[1-3]天才魔法使いからの誘い
実のところ、ドラゴンという幻獣はおとぎ話や英雄譚の中で有名なだけで、実際には滅多に見かけることのない幻の生き物だ。
火竜って、言葉通り炎属性のドラゴンのことだよな。
疑うわけではないけど、事情があまりに突飛というか僕の想像を超えていたため、どう反応していいのかわからない。
流れた沈黙が居心地悪くてそっと二人の様子をうかがってみたけど、メルトは恐慌をきたすようなことはなく、僕は少し安堵した。――って、ちょっと待て。ということは、フォクナーは一人でドラゴンを退けたっていうのか?
「それで、そのドラゴンは」
「
「アレって、そういう魔法でしたっけ?」
【
「僕、天才魔法使いだからね」
「え、もしかして分身じゃなく、精霊本体を呼び出したんですか!?」
得意げに笑うフォクナーの様子にピンと来て思わず声をあげれば、彼の隣でメルトがこくこくと首肯した。
一般的に魔法っていうのは定められた
フォクナーが中位精霊を召喚する
「……そもそも、どうしてドラゴンに狙われているんですか?」
物語だったか伝承だったかでは、花嫁を差し出せと言って人族の村を脅したドラゴンがいたらしいけど、そういうことなのか?
いや、でも食べるって言ったよな。
――と、僕の想像が暴走しているのを見抜いたかのように。フォクナーは笑みを消し、目を細めて、口を開いた。
「かれをドラゴンって呼ぶのは
「いにしえの……?」
違いをすぐには理解できず口をつぐんだ僕を、フォクナーの青い目が見つめてくる。真面目な表情が、不意にへらりと溶けた。
「聞きたい?」
「ちょ、真面目な流れだったのに、いきなり何ですか」
「いやぁさ、ヤケに食いつくよねーと思って」
「からかわないでください!」
いや、むしろ誤魔化されてるのかもしれない。考えてみれば僕と彼らは今日が初対面だし、僕は
フォクナーは気楽なふうに笑っているけど、たぶん僕を試してるんだろう。
だとしたら、僕は、どうすべきか。
彼女を助けた貸しはこの一度の食事でチャラにして、余計な詮索などせずここでサヨナラ。それでもいいよってことか。
確かに、やけに食いついてる自覚はある。
僕は、何がしたいんだろう。
師匠と僕を交互に見ながら、心配そうにメルトは眉を下げていた。天才的な魔法を披露し自分を助けてくれたフォクナーに、彼女は絶対的な信頼を寄せてるのだろうとわかる。
……だから彼女は、火竜が怖くないのか。自分の師匠なら、いにしえの竜が相手だろうと負けるはずないと信じているから。
――僕だって。
僕の胸中のモヤモヤを見抜いたんだろうか。ふふふ、と笑ったフォクナーの瞳が、キラリと光った気がした。
「もしかしてさー、君。メルトのことが気になってるの?」
え、と口が勝手に声を漏らす。
「はあぁぁっ!?」
「ええぇぇっ」
僕のひっくり返った声にメルトの悲鳴が重なって、近くの席に着いてた人たちが振り返ってこっちを見てきた。自分の声にびっくりしたのと恥ずかしいのとで、テーブルに潜ってしまいたい。
彼女本人を前にして、なにを言いだすんだよコイツ。
思わず見れば、メルトは頰を染めて目を丸くしていた。その様子がすごく可愛くて、僕の顔も熱くなっていく。
「ふぅん、図星かぁ」
「か、かか
「はははー、分かりやすッ! じゃーさ、一緒に来る? 君が危惧してる通り、僕は天才とはいえ魔法使いだから、接近されちゃうと分が悪いしね。剣士がいてくれるとメルトを守ってもらえて、僕も助かるな」
え、何、この流れ。
てっきり彼に警戒されてると思ってた僕は、意表を突かれて言葉を失ってしまった。
でもその沈黙をメルトは悪い方向に受け取ってしまったらしく、頬を紅潮させて勢いよく立ちあがり。
「お師さま! そんな……ご迷惑ですよぅっ」
師匠の口を塞ごうと飛びかかった。フォクナーはそれを器用にいなしながら、チラリと僕に流し目を送ってくる。
今日出会ったばかりの僕に、彼の挑発的な言動の真意はわからない。
ただなんだか無性に、負けたくない、と思った。
「迷惑なわけがありません。メルトは僕が守ります!
「……
「
思わず口をついて出た僕の宣言に驚いたのだろう、じゃれ合っていた二人が、動きを止めて同時に僕を見た。
あぁ……またやってしまった。
「僕は
言い訳がましく聞こえるだろうけど、これは僕の願いで本心だ。
僕を拾いあげ、養い育ててくれた養父が、
僕はそんな父の生き方に憧れて剣を習い、知識を学んで、騎士を目指した。いろいろあって今はこんな風に旅をしているけど、父の精神は今でも僕の憧れだ。
敬愛する父の教えは、旅の間も忘れたことなどない。
歴史を通じて
だから僕もそうありたいと、ずっと思ってた。
もちろんそんな僕の事情なんて、初対面の二人が知るはずもない。ハタから見れば相当おかしな発言だっただろうに、彼も彼女も、僕を笑ったりはしなかった。
不思議そうに大きな瞳を瞬かせるメルトの隣で、フォクナーは楽しげに口元を緩める。
「その話、今夜ゆっくり宿ででも聞かせてよ。僕もメルトもこの辺は詳しくないからさ、オススメとかあれば教えてくれると助かるな」
それは彼による僕への、誘いの言葉。
頷いて乗ってしまえばもう、後戻りはできない――そう予感した。
そう思ってしまえば、ためらう理由なんてなかった。
「ええ、もちろんです」
僕の返答にフォクナーは嬉しそうに笑い、メルトははにかみながらも微笑んでくれた。
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