第二章 月夜に浮かぶ陰謀
[2-1]彼と彼女と僕の過去
ゆっくり話すといっても、夜に弱い
わざわざ宿を取るよりは、と思って、僕は今住んでる借家に二人を招くことにした。軽く掃除をしてベッドを整え、風呂の準備をしているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。
いろいろ想定して客用の部屋と寝具はひと揃い持っていたけど、二人分まではないので、フォクナーには僕の部屋に泊まってもらうことにする。彼はメルトと一緒でいいって言うけど、いいはずがないだろ。
彼女には先に風呂を使ってもらい、やっと一息ついたところで、僕とフォクナーはダイニングのテーブルでお茶休憩をしていた。
「リュカってさ、ライヴァン帝国の貴族なんでしょ?」
唐突に切りだされ、危うく冷茶にむせそうになる。
事情を話す前に先回りされた……のは別にいいんだけど、まさかあんな簡単な自己紹介で伝わるとは思ってなかった。さすが旅人。
「よくわかりましたね。僕まだ、名前くらいしか言ってないのに」
「僕、ライヴァン帝国にも行ったことあるからね。海賊討伐の第一人者でもある領主シャルリエ卿のことなら、よく覚えてるよ」
ふふ、と笑って彼は頬杖をつき、僕に流し目を送ってきた。
ライヴァン帝国はここから海を隔てた東大陸にある、
「もちろん君のことは知ってたわけじゃないから確証はないし、どうかなーと思って、悪いけど
「えぇ、いつのまに……。聞いてくれれば、国民証くらい見せますよ?」
「君こそ僕らを信用しすぎなんじゃない? 僕もメルトも、国民証はおろか身分証さえ持ってないんだけど」
それは、と言いかけて僕は口をつぐむ。
国民証は自国の臣民のため国が発行する公的な身元証明書であり、国内に住居を所有しているとか公職に就いているとかいった、実績あるいは身分が必要だ。
身分証はそれ以外の機関や組合が発行する簡易証明書の総称で、一定の期間定住あるいは所属することで出してもらえる。
そのいずれも持たないということは、二人が定住することなく旅を続けているということだ。
「フォクナーはメルトと、どういう関係なんですか?」
聞いてもいい雰囲気に思えたので、僕は思い切って聞いてみた。念のため、財布から国民証を出してテーブルに置く。
フォクナーはそれを指で摘みあげると、表裏と確かめながら口を開いた。
「僕はもともと、孤児院で暮らしててね。色々と理由はあるんだけど、一番は退屈で……何となく勢いで脱走してから、あちこちを流浪の旅人生」
「退屈で脱走って」
「子供だったからねー、あの頃は。でも、いい出会いにも恵まれたし、飛びだして良かったと思ってるよ。そんな感じの根無し草だからさ、僕は。メルトを拾ったのもつい最近なんだよね」
ドン、と胸をつかれた気がした。
昨日の話で薄々感じてはいたけど、もしかして――。
「……彼女のご両親は?」
「わからない。僕があの子を見つけた時、辺りは一面焼き尽くされていて人影もなかった。と言っても、村が焼けたにしては生臭さがない。遺体もなければ、戦いの跡もない、……肝心のメルトには記憶がないって、ナイナイ尽くしで」
「それって火竜が焼き尽くしたってことですか? 村ではなく? ……一体何を」
何かを言おうとしたフォクナーが、すっと目を細めて視線を揺らした。
思ったほどには悲劇的でなかったことに安堵しつつ、僕もつられて視線を向ける。静かながら聞こえてくる物音に、彼女が風呂からあがったことを察した。
「話はここまで。また折を見て話すけど、僕は君からの信頼を嬉しく思ってるし、メルトのために力を借りたいと思ってる。断じて君を陥れたり騙したりすることはしない、――信じてもらえると嬉しいな」
「はい、わかりました」
聞きたいことはほかにも色々あるけれど、フォクナーが彼女に気を遣っているのだとわかったから、僕は素直に頷いておく。
彼も疲れているだろうし、メルトはもう寝せてあげたほうがいいだろうし。
次どうぞ、と風呂を勧めようとしたところで突然、メルトの悲鳴が静かだった空気を切り裂いた。
「お、お師さまっ、リュカさまっ!」
何事かと、ほぼ同時に立ちあがった僕らの所へ、髪と翼を濡らしたままメルトが飛び込んできた。
フォクナーが即座に動いてかばうように肩を抱き寄せ、彼女の耳元に囁く。
「何があったの?」
「お師さま、……窓の外に、
「えぇ、こんな街中に!?」
怯えて震える姿は冗談を言っているようには見えず、僕は思わず声をあげて窓に駆け寄り、カーテンの隙間から外を覗き見た。
いくら郊外寄りだと言ったって、ここはれっきとしたルーンダリア国内だ。魔物襲来とか国軍を動員するような大ごとじゃないか。
半分くらいは見間違いだろうと疑っていた僕の目に、闇を切り裂く光が映る。
闇に目が利かない
鮮やかにきらめく鷲に似た金翼、鋭い雷色の眼。鷲の頭に獅子の身体を持つ幻獣が間違いなくそこにいる。そこまで見分けられるほど近くに、窓のすぐ側に。
えぇ、これ何? 何が起こってるんだよ。
近過ぎる――身体の奥底に眠る本能が逃げろと警告を発するほどだ。
喰われる前に逃げなくては。でも、逃げきれるのか?
「リュカ、何がいた?」
フォクナーの落ち着き払った声で、パニックしかかっていた僕の中に理性が引っ張り戻された。
「グリフォンです。誰かを追っかけてますよ!」
「本当に? いや、ちょっと待って、リュカここ代わって」
「はいぃ!?」
問答無用で僕の胸にメルトを押し付け、フォクナーが窓に駆け寄る。
思わずそれを見送ってから腕の中に視線を戻して――戸惑うように僕を見あげるメルトの瞳に、僕の心臓は一瞬で撃ち抜かれた。
「ちょ、フォクナー!? あの、……メルト、びっくりしましたよねすみません」
「いえ、私は、大丈夫です。ええと、リュカさま、ご迷惑を、ごめんなさい」
「ぼぼ僕は迷惑とか、全然ないですから! 僕ごときで役に立つなら盾でも何でも」
濡れたままの髪からは柔らかな匂いがするし、薄着を通して感じる彼女の身体はひどく細かった。十分に乾かせなかったからだろう、風呂あがりのはずなのに肩はひんやり冷えている、……いや、僕が火照ってるからそう感じるだけ?
いやいや、外にグリフォンがいるのに何考えてるんだ僕。そんな場合じゃないだろう僕。
「……はい」
消え入りそうな声を聞いてしまえば、もうこの腕を解くことはできなかった。
ぎゅっと抱きしめ、そっと背中を叩いてあげる。翼から滴る雫が僕の服をも濡らしているけど、どうせこのあと風呂に入るんだから問題なんかないさ。
僕がそうやって脳内右往左往している間も、フォクナーはじっと窓の外を観察していた。そして不意にカーテンを引き窓を全開にして、そこから身軽く外へ飛びだしてしまった。
「え、フォクナー!? 危険ですよ!」
「お師さま!」
僕とメルト、同時に叫んだその瞬間、窓の外で鮮やかに光が散った。
それから聞こえてきたのは、彼の確信に満ちた声。
「横暴が過ぎるよ、国王陛下。これ以上僕の友人を追い回すなら、この僕が――、世界を渡る風、流浪に生きる大魔法使い! フォクナー=アディスがお相手するぜ!」
――え、何だって?
――国王、陛下?
何が何だかわからないまま、僕は腕の中で同じく目を丸くしているメルトと顔を見合わせたのだった。
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