エピローグ


「ええっ、お師さま、旅に出ちゃうんですか!?」

「だってここにいつまでもいると、なし崩しで雇用契約結ばされそうだからさー」

「私はいいと思います、宮廷魔術師。お師さまは天才なんですから、お城に就職すればいいじゃないですかっ」

「無理無理、主君を決めて仕えるとか絶対無理。定住なんてしたら、窒息しちゃうって」


 賑やかに言いあう声が聞こえてきて、ついそちらへ足が向かう。

 白竜復活から一週間。メルトの保証人の件もとどこおりなく済み、今は彼女の希望でルーンダリアの学院に入学手続きをしているところだ。ルドも通っている学院で、実は僕も教職に就くことになっている。

 学校という新たな環境への期待と不安に心揺れている時期に、さらなる動揺を誘うことを言いだすなんて、フォクナーってば師匠のくせに何考えてるんだよ。


「駄目ですよ、フォクナー。国王陛下にも散々言われたじゃないですか、妖精族セイエスの精霊使いは悪い人に狙われやすいんだから、一人旅は望ましくないって」


 城のエントランスで話していた二人が、同時に僕のほうを見る。フォクナーはすっかり旅支度を整えていて、メルトはそんな師匠を涙目で引き留めていたようだった。

 どの国でも熟練の精霊使いというのは数少なく、陛下がフォクナーを雇いたがっていたのは兄から聞いて僕も知っていた。なんだかんだで国民証も出してもらえたし、ルーンダリアの国風は妖精族セイエスのフォクナーにも合ってると思うんだけど。

 それに、今の世界情勢は平穏に傾いているとはいえ、種族を問わず悪いことを企むやからはゼロじゃない。天才魔法使いを欲しがるのは何も国家側だけじゃないってことだ。


 とはいえ、フォクナーにとってこんな話は耳タコで、今さらなわけで。

 空をける自由な風をとらえることができないのと同じく。精霊に愛され、流浪に生きる自由な魂を、正論なんかでは縛れないのもわかりきっている。

 思った通りフォクナーは、僕の顔を見て機嫌良さげに目を細め口角を引きあげた。


「残念、一人旅じゃないのさ。ジウと雲鯨クラウディアと一緒に、地竜の樹海を探索しに行くのさ。……だから、大丈夫だって」

「異論は認めない、ってことですか。もう、仕方ないフォクナーですね」

「だって、これからは君がメルトを守ってくれるだろ? だから僕は、また気侭きままな流浪の生き方に戻るよ」

「……何ですかソレ、ずるいですよ」


 僕を泣きそうに見あげるメルトの目にも、すでにあきらめの色が見て取れる。

 僕は胸中でため息をついた。説得は無理、正論は無意味。それでも、彼女の恩人で僕にとっては友なのだから、心配くらいさせて欲しい。


「わかりました。じゃ、週一でいいので手紙をください。手紙が途切れたら何かあったとみなして、僕が紅蓮ぐれんと一緒に全力で捜しに行きます」

「オッケー……って週一!? それは無理! せめて月一で」

「駄目です。月一じゃ、手遅れになるかもしれないじゃないですか。本当は毎日って言いたいんですから」

「わかったよー、ジウに言って思いださせてもらうよー。……それでいい? メルト」


 僕とは調子よく話していたくせに、一転して優しい声音に変えて。

 フォクナーは、瑠璃藍アズライトの両目にいっぱいの涙をたたえているメルトの頭を、優しく撫でた。


「……はい」

「よしよし、いい子いい子。大丈夫、僕は天才だから、君が助けを必要とするときには世界の果てからだって駆けつけるからさ」

「お師さまそういう言いかた、ずるいです」

「あはは、メルトまでそんなこと言うなよー」


 天然なのか、狙っているのか、……いや、これ絶対天然だろ。

 無駄に格好いい台詞をサラッと口にしやがって。ひ弱でズボラで天然なくせに、それが似合ってて。

 でも、そういう生き方の彼だからこそ、メルトは救われたし僕らは出会えたんだ。


 この切っ掛けによって知り合ったみんなも、それぞれの道をゆく。

 僕とメルトは学院へ、シオンは宝剣のレプリカと国王陛下の親書を携えて和国へ。フォクナーはジウと旅に出るし、竜たちはひとまずルーンダリア国の庇護ひご下に入る。

 それぞれが選んだ道の先で、いつか道が交わることもあるだろう。だから、僕は彼の旅立ちを笑顔で見送ろうと思った。


「いってらっしゃい、フォクナー。良い旅を」

「いってらしゃいませ、お師さま」


 流浪の天才魔法使いは、得意げな笑みで長い杖を掲げる。


「行ってきます。……君たちに、僕が願うありったけの祝福を贈るよ。またね、メルト、リュカ」


 室内であるはずのエントランスに一陣の風が舞い、僕と彼女を暖かく取り巻いて、散っていった。歩きだした後ろ姿はもう振り返らなかったけど、つないだ絆は切れたりなんてしないとわかってる。

 どんな遠くに旅ゆくとしても。

 今なら、彼が帰る場所はここにあるのだから。


 去りゆく姿を見送りつつ、僕は隣に立つ愛しい彼女の手をそっと握ったのだった。





 END or NEXT STORY...?

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