[2-3]つながる依頼と浮かぶ陰謀
事の起こりは本日の未明――、そう、陛下は話しだす。
「城内にある
びくり、と隣でシオンが肩を震わせた。
陛下は答えを待たず、続ける。
「前に繁華街で強盗の立て篭もり事件に巻き込まれた子供が、たまたまうちの庭師の息子でな。あのとき助けてくれた優しいお兄ちゃんを喫茶店で見かけた、と喜んでいたらしい。俺も聞いたときは気にしてなかったが、そういう能力を持っている奴なら、煙のように侵入して煙のように離脱できるんじゃないかと思ったわけだ」
シオンは陛下の話を肯定も否定もせず、視線をうつむけたまま黙って聞いている。陛下はさっき誤解だったと言ったから、その疑いはもう晴れているのだろうけど。
人助けをした事で疑われて追いかけられるなんて、なんだか世の中って理不尽だ。
「泥棒の件は誤解だとわかったが、俺はおまえの釈明に納得したわけじゃないぜ、シオン=シュライト。立て篭もり現場に単身突入して子供を助けだす度胸と
淡々と語る陛下の言葉に、僕は陛下が彼をここまで追いかけてきた理由を察した。
盗難事件はただの切っ掛けで、その調査の過程で浮上したシオンの素性に陛下は疑いを持った、ということか。
黙秘を貫くシオンと、紅茶を飲みながらその様子を観察する陛下。
どうして何も言わないんだろう……と考えて思い当たる。陛下は光属性、光属魔法といえばフォクナーが僕に使った【
「……ま、おまえにも色々事情があるんだろうし、今ここで全部ぶち撒けろとは言わないさ。その代わり、おまえ自身の潔白を証明するため、城に押し入った泥棒を捕まえてこい。捕縛が無理な相手なら、突き止めた後で俺に報告しろ。もし国外に逃亡するようなら、おまえの指名手配書を世界中にばらまいてやるから覚悟しろよ」
最後のとんでもない脅しはさすがに効いたようで、シオンは顔を跳ねあげて陛下を見た。
国王陛下が、上機嫌なふうに笑う。
「わかったな?」
「ですから陛下、それはおれの一存では――」
「いいよ」
心底困ったように応じたシオンの台詞に被せて、返答したのは別の声。つられて振り向けば、ちょうどフォクナーが部屋に入ってきたところだった。
陛下は顔を上げ、彼の方へ視線を送る。
彼がここにきたってことは、メルトはもう寝たのかな。……一人にしてて大丈夫なのか?
「フォクナー、メルトは?」
「寝かせてきた。……とにかく、こちらに帰って頂かないと落ち着かないからさ。いいよ国王陛下、その件は引き受けるし、シオンの信頼性については僕が保証する。国民証も何もない僕だけど、フォクナー=アディスの名前くらいは知ってるでしょ?」
面倒そうに言うフォクナーを陛下は値踏みするように眺めやり、フッと笑った。
「いいだろう、流浪の天才魔法使い。手勢が必要なら手配してやるから、進展があった場合は報告しろ。いいな? 逃げるなよ?」
「了解。だから、指名手配の叩き売りはやめてあげてよ」
「ははは、ソレが一番有効だろうと踏んでのことだ。……では、帰るぞ」
陛下が立ちあがり、従者を伴って出て行く。一応見送った方がいいかと後を追ったけど、当人は気にしていないようで、もう半分くらい玄関の外に出ていた。
「騒がせたな、おやすみ」
「あ、いえ……おやすみなさい、陛下」
さわやかな笑顔を向けられて、ついそう返してしまったけど、よく考えてみればめちゃくちゃ騒がせられたよ。
フットワークが軽いって噂は聞いてたけど、軽すぎだろ。何なんだよ一体。
いなくなってしまった相手に文句は言えないので、扉に鍵を掛けリビングに戻る。
シオンがようやく緊張の解けた顔でお茶を飲んでいて、フォクナーは陛下が座っていた位置に腰掛けていた。僕の気配に気づいたのか、顔を上げたシオンが疲れたようにへにゃりと
「ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」
「いいえ、むしろ介入できて良かったと思ってますよ。シオンさんは、フォクナーの友人なんでしょう?」
そういえば最初に会った時、フォクナーは友人が同行するって話をしていたっけ。
おそらくその友人というのがシオンなんだろう。
「うん。おれも個人的に調査したい件があって、フォクナーに協力を頼んでたんだけどね。まさか素性の事で、こんな
「……お疲れ様です」
「ありがとう。フォクナーは良かったの? きみ、地道な調査とか得意じゃないのに」
「だって、あの場で断る選択肢なんてなさそうだったからさー」
「……確かに。ごめん」
一瞬だけ落ちた気まずい沈黙を、破るように。
フォクナーは指でテーブルをコツコツと叩き、明るく声を上げた。
「いいんだって。僕の占いによれば、メルトの事情と君の探し物、そして陛下の依頼はつながってるらしいし。だから、これは回り道じゃなくて、通り道なのさ」
「どういうことですか?」
立ち入っていいのかわからなかったけど、ここまで巻き込まれていながら僕だけ蚊帳の外なのもなんだか悔しい。
「僕の口から詳しくは言えないけど、シオンは本当の主君から『奪われた宝剣を取り戻せ』って指令を受けていてね。それを奪った者が、メルトを呑もうとしていた火竜と一緒に行動しているらしいんだ」
「……奪った者って、人ですか?」
「そう。魔法使いらしいって程度の情報しかないんだけど、文献によれば、いにしえの竜は人を食べたりしないからさ、その人物が裏で糸を引いてるんじゃないかって僕は睨んでいるわけ」
そうなのか。……それじゃ、竜って何を食べるんだろう。
連想でそんな疑問が浮かんだけど、今は心底どうでもいいことだった。
「フォクナーは、城に入った泥棒と例の魔法使いが同一人物だって考えてるの?」
「恐らくね。奪われた品目がわからないから予測でしかないけど」
「魔石がいくつかって言ってたよ」
「それならほぼ確定かな。魔法剣に魔石、いにしえの竜の使役……何かの魔術式の準備だろうけど、何を企んでるのかなー。とにかく、その鍵になるのがメルトなんだと思う」
二人の会話を聞きながら、つながりそうでつかめない
どんなことを企んでいるにしても、
「わかりました。僕にできることがあれば喜んでお手伝いします。そして僕は全力でメルトを守ります。悪い魔法使いの思い通りになんてさせません」
二人の目が僕を見て、僕は自分が何だか恥ずかしい宣言をしたことに気がついた。
くす、とシオンが笑う。ようやくホッとしたような気が抜けたような、自然な笑顔が僕に向けられる。
「ありがとう、リュカさん」
「いえ、えーと、リュカでいいですよ! シオンさん」
「そう? じゃ、おれもシオンで」
こうしてみると、国王陛下の読みはなかなか鋭いところを突いているようだ。
言えないってことは、少なくともルーンダリアより国力で劣る、弱みを握られるわけにはいかない国家なんだろうな。
シオンという名前の響きと彼の能力から思い浮かんだ場所はあるけれど、僕は考えないことにした。
僕だって、全部の事情を話しているわけじゃない。踏み込まなくても困らないことなら、そっとしておく方がいい。
もしかして時が来れば、話してくれることもあるだろうから。
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