[2-5 side by side]翼の少女は真白い夢をみた


 ぬるい闇が全身にまといついているような感覚。

 意識の芯がぼうっと熱く、けだるいのに、なんだかひどく冷たい場所に横たわっているような気がする。


 目を開けているのか、閉じているのか、それもよくわからない。

 指先すら動かすことができなくて、これは本当に、私の身体なのかな……。


 ――だいじょうぶ。


 優しい声が意識をなでる。

 これは、だれの声だったっけ……?


 ――いっしょにいるよ、だいじょうぶだよ。


 闇の中にふわりと揺れた白い翼はたとえようもなく懐かしいのに、それが誰だったかは思いだせなくて。

 それでも、真綿で包まれるような安心感が、私の心を落ちつかせてく。


 ――ぼくが、きみを、まもるから。


 少しずつ、闇が光に薄められて明るさが増してった。

 それにつれても遠ざかってしまったから、寂しい気持ちが心をして、涙がこぼれた。


 いかないで。

 おいていかないで。

 おねがい、そばにいて、――――。





 闇の底から浮上するような、目覚めだった。部屋は明るく、壁を隔てたどこか遠くで、小鳥たちが朝の挨拶を交わしている。

 私はベッドにうつ伏せるようにして、眠っていたみたい。

 身体を起こそうと身動みじろぎして、目の前に広がる白いものに気がついた。


 私の手を握って、ベッドの端に頭を預け、リュカさんが眠っている。

 魔族ジェマらしい綺麗な顔立ちに、よく手入れされた白銀の髪。いつもゆるく束ねているそれは今は解かれていて、肩と背中を覆うように広がっていた。

 閉じられている瞼の向こうにブルーの瞳を思いだし、私は胸がきゅうと苦しくなる。


 夢を、みていた。

 最初は怖い夢だったけど、リュカさんが来てくれて、つきそってくれて。

 そのあとにみたのは、ひどく懐かしい夢だったような気がする。


 昨晩のだるさと熱っぽさは嘘みたいに消えていた。

 お師さまの薬のおかげかな。よく熱を出す私のためいつも調合してくれる、苦くない薬。

 昨日は色々ありすぎて、お師さまにもリュカさんにも、きちんとお礼を言えてなかった気がする。


「……リュカさま、ありがとです。私、ちゃんと眠れました」


 そっと口にのせたら、なぜか涙がこぼれた。

 空いてる右手で拭いながら、リュカさんを起こさないようゆっくり静かに息を吸い、吐いてみる。


 左手を包む体温が、ただただ温かくて。

 それなのに、何かとても大切なものをうしなってしまったように思えて、しかたなくて。

 どうして私は今、こんなに寂しいんだろう。


「メルト、目が覚めたんですか?」


 止まらない涙と戦っているうちに、リュカさんは起きてしまったみたい。

 優しく綺麗なブルーの目が、心配そうに私を見ていた。


「は、はい……起きました。熱も下がってて、怖い夢もみませんでした。リュカさまが、一緒にいてくれたおかげです」

「悲しい夢を、見たんですか?」

「……いえ」


 うまく説明できなくって、とりあえず私は首を横に振る。


「よく覚えてないんです。ただ、誰かが遠くにいっちゃう夢、だった気がして」


 リュカさんが身体を起こし、まだ握ったままの手に視線を落として、ハッとしたように引っ込めた。白磁のような肌がほんのり染まっていくのを見ていたら、私もなんだか恥ずかしくなって、ついうつむいてしまう。


「すみません、メルト。僕、握ったまま寝ちゃってました」

「いえ……、リュカさまの手、あったかかったです」

「そ、そそそうですかっ。メルトの安心の役に立てたなら、良かったですっ」


 照れ照れで答えるリュカさんは、なんか可愛い……と思ってしまった。

 サラサラの髪を手櫛で束ねて結わえながら、彼はどこか子供っぽい笑顔を私に向けて。微笑む口もとが紡ぐのは、日向ひなたに歌う鳥のような明るい声。


「大丈夫ですよ、メルト。怖い夜も寂しい夜も、僕が悪いものを寄せつけないよう祈ってあげますから。ゆっくりでも、優しい想い出で心を満たしていけば、いつかは悪い夢なんて見なくなりますよ」


 本当に、まっすぐに、心を撃ちぬく優しさで。

 私みたいな過去も素性もわからないものを、優しく受け入れてくれて。


 胸の奥、身体のどこかずっと深いところで、何かが震えた気がした。

 自分を自覚したときから身体の内側に感じている、冷たい塊のような何かが、じわりと溶けてゆく気がした。


 これは、……この感覚は。


 だれの感情こころ、――なのですか?



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