[6-3]禁忌の地下施設と友情の証


 上空から、施設の跡地はすぐにわかった。数日前だというのに火竜が焼いた所には植物が繁茂していて、不自然に倒れた木々がなければそこで火災があったとは思えない。

 魔竜がゆっくり旋回しながら降下し、火竜もその後を追う。

 伸びすぎたつたが覆う崩れかけの建物を前にして、国王陛下が従者と一緒にたたずんでいた。竜たちの起こす風にあおられながら、ニヤリと笑んで僕と兄を見比べている。


「どうだ、ヒムロ。俺の言ったとおりだっただろ?」

「お、おう。……本当に、弟だった。捜してくれてありがとうな、ギル」


 兄さんの白藍しらあい色の尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。尻尾の揺れは心の揺れだという。陛下は兄を大切にしてくれているんだ、と思ったら、今度はまなじりが熱くなってきた。

 今日の僕、なんか涙もろくなってるな。


「さて、積もる話もあると思うが……先にこちらを片づけてからだ。エンハランス商会で話を聞いたところ、会長は早朝に出かけたらしい。少し部屋を捜しただけで資料が見つかるくらいだから、まさか俺が踏み込んでくるとは思ってなかったんだろう」

「そりゃ、普通思わねぇよ」


 兄さんが突っ込んだけど、僕は何かが引っかかる気がして、陛下と兄のやりとりを聞き流しながら考える。自分でも何が気になったのか、思考が鈍っているみたいでつかめない。

 陛下の言う資料って何だろう。

 僕が陛下への手紙に書いたのは協力要請だけで、具体的な内容は書いてない。エンハランス氏が何をするつもりか、陛下はすでに把握しているんだろうか。


「そういえば陛下、良くここまで迷わずにこれましたね」

「このまがいの迷宮ラビリンスは、禁術式によるものらしいぞ。そして禁術式は攻略本さえあれば、たやすく解けるらしい」

「……攻略本?」


 意味深な言い方をされている気がする。聞き返すべきなのか答えを返すべきなのかわからずに、僕が言葉を失っていると、兄さんが苛々した様子で割り込んできた。


「ギル、時間がないんだろ!? グダグダ言ってねぇで早く行こうぜ!」

「わかったわかった、そう苛つくな。確かに、時間はないしここが入り口で間違いないんだが、入れないんだ。魔竜に壊してもらおうと思って待ってたんだよ」

「そういうことなら早く言えよな」


 いつの間にか人型になっていた魔竜をともない、兄は蔦に覆われた扉らしきものを調べだした。二三言、魔竜と言葉を交わしてから、兄は手に持っていた錫杖を横に持ち替える。


「人避けどころか立ち入り不能の結界じゃねぇか。面倒臭ぇ」


 呟きながら錫杖の持ち手を引き抜くと、黒い刀身の仕込み刃が出てきた。兄さん、魔術師ウィザードかと思っていたら、剣も扱えるんだ……!?

 几帳面な剣筋が、扉を覆う蔦を切り裂いた。

 しなびた蔦が剥がれ落ち、露出した扉を、魔竜が引っ張って開ける。


「うわぁ、……なんだここ、ダンジョンか!?」

「火竜が怒りに任せて破壊したのだろう。不死者アンデッドの気配はないな、ただの廃施設だ」


 引き気味の兄と面白がるような魔竜のやりとりについ、僕は後方の火竜をうかがい見る。今は人型形態のかれは、複雑そうな表情で眉間にしわを刻んでいた。

 先日のように炎を吐きながらちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返したんだろうか。きっと、エンハランス氏をはじめ施設の職員たちは震えあがっただろうな。氏がここを放棄した心情も、何だかわかる気がする。

 いや、氏の非道なやり口を理解できるっていうんじゃなく。魔竜の口ぶり的に火竜の暴挙は問題だったんだろうけど、それが結果としてここで行われていた実験をあきらめさせたのなら、悪くないんじゃないかって思ったんだ。

 

「僕たちも行きましょう、火竜」

「……そうだな」


 仲良く喋りながら奥へと進む魔竜と兄を追いかけ、僕と火竜も扉の中へと踏み入った。従者の人は入り口で見張りをするらしく、陛下が最後に入ってくる。

 中は薄暗く、崩れた屋根と壁の瓦礫がれきが床を覆って歩きにくかった。慎重になりつつも急ぎ足で、先を行くふたりを追う。どこからともなく入り込んだ植物が複雑に絡まっていて、注意していないと足を取られ転んでしまいそうだ。


「何だ、ここも結界か?」

 

 前方で立ち止まった兄が再び仕込み刀を翻し、道をひらく。地下へと続く階段が現れ、兄さんが僕を振り返った。


「どうやらそのエンハランス氏とやら、相当に竜の魔石を集めたみたいだな。禁術式でここまでの結界を敷くには、普通、何十人もの生け贄が必要になるんだぜ」

「そうなんですか!? まさか、知られてないだけで犠牲者が……」

「死者の気配はないから、それはない。恐らく、樹海にまいてあった地竜の魔石を利用したのだろうよ」

「そうそう。俺が言いたいのは、向こうも用意周到に構えてるから気をつけろってことだ」

「……わかりました」


 こんな所でも火竜の行動が裏目に出ているとか。

 かれは僕の後ろで落ち込んでいるかもしれないけど、振り返るのはやめておく。今の僕は火竜と似ている。だから、必死だったかれの気持ちがわかる気がした。

 僕は人族だから、いにしえの竜の気持ちがわかるなんて言う資格はないのかもしれないけど。一部の人族がかれらをただの魔力源として利用しようとし、かれらを苦しめてきたことは事実で、それを思うと怒りとやるせなさが湧きあがってくる。


 異種族でありながら深く愛し合ったのだろう、ロウルの両親のように。

 兄さんを助けてくれた魔竜のように。

 メルトを救ってくれた白竜のように。

 人族といにしえの竜は、友になり家族になることができるんだ。

 

 僕はメルトに会うまでそんなことを考えもしなかったし、火竜だって人族を信用するなど考えもしなかっただろう。

 でも、今は違う。

 完全にではないにしろ火竜の事情を知り、風竜や白竜がたどった悲劇を知った。いにしえの竜たちが僕らと変わらない感情こころをもつ種族だと知った。

 もうこんなことを繰り返さないため、僕には何ができるだろう。


 今考えても、答えの出る問いじゃないことはわかってる。

 でも、僕が今立ち向かおうとしているのは竜を魔力源としか見ていない人物であり、その企みなんだ。彼は同じ人族であるメルトをさえ、ただの道具として扱おうとしている。

 だから絶対に負けられない。

 必ずメルトを取り戻し、氏の企みを覆してやる。


 薄暗い通路は地下深くまで続いているように思えたけど、実際はそれほど長くなかった。むき出しの岩肌から染みだした水が足下を湿らせ滑りやすくなっている。施設の地下通路というより、まるで鉱山跡地でも歩いているようだ。

 冷えた空気に体温を奪われ身震いしてきたころ、先頭の魔竜が足を止めた。


「娘はこの向こうだ。結界を壊せば恐らく気づかれるな」

「そうだとしても、他に入れそうな所もないし、仕方ないか」


 兄さんが刃を一閃し、ガラスが砕けるような音とともに視界が開けた。それほど劣化していないブロンズ製の扉に魔竜が手をかけ、引っ張って開ける。

 途端、部屋からあふれた魔法の明かりが、薄暗さに慣れた目に突き刺さった。


「……メルト!」


 必死に目を凝らし見た視界に映ったのは、手術台に似た簡素なベッドに横たえられた薄着のメルトと、その側に立つ銀髪黒衣の男性だ。

 驚いたような表情でこちらを見た彼の、猛禽もうきんの目が鋭く細められる。


「おまえたち、この場所にどうやって入り込んだ?」

「そんなことより、メルトを返せッ!」

 

 兄さんと魔竜を押しのけて部屋に飛び込んだ途端、透明な壁に阻まれた。兄さんが焦ったように隣へ出てくる。


「リュカ、無茶するな! 向こうは吸血鬼ヴァンパイアなんだろが!」

「大丈夫です、兄さん、僕は負けません! あんな奴相手に負ける気がしません!」

「それは錯覚だ! 落ち着けって」


 実際その通りで、僕にはこの透明な結界を壊すすべもなければ、猛禽の瞳を見返す精神力も足りない。それでも、部屋中に描かれた奇妙な魔術式(禁術式?)の真ん中に横たえられ、手足につながれた奇妙な鎖でその一部に組み込まれている彼女を前に、じっとしてなどいられるはずがない。

 エンハランス氏の手には、抜き身の短刀が握られている。

 それが次の瞬間には振り下ろされて、彼女の身体を貫く可能性だって――!


 僕と兄さんが押し合っているのを見て、エンハランス氏は舌打ちしたようだった。もしかしたら、僕の後ろから入ってきた国王陛下を見ての反応だったのかもしれない。

 どちらだろうと、僕には関係なかった。

 彼が魔法語ルーンとは違う何かの詠唱を始め、部屋中の禁術式が不気味に発光しだしたからだ。


「させるか……!」


 何をしようとしているのかはわからない。

 力押しでどうにかなるものなのかも、わからない。

 ただ直感に突き動かされ、僕は兄さんの手から刃を奪い取ると目の前の結界に思い切り突き立てた。ガシャンという破壊音とともに、部屋へ飛び込む。

 エンハランス氏は詠唱をやめず、けれど怒りを宿した瞳が僕を射貫いた。途端に踏みだしかけた足がいうことをきかなくなり、僕はその場に立ち尽くしてしまう。


 悔しさが、奔流ほんりゅうのように胸の内で荒れ狂う。

 二度目の失態なんて許されるか。動け、動けよ――僕の足!


「リュカ、大丈夫か!?」

「貴様ッ……この魔法文字ごと焼き尽くしてくれるわ!」


 兄さんの声、火竜の声。

 駄目だよ火竜、それじゃ駄目なんだ。君が、人を害して罰を受ける結果じゃ意味がないんだ……!


 国王陛下が魔法語ルーンを唱えたような、気がした。

 不気味に空間を満たしていたエンハランス氏の詠唱が、不自然に途切れる。彼が僕から視線を外し、驚愕きょうがくの表情で後ろを振り向き――全身の拘束感が解けた。

 迷っている暇はない。

 気力を振り絞り、かかとに力を込めて床を蹴る。兄の刃で不気味に発光する鎖を断ち切り、メルトをかばうようにエンハランス氏の前に立ちふさがった。

 そこで僕は、彼の詠唱が途切れた理由を知る。


「おまえ、……なぜ」


 金の髪、緑色の双眸。いつの間に氏の後ろへ現れたのか、ルドが自分の父の背に剣を突き立てていた。

 殺傷力には乏しい、学生用の護身剣。

 こんなもので、そんな震える手で、命を奪うことなどできるわけない。それでもルドの一撃は、父親の非道を止めうる衝撃を与えることができたんだ。


「父上……父上こそ、どうして。だって、言ったじゃないですか」


 見開いた緑の両目に涙をあふれさせ、ルドが叫ぶ。


「メルトもリュカも、俺の大事な、友人なんだ……ッ!」


 絶叫のような主張はエンハランス氏だけでなく、僕の胸にも突き刺さった。わずかでもルドを疑った今朝の自分を殴ってやりたい。

 ぼう然と膝をついた氏の元へ、国王陛下がゆったりと歩み寄る。妙に楽しげな表情を見るに……ルドをここへ連れてきたのは陛下だろうか。吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマはコウモリになれるから、ポケットとかに隠しておけばまず気づかれないもんな。

 ルドが急に氏の背後に現れたのも、陛下が魔法で転移させたのか。


「現行犯逮捕だ、エンハランス。釈明は城で聞いてやる。さあ、観念して一緒に来い」

「……釈明などない、さっさと処刑すればいいだろう」

「そういう話も城で聞いてやる。ヒムロ、俺はこいつを連れて城へ戻るから、後は任せたぜ」

「えぇ!? わ、わかった!」


 グスグスと泣き続けているルドを慰めていたらしい兄さんが、ひっくり返った声で陛下に応じた。魔竜は室内に描かれた禁術式を読み解いているらしい。

 そんな周りの様子を聞き流しつつ、僕はメルトの手枷と足枷を丁寧に外して彼女の様子を確かめる。


「心配ない、眠っているだけだ」

「……火竜、わかるんですか?」

「ああ」

「それなら良かったです」


 近づいてきた火竜と言葉を交わす。そうしたら、どっと安堵感が押し寄せてきた。


「さ、俺たちも城に行こうぜ。千影は待機組に声かけてやってくれ」

「了解した。では、城で会おう」


 兄さんと魔竜が言い交わしている。少し落ち着いたらしいルドは、僕とメルトの方へ恐る恐る近づいてきた。

 いくらかの気まずさを覚えるけど、それでも僕は彼と向き合わなくてはいけない。


「ありがとう、ルド」

「……父上が、……ごめんリュカ。俺、おまえたちの友人なんて名乗る資格ないよな」

「そんなこと……」


 それを言ったら僕の方こそ、一度ならず君を疑った。

 でも、それは今伝えるべきことではないよな。


「僕もメルトも、ルドを友人だと思っていますよ。だから、ルドにも協力してほしいんです。ルドは禁術式について詳しいですし」

「うん、それはもちろん。俺にできることがあれば、力を貸してやる」


 ルドはそう言って、それから照れたように笑った。

 泣きはらしたあとのくしゃくしゃの笑顔だったけど、それは何だかすごく自然体に見えて、僕もようやく笑うことができたのだった。



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