[1-2]彼女の事情と火竜の話


 そういうわけで、仕切り直し……というわけでもないけど、僕ら三人は大衆レストランに来ていた。

 メルト嬢(正しくはエメルティアという名前らしい)を助けたお礼に夕飯をおごると言われたので、つい同行しちゃったけど、食事でほだされたわけじゃないからな。


 案内された席に着き、それぞれが適当な食事――僕はカルボナーラ、メルト嬢は海老クリームパスタ、彼女の師匠はアップルパイ(って夕食じゃないよね?)を頼み、互いに自己紹介をする。

 僕はリュカ、彼女はエメルティア、そして彼はフォクナー=アディスと名乗った。


 余計なことかもしれないけど、僕は食事より、さっきの経緯の方が気になって仕方ない。


 ここ、ルーンダリア国は多種族混合国家だ。ここにいる三人だけ見ても、僕は魔族ジェマ、メルト嬢は翼族ザナリール、彼女の師匠らしき彼は妖精族セイエスと全員違う。

 この国では審査さえ通れば全部の種族に居住権が与えられることになっている。とはいえ、ルーンダリアの現国王は魔族ジェマだ。だから自然に、国民は魔族ジェマの割合が高くなる。


 六種族の中でも、魔族ジェマは特に油断してはいけない存在だ。僕自身もそうなので直視したくない気持ちはあるけど、魔族ジェマが他種族……特に翼族ザナリールに危害を加えてきたのは史実であり現実であり。

 特に吸血鬼ヴァンパイアは、同じ魔族ジェマ同士であってさえ危険な相手だっていうのに。


妖精族セイエス翼族ザナリールの二人連れで、腕の立つ護衛も雇わずにルーンダリア国内に滞在するなんて……信じられません」

「だって、多種族混合国家だって聞いてたからさ」

「表向きはそうですし、国内で魔族ジェマが他種族をことは王命により禁止されていますよ。でも、現にああやって法の目をかいくぐろうとするやからはどこにでもいます。油断しすぎじゃないですか?」

「まぁ……ホントその辺は、見積もり甘かった僕の落ち度なんだけどさ」


 妖精族セイエスの魔法使い――職業クラス名で言えば精霊使いエレメンタルマスターの彼は、魔族ジェマの僕相手でも警戒してないようだ。そんな彼の雰囲気に流されて、つい口調が強くなってしまう。

 落ち着け僕、と心の中で念じながら深く息を吐きだした。深呼吸の代わりだ。


 だって、さっきからメルト嬢の口数が少ない。

 声を荒げて彼女を怯えさせるのは本意じゃないし、さっきのことを思えばこれ以上怖い思いをして欲しくもない。


「お二人は、ルーンダリアにしばらくとどまるんですか?」


 詰問する感じにならないよう気をつけつつ話題を変えれば、さっきから黙々とパスタに乗った海老をつついていたメルト嬢が目をあげた。弾みで目が合ってしまい、ただそれだけの事で顔に熱が上る。

 彼女の気持ちも聞いてみたいのに、なんだか上手く会話ができてなくってもどかしい。


「ここには友人に会うため来ただけだから、明日には発つよ。彼も僕らと一緒に来るって言ってたしね」

「彼? そのご友人は腕が立つんですか?」

 

 答えをくれたのはやっぱりフォクナーで、僕は気を取り直して彼に向き合った。気になったことはとりあえず聞いてみるしかない。

 二人が何か事情を抱えているらしいことは何となくわかるし、困っているなら力になりたいという気持ちもあるけど、正直どこまで踏み込んでいいか判断できずにいる。


 彼は答えに迷うように沈黙し、目を泳がせた。


「腕は立つけど物理系じゃないっていうか」

「魔法使いですか?」

「うーん、サポートタイプってヤツかなぁ」

「……どうしてその辺、曖昧あいまいなんですか」


 頼りないというよりは、あまり考えていないって印象だ。風属性の特性もあるのか、行き当たりばったり的な気質なのかもしれない。こんなノリで旅を続けてきたってことは、かなり技量レベルの高い精霊使いエレメンタルマスターなんだろうけどさ。

 師匠の方は大体わかったので、やっぱり彼女の気持ちも知っておきたい。……そう思い、僕は思い切ってメルト嬢に声をかけた。


「メルトさん」

「は、はいっ」


 姿勢を正してまっすぐ見つめてくる、瑠璃藍アズライトの瞳。

 不安そうに眉を下げているけれど、その表情に僕への怯えはなくってホッとする。彼女に嫌われたくないな、と思う。


「フォクナーさんは、メルトさんの師匠……なんですか?」

「フォクナーとメルトでいいよ。僕らもリュカって呼ぶからさ」


 尋ねたところでいきなり話の腰を折られた。初対面すぐでそんなに馴れ馴れしくしたら嫌がられるんじゃ、と思ったけど、彼女がこくこく頷いて同意を示してくれたので、せっかくだし甘えてしまおう。

 じわりと這い寄る照れを咳払いでごまかして、僕は改めて彼女を見る。


「つまり、メルトもフォクナーと同じ精霊使いエレメンタルマスター……ってことでしょうか」


 おとなしそうな雰囲気と師匠と呼ぶ関係性から、僕は彼女が魔法職だと思ったのだけど、返ってきた答えは意外なものだった。


「いえ、私は……魔法は全然で。呪歌が少しと、弓が少し使えるだけです」

「……ああ、そういえば、翼族ザナリールって弓の民でしたね」


 風の民、弓の民とも呼ばれるかれらは、風を読んで弓を扱うことにも長けているんだっけ。後衛特化ではあるけど、立派な戦闘技能スキルだ。

 守られるばかりではない彼女の姿に、なんだか胸が熱くなる。

 と、いうことは。メルトとフォクナーは師弟というわけではない……?


「師匠って聞いたので、てっきり魔法を教わってるのかと」

「お師さまは、えっと、私にとって命の恩人なので」

「え、命の?」

「……はい」


 沈鬱ちんうつな表情で彼女はうつむき、フォクナーがその隣で彼女の頭をポンポンと撫でた。

 聞いていいものか迷っているうちに、メルトの言葉の続きをフォクナーが引き取って話しだす。

 

「恩人っていうほど大したことしてないけどね。たまたま近くを通り掛かって、精霊たちがあんまりに騒ぐから気になって、見に行っただけで」

「……襲われてたんですか?」

「はい。襲われてたというか……食べられそうになってたみたいです。……火竜に」

「え、火竜……?」


 衝撃的な言葉がメルト本人の口から飛びだして、僕は思わず腰を浮かせてしまった。

 僕の反応はフォクナーの予想通りだったんだろう。彼は「そう」と首肯して、言葉を続ける。


「建物も何もかもが焼け落ちた集落みたいな場所で、大きな火竜がメルトを見おろしてたんだよ。口を開いて、呑み込もうとする感じでね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る