[1-3]天才魔法使いからの誘い


 実のところ、ドラゴンという幻獣はおとぎ話や英雄譚の中で有名なだけで、実際には滅多に見かけることのない幻の生き物だ。

 下位レッサー種のワイバーンですら、繁殖地は孤島や絶壁のある山岳地方らしく、人里に現れることはまずない。魔族ジェマには本性がワイバーンの部族がいるので、竜が目撃されたって場合は大抵、魔族ジェマが変身してたってオチがつく。


 火竜って、言葉通り炎属性のドラゴンのことだよな。

 疑うわけではないけど、事情があまりに突飛というか僕の想像を超えていたため、どう反応していいのかわからない。


 流れた沈黙が居心地悪くてそっと二人の様子をうかがってみたけど、メルトは恐慌をきたすようなことはなく、僕は少し安堵した。――って、ちょっと待て。ということは、フォクナーは一人でドラゴンを退けたっていうのか?


「それで、そのドラゴンは」

降雨レインコールの魔法でお帰り願ったよ。通りすがりの僕ではそれが限界」

「アレって、そういう魔法でしたっけ?」


 【降雨レインコール】は名前そのままに、雨を呼ぶ魔法だ。と言っても天候操作などという大それたものではなく、呼びだす雨雲の正体は水の中位精霊。名前は、確か――、雲鯨クラウディア


「僕、天才魔法使いだからね」

「え、もしかして分身じゃなく、精霊を呼び出したんですか!?」


 得意げに笑うフォクナーの様子にピンと来て思わず声をあげれば、彼の隣でメルトがこくこくと首肯した。

 一般的に魔法っていうのは定められた魔法語ルーンを詠唱して精霊から力を借り受け、その魔力のみ(つまり分身)を具体化して発現させるものらしい。中位精霊は属性や性質によって出来ることは違うけど、例外なく高位魔術師に匹敵する魔法能力を有している。

 フォクナーが中位精霊を召喚する技量レベル精霊使いエレメンタルマスターだとしたら、メルトが師匠と呼んで慕う気持ちもわからなくはない、……のがちょっと悔しい。


「……そもそも、どうしてドラゴンに狙われているんですか?」


 物語だったか伝承だったかでは、花嫁を差し出せと言って人族の村を脅したドラゴンがいたらしいけど、そういうことなのか?

 いや、でも食べるって言ったよな。上位グレーター種幻獣に食べられそうになるなんて、メルトはどれほど怖い思いをしたんだろう。幻獣のくせに人族を嫁にしようとか食べようとか、それって退治案件なのでは。

 ――と、僕の想像が暴走しているのを見抜いたかのように。フォクナーは笑みを消し、目を細めて、口を開いた。


「かれをドラゴンって呼ぶのはいささか語弊があってね。かれは普通の幻獣じゃなく、なんだ」

「いにしえの……?」


 古竜エルダー種、とはニュアンスの違う言い回しだった。

 違いをすぐには理解できず口をつぐんだ僕を、フォクナーの青い目が見つめてくる。真面目な表情が、不意にへらりと溶けた。


「聞きたい?」

「ちょ、真面目な流れだったのに、いきなり何ですか」

「いやぁさ、ヤケに食いつくよねーと思って」

「からかわないでください!」


 いや、むしろ誤魔化されてるのかもしれない。考えてみれば僕と彼らは今日が初対面だし、僕は魔族ジェマであちらは妖精族セイエス翼族ザナリール。警戒されても当然なのは、わかってたことだ。

 フォクナーは気楽なふうに笑っているけど、たぶん僕を試してるんだろう。

 だとしたら、僕は、どうすべきか。

 

 彼女を助けた貸しはこの一度の食事でチャラにして、余計な詮索などせずここでサヨナラ。それでもいいよってことか。

 確かに、やけに食いついてる自覚はある。

 僕は、何がしたいんだろう。


 師匠と僕を交互に見ながら、心配そうにメルトは眉を下げていた。天才的な魔法を披露し自分を助けてくれたフォクナーに、彼女は絶対的な信頼を寄せてるのだろうとわかる。

 ……だから彼女は、火竜が怖くないのか。自分の師匠なら、いにしえの竜が相手だろうと負けるはずないと信じているから。


 ――僕だって。

 形状カタチは違うけど僕だって、竜にすることくらいできるっていうのに。


 僕の胸中のモヤモヤを見抜いたんだろうか。ふふふ、と笑ったフォクナーの瞳が、キラリと光った気がした。


「もしかしてさー、君。メルトのことが気になってるの?」


 え、と口が勝手に声を漏らす。


「はあぁぁっ!?」

「ええぇぇっ」

 

 僕のひっくり返った声にメルトの悲鳴が重なって、近くの席に着いてた人たちが振り返ってこっちを見てきた。自分の声にびっくりしたのと恥ずかしいのとで、テーブルに潜ってしまいたい。

 彼女本人を前にして、なにを言いだすんだよコイツ。

 思わず見れば、メルトは頰を染めて目を丸くしていた。その様子がすごく可愛くて、僕の顔も熱くなっていく。


「ふぅん、図星かぁ」

「か、かか揶揄からかわないでください!」

「はははー、分かりやすッ! じゃーさ、一緒に来る? 君が危惧してる通り、僕は天才とはいえ魔法使いだから、接近されちゃうと分が悪いしね。剣士がいてくれるとメルトを守ってもらえて、僕も助かるな」


 え、何、この流れ。

 てっきり彼に警戒されてると思ってた僕は、意表を突かれて言葉を失ってしまった。

 でもその沈黙をメルトは悪い方向に受け取ってしまったらしく、頬を紅潮させて勢いよく立ちあがり。


「お師さま! そんな……ご迷惑ですよぅっ」


 師匠の口を塞ごうと飛びかかった。フォクナーはそれを器用にいなしながら、チラリと僕に流し目を送ってくる。

 今日出会ったばかりの僕に、彼の挑発的な言動の真意はわからない。

 ただなんだか無性に、負けたくない、と思った。


「迷惑なわけがありません。メルトは僕が守ります! 翼族ザナリールを守るのは、人間フェルヴァーにとって使命みたいなものなんですから!」


「……人間族フェルヴァー?」

人間族フェルヴァーって、誰が?」


 思わず口をついて出た僕の宣言に驚いたのだろう、じゃれ合っていた二人が、動きを止めて同時に僕を見た。魔族ジェマだよね、という暗黙の問いを浴びた気がして、顔に集中した熱が耳の先にまで這いあがっていく。

 あぁ……またやってしまった。


「僕は魔族ジェマですけど、心は人間族フェルヴァーなんです」


 言い訳がましく聞こえるだろうけど、これは僕の願いで本心だ。

 僕を拾いあげ、養い育ててくれた養父が、人間族フェルヴァーだったから。……僕が憧れた人が、人間族フェルヴァーの騎士だったから。

 僕はそんな父の生き方に憧れて剣を習い、知識を学んで、騎士を目指した。いろいろあって今はこんな風に旅をしているけど、父の精神は今でも僕の憧れだ。


 敬愛する父の教えは、旅の間も忘れたことなどない。

 歴史を通じて翼族ザナリール人間族わたしたちを頼ってきたのだから、おまえも彼らに助けを求められた時には守ってあげるのだよ、――と常々聞かされていた。

 だから僕もそうありたいと、ずっと思ってた。


 もちろんそんな僕の事情なんて、初対面の二人が知るはずもない。ハタから見れば相当おかしな発言だっただろうに、彼も彼女も、僕を笑ったりはしなかった。

 不思議そうに大きな瞳を瞬かせるメルトの隣で、フォクナーは楽しげに口元を緩める。


「その話、今夜ゆっくり宿ででも聞かせてよ。僕もメルトもこの辺は詳しくないからさ、オススメとかあれば教えてくれると助かるな」


 それは彼による僕への、誘いの言葉。

 頷いて乗ってしまえばもう、後戻りはできない――そう予感した。


 魔族ジェマによるの標的にされ、最も数を減らしてしまったという翼の民。彼女を守る騎士になれば、僕は憧れた父の在り方に近づけるんだろうか。

 そう思ってしまえば、ためらう理由なんてなかった。


「ええ、もちろんです」


 僕の返答にフォクナーは嬉しそうに笑い、メルトははにかみながらも微笑んでくれた。



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