[2-4]僕はきみを守りたい
シオンの泊まりは予定外だったのでどうしようかと思ったけど、彼が客間のソファでいいと言うので、今日だけそれで我慢してもらうことにした。
明日以降どうするかは、これからの行動方針を決めたあとで考えよう。
風呂はフォクナーとシオンに先に使ってもらい(フォクナーがシオンを引っ張っていって一緒に入ったらしい?)、二人が出てから僕が使う。最後に浴室を簡単に片づけてリビングに戻ると、フォクナーがシオンの傷の手当てをしていた。
なるほど、怪我をした箇所の確認のために一緒に入ったの……か?
「怪我、ひどいんですか?」
「かすり傷とか打撲くらいだから大丈夫。ただ、シオンこういうの言わずに我慢するところあるからさ」
「そんなことないよ。本当に不味い怪我ならちゃんと言うって」
「いいからジッとしてろって」
てきぱきと手当てを進めるフォクナーの様子がなんだか不思議だった。
この二人、見た目はほぼ同じに見えるのに、フォクナーの方がずっと歳上なのかな。
「僕、そろそろ休もうと思うんですけど、まだ掛かりそうですか?」
「あー、ごめん。それじゃ僕、ここのソファでいいよ。二つあるし」
「そうですか。……今日はフォクナー、たくさん魔法使ったみたいですし、早く休んでくださいね」
寝心地が、と思ったけど、二人で話したいこともあるのかもしれない。
そう思って僕は、挨拶を残して自室へ向かった。
そう言えば、メルトは大丈夫だろうか。
寝る前にちょっとだけ様子を見ておこうと思い、客室の方へ足を運ぶ。狭い廊下だから暗くても迷うことはないけど、見えにくいので明かりを点けて――、
――びっくりした。
廊下の片隅に、白い姿がうずくまっていた。一瞬思考停止してしまったけれど、すぐにそれが空色の翼だと気がつく。
「メルト? どうしたんですかっ」
震える小鳥のようにしゃがみ込んでいるメルトのそばへ駆け寄って、そうっと肩に手を回し抱き起こす。熱で火照っているのか身体は熱く、潤んだ両目は半分閉じかけていた。
意識は――あるようだけど。
「大丈夫ですか、メルト。ベッドまで連れて行ってあげますね」
「すみませ……リュカさま、……お水、飲もうと思って、出たら、真っ暗で……」
苦しげに、まるで泣いているように訴える様子に、やっぱり付き添っておけばよかったと後悔が胸をつかんだ。
フォクナーは……シオンも怪我していたし、仕方なかった。僕がもっと、気を回してあげればよかったんだ。
鳥と似た性質を持っていて、暗闇を苦手とし寒さに弱く、水を苦手とする。
……そもそも陛下が、変なタイミングで騒ぎを起こしたりするから。そう思って少し胸がモヤっとしたけれど、そこを追及するとシオンが気の毒だし、起きてしまったことはどうしようもないから考えるのはよそう。
僕にできるのは彼女を少しでも楽にしてしっかり休ませ、早く回復できるように付き添うことだけだ。
力を失った翼に無理が掛からないようそっと抱きあげ、ベッドへ運ぶ。
横にならせ、毛布と布団を被せた。テーブルの上にはグラスと水の入ったピッチャーが置いてあったけど、夜目の利かないメルトには見えなかったんだろう。
フォクナーが用意したのだろうから薬効のあるものかもしれない。
器に少し注いでみると、清涼感ある
「どうぞ。ゆっくり飲んでくださいね」
「……はい」
ベッドの側まで行ってグラスを手渡してあげると、メルトは少しだけ身体を起こし、小鳥がついばむようにそれを飲みはじめた。
僕は椅子を引いて傍らに座り、彼女が飲み終わるのを待つ。
ゆっくり時間をかけて一杯分を飲み干すと、彼女はうつ伏せるようにベッドに沈んでしまった。
「フォクナーを呼んできましょうか?」
「いえ、……お薬は、飲んだんです……。ただ、ちょっと怖い……夢を、みて」
「熱があるからかもですね。大丈夫ですよ、僕が一緒にいますから。うなされてたら、起こしてあげます」
少し迷ったけど、思い切ってメルトの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「でも、……リュカさまも、寝ないと……明日に、障ります」
「メルトの熱が下がったら僕も寝ますから、大丈夫ですよ。明るくなってからだって、三時間は眠れますから!」
心配をさせないようにと力強く言ったつもりが、子供の宣言みたいなテンションになってしまって少し恥ずかしい。
メルトが、弱々しいながらもおかしそうにクスクスと笑う。
「ありがとうです、……リュカさま。……頑張って、私も……ちゃんと寝ます」
「はい、ちゃんと寝てちゃんと治しましょう。きっと朝になったら薬が効いて、スッキリ目覚められますよ」
こくり、と素直に頷いて、彼女は僕に手を預けたまま目を閉じた。
無防備な寝顔に胸が高鳴るのを自覚しつつも、僕はなるべく動揺を見せないように呼吸を抑えて目を閉じる。
――僕は、本当の両親を知らない。
それどころか、子供の頃の記憶も
父や兄の話によれば、僕は幼児の頃に海賊に囚われていて、それを討伐した父に拾われ養子として迎えられたらしい。その時の僕は自分の名前も親も故郷もわからず、父は大いに戸惑いながらも僕に名前をつけ、息子として養育してくれたという。
小さい頃はよく怖い夢を見て、深夜に泣きながら父や兄の部屋に突撃してた。
仕事で忙しかった父も、学業で忙しかった兄も、拾われっ子で種族も違っていた僕を邪険に扱ったことは一度もなくて。どんな遅い時間でも、どんなに次の日が忙しい予定でも、僕が眠るまでそばで手を握って付き添ってくれた。
……たとえ、忘れてしまっているとしても。
怖い夢を見るのは、怖いことを経験してきたからだと、思う。
メルトも、熱によってあぶり出される失くした記憶に苦しめられて、つらい思いをしているのなら。僕がそばにいて、彼女の眠りを守ってあげたいと思った。
魔法使いでなくとも、本気で願うなら精霊たちは聞き届けてくれるという。
眠りを守るのは闇に属する精霊だと兄が言っていた。それなら、闇の民と呼ばれる
――どうか朝まで、怖い夢など見ませんように。
――悲しい夢など見ませんように。
闇の精霊が朝まで彼女の眠りを守ってくれるようにと、そう祈りながら。
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