[6-2]懐かしい温度と折れない心


 メルトが、白竜のことを覚えていなくても夢に見ていたように、僕も、思いだせないけど過去のことだとわかる夢を、時々見ていた。


 夢の中で僕は誰かのあとを追いかけ回し、抱きついて甘えてた。僕よりずっと背の高いその人は、聞き取れない言葉で僕に呼びかけ優しく僕をなでてくれる。

 僕にとっての兄といえば僕を拾ってくれた養父の実子である二人の兄たちで、彼らは種族の違う僕を本当の弟みたいに可愛がってくれた。だから、種族や血のつながりによる溝を感じたことはない。


 でも、そんなふうに兄たちを慕うようになる裏側で、僕は僕の中に残るの面影を追い求めていたのかもしれない。




「俺の名前は氷室ひむろ、大陸風に発音するとヒムロだな。和国ジェパーグ出身で、こんななりだけど妖狐の魔族ジェマだ。冬雪ふゆき……じゃなくって今はリュカだっけ、の、生き別れの兄、だと思う」


 色々なことが一気に起きすぎてパニックのあまり号泣してしまった僕をぎゅっと抱きしめ、ヨシヨシと頭をなでてくれた感覚は、思いだせないけど懐かしかった。

 自信なさそうに言っているけれど、僕も、彼も、自分たちが兄弟だってことをもう確信している。


 兄さんが生きていた。

 たぶんだと思われる漆黒の剣士を連れて、僕を助けに来てくれた。

 情けないことに頭が真っ白になっていた僕だけど、散々泣いて泣き疲れて、それとともに少しは気持ちも落ち着いて、思考はだいぶクリアになっている。


「国王陛下の使者ってことは、君、ルーンダリア国の宮廷魔術師?」

「立場上は、そうなるな。どっちかって言うと、魔法道具マジックツールの製作がメインだけど。ギル……じゃなくて陛下は、前からリュカが俺の弟じゃねぇかって当たりをつけてたみたいでさ。今回、国民証を確認できたことでアイツなりに確信したらしい。……とにかく、行って会ってこいって言うから」

「なるほどねー。ホント、アクティブだよねあの国王陛下……」


 エンハランス氏に殴られたらしいフォクナーは、痛みもあるのだろう、表情は固かったが元気そうだ。相手は人を殺すことをためらわない魔族ジェマだ。本当に、無事で良かった。

 シオンの調べによれば、部屋には血痕や魔法の跡はなく、ほんの少しだけ薬剤の残り香がしたという。

 眠らせて連れていったということは、殺すことが目的ではない……と思いたい。

 状況を知って怒り立った火竜が追おうとするのをロウルが止めて、今は全員がジウの家の庭に集まり(リビングには入りきれなかったので)情報の整理をしている。


「……兄さん、いにしえの魔竜と友人だったんですか?」

「友人っつーか、千影ちかげは俺を子竜こども扱いしてんだよ。俺、売られた先の主人が非道い奴でさ……必死で逃げだしてたまたま逃げ込んだ洞窟が、魔竜の巣だったんだ」


 魔竜は追っ手を追い散らし、当時まだ少年だった兄さんを匿ってくれたという。兄さんは魔竜から魔術式を教わって魔法道具マジックツールの製作を覚え、それで生計を立てつつ僕のゆくえを捜していた――ということだった。

 千影ちかげというのは兄がつけた魔竜の名前らしい。そういえば火竜や白竜に名前はないのかな、と思ったけど、今はそれは後回しだ。


「ギルが、いにしえの竜絡みの案件なら俺が力になれるだろうって。千影は城に住んでるわけじゃなくて、いつもは自分の巣にいるんだけど、白竜の件を話したらついてくるっていうから、護衛もかねて一緒に来てもらったんだ」

「……兄さんが一緒に、エンハランス商会の家宅捜査に来てくれるってことですか?」

「いや、そっちはギルが自分で行くってさ。何せ相手は吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマだから、俺やおまえじゃ分が悪い。抜き打ちじゃねぇと意味ないってんで俺と一緒に出たはずだから、もう立ち入ってると思うけど」


 思った以上の身軽さだ。朝イチで商会への立ち入り調査がなされたのなら、エンハランス氏はどの時点で、何がきっかけでメルトの出自に気づいたんだろう。


「て、ことは、氏はその捜査に焦ってメルトを攫ったんでしょうか」

「んな訳あるか、何で城からの監査が白竜関連の調査ってわかるんだよ。単純に、おまえが情報つかんでると同じ程度には向こうも情報つかんでたってだけだろ」

「ああ、そういえば顔合わせてるもんね。君とメルト、エンハランス氏と会ったって言ってたじゃん」

「――ああ、言われてみれば!」


 フォクナーの口添えで思いだす。考えてみれば、僕があれだけハッキリ顔を覚えてるくらいだから、向こうがメルトを見て気づいたとしてもおかしくないんだ。

 ルドに聞けば名前だってわかるだろうし、禁術式について調べていたことも辿れるかもしれない。自分のうかつさに、目眩がする。


「兄さん……、僕には彼女を守る資格なんて、なかったのかもしれません」

「なに弱気なこと言ってんだ、しっかりしろ。今ギルにあっちの状況も聞いてやるから」

「……え?」


 兄は僕を叱咤激励すると、上着の内ポケットらしき場所から薄青色のたまを取りだし、地面に敷いた布の上に置いた。

 魔法語ルーンのような言葉を唱えると、その珠が淡く光りだす。


「ギル、俺だ。聞こえてるか?」


 今さらだけど、兄さんって国王陛下に対し略称でタメ口なんだな。ぱっと見は怖そうな陛下だけど、実は気さくで話しやすかったりするんだろうか。

 それとも兄さんの口が悪すぎて、もうあきらめられてるのかな。

 とりとめないことを考えていたら、珠が光ってそこから声が聞こえてきた。


『ヒムロか。どうやら一歩出遅れたみたいだぜ? 俺は奴を追うが、おまえはどうする?』

「俺たちも追う。……千影、場所わかるか?」

われも火竜も辿れるぞ」

「ギル、千影は場所わかるって。現地集合でいいか?」

『ああ、それでいい。くれぐれも、火竜を暴走させるなよ』

「勿論だっての。じゃ、切るぜ」


 光が消えた珠をしまい込み、兄さんが「行くぜ」と僕を見るけど、僕は展開についていけてない。

 今のは『通信珠』という魔法道具マジックツールで、まともに買ったら家一軒くらいの価値はある代物だ。


「さすが、国王陛下に見込まれるだけあるね」

「ギル限定だからそこまで価値ねぇよ。ってか、そんな話はあとでいいんだ。彼女を助けるんだろ、リュカ」

「僕は行っても役に立てないと思うから、ここでロウルと資料や材料の準備してるよ。……リュカ、メルトを頼む」


 兄と話していたフォクナーが僕を見る。青い目に、いつもの彼らしからぬ不安げな光が揺れていた。禁術式を使える相手は魔法使いの天敵で、吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマ妖精族セイエスにとって抗しがたい相手だ。

 行っても役に立てない、――その思いがどれだけ息苦しいものか、僕も知ってる。


「はい、僕に任せてください。今度こそ間違いなく、僕がメルトを助けます!」

「ありがとう。……精霊たちよ、僕が願うありったけの幸運を、彼に」


 フォクナーの言葉ねがいが祝福の光となって、僕を包む。

 これは、彼女の師匠――養い親であるフォクナーからの信頼であり、メルトの無事を願う彼の想いだ。

 僕は助けを待っているメルトと、僕に想いを託してくれたフォクナーの期待に、何が何でもこたえなくてはいけない。

 

 行くぜ、と促す兄を見返し、僕は頷く。

 あれだけ完全に打ちのめされたあとだというのに、僕はもう、負ける気なんてしなかった。





 いにしえの竜は、彼ら独自の通信手段ネットワークを持っているんだとか。白竜の核を身の内に宿すメルトの所在も、その検索サーチ対象になるって言うからびっくりだ。


「娘の在処ありかは地下だ。貴様の炎は役に立たぬから、ここで待機しておれ」

「ふざけるな、私も行く」

「何をはやっているのか解らんが、火竜よ、首謀者を前に貴様は自制できるのか?」

「知るか!」


 火竜は、メルトと白竜をごっちゃにしてるのかもしれない。いきり立つ火竜に何を言っても無駄だと思ったのか、魔竜はそれ以上は言わず、戻ってきて兄さんに目的地を告げる。

 薄々察してはいたけれど、やはり場所は焼けた施設跡だった。

 僕らが訪れたときは火竜の襲撃に遭ってほとんど調査できなかったけど、地下という話からして、まだ損壊していない設備が下層にあったのかもしれない。


 吸血鬼ヴァンパイアの視線により麻痺させられてしまうフォクナーとジウ、直接の戦いには向かないシオンとロウルは待機組だ。人数が多くて有利になるものでもないし、現地で国王陛下の戦力を見込めるからだ。

 ついてくると言って聞かない火竜と、魔竜、兄さん、僕で向かう。


「ヒムロはわれの背に。火竜、貴様はリュカを乗せてやれ」

「私がなぜ人族など乗せてやらねばならんのだ。転移魔法テレポートを使えばいいだろう」

「結界が起動しているのだ。ギルヴェールでもあるまいし、普通人は弾かれるであろうよ」

「…………それなら、仕方ない」


 魔竜がサラッと口走ったけど、国王陛下って何者なんだ。つい兄を見れば、兄さんはふたりのやりとりを苦笑しながら眺めていた。察するに、魔竜、国王陛下とも親しいのかな。

 ジウが以前その周辺に立ち入れなかったと言っていたけど、向こうには森を迷宮化する結界装置があるのかもしれない。そういえば、フォクナーがそれっぽい禁術式を書きだしてたっけ。だとしても、いにしえの竜にその効力は作用しないということだろうか。


 僕らの眼前で闇と炎が翻り、巨大な二体の竜が姿を現す。魔竜はねじれた角とトゲのついた尾、大きな皮膜の翼を持つ漆黒の竜に。火竜は太くまっすぐな角とがっしりした体躯、同じく皮膜の翼を持つ深紅の竜に。

 自分が竜化することはあっても、竜の背に乗るのは当然ながらはじめてだ。


「リュカを火竜に乗せて大丈夫なのかよ、千影。おまえなら二人は乗せられんだろ?」

「火竜も、人を背に置けば暴走もするまいよ。何、あれも必要な意思疎通コミュニケーションという奴だ」

「そうか……?」

「万が一振り落とされても、飛べる生き物に変化へんげすれば大丈夫ですから、心配ないですよ。兄さん」

「ちょ、心配なくないだろ!?」

「私はそこまで外道ではない」


 兄さんが僕を心配してくれて、こんな状況なのに僕はそれが嬉しい。なんとも複雑そうな顔の(そういう表情も少しわかるようになってきた)火竜が僕を見て首をしゃくる。


「早く乗れ」

「はい。火竜、絶対にメルトを助けだしましょうね!」


 火竜からの返事はなかったけど、かれも同じ気持ちなのはもうわかってる。僕の解釈に幾らか思い込みが含まれているとしても、僕らはもう敵同士じゃない。


 見た感じ、魔竜より火竜の方が少し大きいようだ。かれなりの気遣いなのか、首を下げ姿勢を低くしてくれている。僕は地面を蹴って勢いをつけ、火竜の背に飛び乗って首のつけ根あたりに収まってみた。

 深紅の翼が広げられ、ゆっくりと風を起こしながら魔力を呼ぶ。先に魔竜が飛びたち、そのあとを追うように火竜も空へと浮かびあがった。鞍も手綱もあるはずないので、僕は振り落とされないよう緋色のたてがみにしがみつく。


 思ったより風圧は感じないけど、ごうごうと耳をかすめる風の音がうるさい。ワイバーンとは比較にならない強さの翼が風を叩き、空を進んでいく。

 ジウの村はあっという間に樹海の景色に混ざり、黒々とした梢が眼下を埋めていった。


「そういえば、火竜には魔竜みたいな名前はないんですか?」


 ふと気になっていたことを思いだし、尋ねると、火竜はフンと鼻で笑ったようだった。


「竜は普通、名前は持たない。名をつけるのは、人の慣習だろう」

「そうなんですか。じゃ、千影は兄さんがつけたんですかね。……竜に名、いいと思いますけど。和国風の名前、格好いいですよね」

「…………」

「そうだ、ぜんぶ終わったら僕と兄さんで、火竜と白竜に名前を考えてあげますよ!」

「何を言いだすんだ、私は名など要らないぞ!」

「名前を呼ぶと、ぐっと距離が縮まる感じがしますよ? 火竜も、白竜のことを名前で呼んでみたくないですか?」


 つい気持ちが高ぶって畳みかけたら、火竜は沈黙してしまった。気分を害したのかと思ってそっとうかがい見れば、宝石みたいな瞳がどこか遠くを見ている。

 この反応は……案外、まんざらでもないの、かも?


「……まずは、全てを上手く運んでからだ」

「勿論です! 絶対、上手くやってみせます!」


 頭ごなしに拒否するのではなく思案の余地をみせてくれたことに、かれとの心の距離が縮まりつつあると実感して、僕の胸に熱いものが満たされてゆく。

 メルトを無事に取り戻し白竜をよみがえらせることができれば、かれの人族ひと嫌いもきっと変化するに違いない。

 そうすれば兄さんと魔竜のように、僕と火竜も友達になれるかな。


 そんな可能性を胸に、僕は今、できることを全力で。

 白竜も、火竜も、いにしえの竜たちが虐待されることなく幸せに暮らせること。

 それはメルトの願いでもあるのだから。



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