[3-4]サボテンの午後と焦がれる想い
もともとは林道だったのかもしれない獣道の先にあったのは、寂れた廃村だった。
大井戸のある広場に僕らを待たせ、ジウ氏は熊の姿のままどこかへ引っ込むと、今度は人型で戻ってきた。
灰色熊の時もでかかったけど、人の姿になっても彼はでかかった。体格は痩せ型だけど姿勢がいい。しっかり身体を鍛えているのがうかがえる。
毛並みと同じ濃灰色の髪は短く逆立っていて、
衣服は、この辺では珍しい拳法着。上は暗紫色で下は黒だ。
「待たせたな。……まさか女人の前で人型に戻るわけにもいかんし」
冗談めかして言い、からりと笑う。気さくなようで、その笑顔には猛獣の凄みがある。
「ここは、ジウさんの村なんですか?」
畑地の荒れ具合、建物まわりや道路を覆う雑草の群れ。見るからに人が住んでいる村ではない。
それでも井戸の周囲は丁寧に草が刈られており、
「何だ?
「……へえ、噂の武僧の一族って本当に居たんだね」
「まあ、それも昔の話で、今はもう
改めて見れば、シオンの顔色はあまり良くない。フォクナーが小声で何かを言ってるみたいだけど、彼は首を横に振って立ちあがった。
隣でため息をついてるフォクナーはまるで保護者みたいだな。
「ねえ、ジウの家に医薬品とか薬草とかって置いてある?」
「幾らかはあるが、お前が必要とする物が揃ってるかは分からんな。採取に行くなら付き合うぞ?」
「僕も常備分はあるから、万が一足りなかったら……頼もうかな」
「
「
あっという間に打ち解けたジウ氏とフォクナーのやり取りを見送ってから、僕は隣で佇んでいたメルトの方を振り向いた。
「僕らも行きましょうか、メルト」
「あっ、はい。……お水、くんで行ったほうがいいでしょうか」
何やらジッと井戸を見つめていると思ったら、そんなことを考えてたのか。確かにナイスな気遣いだと思うけど、非力な彼女にそんな重労働させられない。
「必要なら僕かジウさんでやりますよ。大丈夫ですよ、メルト」
「……ご迷惑ばっかりかけてるの、申し訳なくて」
うつむいてしまった彼女の目には不安そうな光が揺れていた。
たぶんジウさんは、森の火事について怒ってはいないと思うけどな。シオンは具合悪そうだけど、フォクナーは元気みたいだし。
大丈夫ですよ、そう言おうとして思い留まる。
安請け合いは良くない。彼女の不安を払うことにはならない。
「じゃ、一旦お
火竜の意志ははっきりしていた。操られているとか、強制されているようには見えなかった。その明確な害意を前に彼女は今、動揺してるのだろうと思う。
こんな時は悶々と考えるより、身体を動かしている方が気も紛れるというもの。
弱々しく頷くメルトの手を僕は取り、ぎゅっと握って笑顔を向ける。
「さ、行きましょうメルト。僕これでも結構、料理が得意なんですよ。一緒にみんなの分も、食事の準備をしましょう!」
「……はい」
不安そうな表情のままだけど、彼女ははにかみ笑いで頷き、僕の手を握り返してくれた。
どうやらシオンは煙を吸いすぎて中毒っぽい症状らしい。彼を寝かせたあと、フォクナーはジウさんと薬草の採集に出かけていった。
なのでやっぱり僕とメルトで、みんなの夕飯を準備することになった。
結論から言うと、メルトは料理が得意じゃなかった。よく考えれば記憶がないわけだし、定住することなく師匠と旅回ってたんだから、覚える機会がないのも当たり前だ。
ということで僕は今、ジウさんの家のキッチンに立っている。
そして、途方に暮れていた。
勝手を知らない他人のキッチンということもあるけど、何というか食材が少ない。というか偏っている。具体的にいうと貯蔵庫の中に肉が一つもない。
代わりに、大量のサボテンがあった。
「これ、何でしょう?」
メルトが丸くて分厚いサボテンを手にして、不思議そうに首を傾げている。トゲ部分を削って下処理してあるところ、市場とかで購入した食材で間違いないだろうけど。
「サボテンっていう、砂漠に生える植物ですよ。肉厚ですけどソレは葉にあたる部分で、栄養も豊富ですし意外に美味しいんです。ジウさん、サボテン好きなんですかね」
「食材も調味料も好きに使っていいって言ってましたけど」
「はい。ってことは……今日のメインディッシュはサボテンのステーキにしましょう」
「ステーキ、ですか?」
メルトが驚いたように目を丸くし、手に持った緑色の塊をしげしげと見た。……まあ、他にも調理方法はあるけど、手っ取り早く美味しく食べられるものといったらね。
実家は港町なので、こういう変わった食材には慣れている。
こっちの大陸には大きな砂漠があるから、サボテンが安価に入手できるんだろうな。
貯蔵庫の中からキノコと玉ねぎ、レモンを幾つか。調味料は見たことのない物が多かったけれど、説明書きから味と使い道を予想して選びだす。
肉はないけど卵とチーズはあるんだな。
鍋は鉄製の底が丸い大きなもので炒め物には向いてそうだけど、かなり重い。メルトが扱うのは無理がありそうだ。
「よーし、じゃ、作業分担しましょう。メルトはサボテンを一口大に切ってくださいね」
「はい! 大きさは揃えたほうがいいですか?」
「それは気にしなくって大丈夫ですよ。お腹に入っちゃえば一緒ですから」
「わかりました。……あ、なんかヌルってするんですけど!」
はじめて触る食材にあたふたしつつ、メルトはサボテンをスライスしている。
その間に僕は玉ねぎを細かく刻んで軽く火にかけ、調味料とスパイスを適当に配合して、レモン汁を加え、ビネガーソースを作っておく。サボテンは酸味がある食材なので、酸味のあるソースがよく合う……んだったはず。
鉄鍋を火にかけ、油――胡麻の風味が強いけど――をしいてスタンバイ。
「リュカさま、できましたっ」
「はい! じゃ、油がはねると危ないので、ちょっと下がっててくださいね」
几帳面にサイズが揃えられたサボテンのサイコロとちぎったキノコを鍋に入れ、火加減を調節しながら炒めると、青臭さに香ばしさの混じる不思議な香りが広がった。
なんか僕の想像と違うけど、これはこれで美味しそうだから大丈夫だよね、きっと!
「次は、そのチーズを刻んで貰っていいですか?」
「はい、了解です!」
適度にしんなりしてきたサボテンに刻んだチーズ片を投入し、手早く絡めて火を止める。そこに準備していたビネガーソースを加え、軽く混ぜて出来上がり、だ。
僕が頼む前からもう、メルトは楽しそうに鼻歌を歌いながら人数分のお皿をテーブルに並べていた。
「いい香りで、すごく美味しそうですねっ」
「絶対に美味しいですよ! 何たって、メルトと僕の共同作業ですし!」
「は、はい……! 一緒にお料理、楽しかったです」
勢いで言ってしまった恥ずかしい台詞にメルトが思いっきり照れるから、またも僕の心臓が騒ぎだして耳まで熱くなる。
一緒の料理、僕は凄く楽しかったけど、メルトも楽しんでくれたなら良かった……!
「ぼ、僕も楽しかったです! 最後にささっと卵スープ作るので、メルトはフォクナーたちが帰ってきてたら、呼んできてもらってもいいですか?」
「はい! さっき玄関で声がしたから、帰ってきてると思います。……お師さま、褒めてくれるかな」
嬉しそうに話すメルトの様子に、僕は浮ついていた心がキュッと引き締まる気がした。
「きっと、フォクナーは褒めてくれますよ」
間違いなく百点満点の作り笑顔で答え、僕は彼女を見送る。当然のように二人の間に存在する絆の強さに、新参者の僕がそう簡単に追いつけるはずないと言い聞かせながら。
それでも――僕は君の一番になって、君の隣に寄り添いたい。
「……負けませんから」
無意識に口を突いた本音は自分自身の胸に落ちて、焦がれる想いを僕に一層強く自覚させたのだった。
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