に覆われた身体と広げられた硬そうな翼。


『娘よ、おまえに恨みはないが、私はおまえの命をもらわねばならない』


 かれの発した言葉の意味を今なら理解できる。だからといって、わかりましたと納得できるものではないけれど。

 お師さまはそんな絶体絶命のピンチに颯爽さっそうと現れて、私の前に立ちふさがり、火竜さんと対峙たいじしてくれた人だ。思えばあのときもお師さまはかれを攻撃することはせず、雲鯨クラウディアを呼びだして雨を降らせていた。


「僕は、君の非道を見過ごすことなんかできない。ここで会ったのも何かの縁だし、覚えておきなよいにしえの火竜。世界を渡る風、流浪るろうに生きる大魔法使い! フォクナー=アディスという名前をね」


 あの長い杖を掲げ、堂々と言いはなった姿はとても格好良くって。大魔法使いならだと、子供心に思いこんだ。

 でも、当人はと呼ばれることには抵抗があったみたいで。


「だからってフォクナー様なんて呼ばれたら余計にむず痒いし。そうだなー、師匠ならいいかな。お師匠サマって格好いいじゃん?」


 子供だった私にはって発音しにくくて。いろいろ試した結果、今の呼びかたに落ちついたんだけど、実のところ意味はよくわかっていなかった。

 意味を悟るころには、私たちの間にある関係が師弟ではないと気づいたけれど。だれよりも尊敬し信頼している人だってことに違いはない。


 だれかとの出会い、つながる縁は、不思議だなって思う。

 あのとき敵対しあってた私と火竜さんが、実は共通の喪失かなしみを知るもの同士だったなんて、思いもしなかった。


 ぜんぶを思いだした今なら、私にもお師さまの気持ちがわかる……気がする。

 火竜さんが何に怒り、何を望んでいるかを知った以上、私だって見ないフリはできない。その気持ちはお師さまだって同じだろうと思うんだ。


 シオンさんとお師さまの話し声が足音をともなって近づいてきて、私はドキドキしながらリュカさんと視線を交わした。

 優しいブルーの両目が、大丈夫、と伝えてくれる。うん、きっと大丈夫。





 夕飯の席にロウルちゃんと人型の火竜さんが入ってきたのを見ても、お師さまは思ったほど動揺はしなかった。「精霊に聞いた」と言うことみたい。


 みんなが食べ終わるまで火竜さんは静かにソファで待っててくれた。ロウルちゃんはシオンさんにお世話されながら食事を楽しんでいて、変な空気になることはなかった。

 それから、シオンさんが進行役をしながら、今日一日のことを私たちは代わる代わるお師さまに報告することになる。


 昨日思いだした私と白竜の関係からはじめて、火竜さんとロウルちゃんの目的。白竜をよみがえらせる方法を探るため、ルドさんや国王陛下に協力を仰ごうとしていること。

 お師さまは時折り質問を差し挟むことはあったけど、最後まで黙って聞いてくれた。そして、深く深くため息をついて、私に尋ねてくれた。


「メルトも、白竜を助けたいと思うんだね。……それに危険がともなうことも、ちゃんとわかってる?」


 私ははっきりうなずいて、それから答える。


「はい。白竜は私を助けてくれました。だから私も、方法があるなら白竜を救いたいです。以前の私だったら思いだしてもどうしようもなかったけど、今はみんながいますから」


 まったくもう、と口の中で呟いたお師さまは、もう一度深いため息をついた。


「わかった、僕も協力するよ。……といっても、魔法職にある者が禁術式に触れると精霊に嫌われちゃうから、僕にできることはあまりないんだけどさ」

「は、はい! お師さま、ありがとうございます!」

「別にー、メルトがお礼をいう件ではないと思うけど。抜け駆けは褒められたことじゃないし、これで悪い方向に転んでたら僕だってさすがに怒るけどさ。……今回は、結果オーライってことで」


 とがめるような視線をお師さまはシオンさんに向けているけど、シオンさんはさらりと流し、ジウさんの方を見る。


「今さらだけど、こういう事情だったんだよ。話すのが遅くなってしまってごめんね。いつまでもここを拠点にするのは申し訳ないし、明日になったら街へ戻ろうと思う」

「ん? おれは迷惑とは思っておらんよ。お前の作る飯も旨いしな。そこな火竜は多少乱暴者なきらいもあるが、事情があるのであれば斟酌しんしゃくするのが情というもの。もう森を焼かぬと約束もさせたし、おれに出来ることがあるなら協力するぞ」

「え、いつの間に?」


 シオンさんと同じく私もびっくり。いつの間にジウさんと火竜さんは打ち解けたのかな。

 私の隣でぽかんとしていたリュカさんは、少ししてくすくすと笑いだした。


「それじゃ、満場一致ですね。先方の返信待ちではありますが、方向性も決まりましたし。必ず、成功させましょう」

「はい、必ず!」

 

 リュカさんの台詞が私の気持ちを代弁してくれたので、私は嬉しくって思わず答えた。

 お師さまが、シオンさんが、ロウルちゃんが、そして私からは見えないけどおそらく火竜さんも、同じように同意している。


 待ってて、白竜。必ず助けるから。

 私も――あなたにもう一度、会いたいのです。 



 

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