[4-2]禁書による導きとつながる心


 店舗フロアを抜けて従業員用の通路に入ると、彼は一旦、社員用の食堂に立ち寄り、三人分の食事を自室に運んでもらえるよう話をつけた。

 それから、階段を登って僕らを自室へ迎え入れてくれた。


 自室――というか、実質ここはワンルームの造りだ。入り口で靴を脱いで上がると、カーペットを敷いた部屋に通された。

 ソファとローテーブルが置いてあるので、リビングみたいなものだろうか。


「適当に座って待っててよ。冷茶でいいだろ?」

「私はそれでいいです」

「僕も何でも。……ルドの家は大きな商家なのに、フォーマルとプライベートが一緒の建物なんですね」


 僕とメルトが並んでソファに座ると、ルドはグラスに氷とお茶を入れて僕らの前に置き、自分は僕の真向かいに腰をおろした。一応、メルトに気を使ってるんだろうか、これ。


「国王陛下との約束なんだ、屋敷は持たないって。父上に人喰いの前科があるから、常に人目がある場所で生活させて監視してるんだろ」

「……なるほど」

「慣れると結構便利だぜ。外に出なくても買い物できるんだからさ」

「……確かに」


 なんか、どんな顔して話せば良いかわからなくって微妙な生返事になってることに、彼も気づいたんだろう。


「あのな、同情とか要らないからな!」

「……いえ、そういうつもりではないんですが」

「あと、俺は食べてないからな!」

「……あ、はい」


 ルドが、イラってしたのが僕にもわかった。

 なんかごめん、年下の学生と普通に接するってどんな感じだっけ?


 と、そこで都合よく呼びだしのベルが鳴り、ルドは開きかけてた口をつぐむと部屋を出ていった。しばらくして箱やら袋やら幾つも抱えて戻ってくる。


「ま、いいや。先に食っちゃおうぜ。お腹すいたよ」


 複雑そうな顔で箱を開け、中身をテーブルに広げていくけど、ピザやら揚げ物やらパイやらの偏ったラインナップなものだから、今度は僕がイラっとしてきた。


「ちょっと、ルド、何ですかこれは! 野菜少なすぎでしょう!」

「今度は何だよっ、おまえ食堂のおばちゃんかよ!」

「食堂のおばちゃんの話は聞くものです! 何たって献立のエキスパートですからね?」

「うっさいなぁ、野菜なんて一食くらい抜いても平気だろ」

「ルドは普段からこんな食生活だと見ました」

「放っておけよ!」


 ついヒートアップする僕らには関与せず、メルトは自分のピザを取って楽しそうに食べはじめていた。彼女にとっては初体験の食べ物なのかもしれない。

 ……ま、僕も学生時代はこういうの好きだったけどさ。

 意外にガツガツ食べてるルドがちょっと子供っぽくて、可愛く見えてきた気もするし。


「ほら、エメルティアだって喜んで食べてるだろ」

「リュカさま、これ美味しいですよ」

「…………」


 前言撤回。

 やっぱりコイツに得意ドヤ顔向けられると、イラっとする。





 冷静に考えてみれば昨夜と朝はサボテンメインだったから、この昼食チョイスは悪くなかったかもしれない。食後に出された美味しいコーヒーを飲みながら僕はそんなことを思ったけれど、悔しいから黙っておくことにした。

 箱やら袋やら紙ナプキンもまとめて捨てれば洗わずに済むから、時間の節約という意味でも悪くなかった気がする。言わないけど。


「美味しかったですね。お片づけも簡単に済みましたし、ルドさまに感謝ですね」

「……そ、そうですね。ご馳走様でした、ルド」


 メルトが笑顔でそう振ってきたから、言わないつもりをあえなく挫かれてちょっと悔しい。ルドは褒められた子供みたいに得意げな顔を僕に向けてるし、何なんだよ、もう。

 と、思いつつも、ここまでくれば僕にだってわかってくる。


 コイツ、下心はあっても悪意はないんだ。

 僕に追い払われたことを根に持っていたかはわからないけど、「禁書を探してる」という共通項だけで思わず僕らに声かけちゃうくらいに、友達がいない――友人関係がうまく構築できてないんだろう。


「じゃ、例の本持ってくるから待ってろよ」


 そう言ってルドが席を外したので、僕は図書館から借りてきた二冊をテーブルに置き、フォクナーから渡されたメモを取りだした。


「お師さま、禁術式の本を調べてどうするんでしょうか」

「火竜が来る前に何かを見つけたのかもですね。僕も、この分野はさっぱりですけど」


 小声を交わしてたらルドが戻ってきたので、視線で合図してお互い口をつぐむ。ルドの性格はわかってはきたけど、情報を与えていいかは別問題だ。


「お待たせ。これだろ、『古代魔法語大辞典』と『禁術式に関する歴史と研究録』。書き写すんだったら読みあげてやるぜ」

「なんでそんなに親切なんですか」

「俺ははじめから親切だろ!」


 メルトを動けなくさせて脅したくせに。

 思ったけど、僕はもう言わないことにした。ルドの歪んだ部分はおそらく、父親の模倣だ。僕やメルトを「それ」と呼んだ、人喰いの前科を持つ魔族ジェマ

 ルドが人づきあいに問題を抱えるのも、これでは無理からぬことだろう。


「では、禁術式の本の読みあげをお願いしてもいいですか? 僕がメモするので、メルトは古代魔法の本を書き写してくださいね」

「はい、わかりました」

「読みあげ聞きながら別の文字を書き写すって、メルトだけ難易度高いだろ。リュカが古代語書き写せよ」

「私は大丈夫ですよ?」

「いえ、そう言われたら僕も引けません。僕が古代魔法のを書きます! あとルド、どさくさにまぎれてメルトに馴れ馴れしくするな」

「おまえが駄目出しするなよ!」

「……私は、ルドさまの呼びやすいようで構わないですけど」


 ほら見ろとばかりにニヤニヤしながらメルトとチームを組むルドの顔を見て、僕はうまくしてやられたことに気づく。コイツやっぱりメルトに気があるんだろ!

 だからといって今さら駄目とも言えず、僕は歯噛みしながら書き写し作業をはじめるしかなかった。


 ルドのゆっくりした朗読が、僕の耳をも通り抜けてゆく。

 丁寧な読み方、綺麗な発音。ちゃんとメルトのペースを見ながら、朗読の速度を調整している。おそらく彼は学院での成績も悪くないだろう。

 もう少し人づきあいの仕方を改善すれば、いい後継ぎになれる……のかもしれない。


 時々お茶とダイスチョコで休憩を挟みながら、三人で黙々と(読み上げはしてるけど)作業を続けて、気づけば時刻は遅い午後。朝つけた目処めどよりずっと早く、目的の部分は書き写しが終了していた。

 正直、助かったよ。ちょっと悔しいけど。

 最後の一行を書き終えたメルトがはぁっと大きく息をつき、ぐっと腕と翼を伸ばして満面の笑みで声を上げる。


「終わったぁー! ありがとうです、ルドさま!」

「お疲れ、メルト。よーし、終わったからケーキ食べようぜ!」

「わ、ケーキっ。いいんですか!?」

「頭使ったら糖分とらないと。ちょっと待ってなよ」


 なんか二人がぐんと仲良くなったようで、僕ちょっと、っていうか凄く妬けるんだけど。

 もしかしてメルトとルドって見た目通りにわりと歳が近いのか?


「良かったですね、リュカさま! これでお師さまに褒めてもらえますっ」

「はい、思ったよりスムーズに終わりましたね」


 相変わらず、師匠の話をするときのメルトは瞳をキラキラ輝かせていて嬉しそうだし。僕はフォクナーに負けられないし、ルドにも割り込まれないようにしないといけない。

 前途多難だ、どうしよう。

 ……でも。


「ルドさま、思ったより怖くなくって良かったです。きっと、お友達に……なれますよね」


 彼の寂しさに、メルトもきっと気づいてしまったんだろう。

 彼女を巡るライバルになりえるかどうかはひとまず置いといて、彼と友人になるのは悪くない、と思う。

 養父に恵まれた僕、昔の記憶を持たないメルト、養父との仲がギクシャクしているらしいルド。状況はそれぞれでも、僕らは実の親を知らないという一点で共通しているんだ。


「ええ。いい友人かはわかりませんが、きっとなれますよね」


 僕の同意にメルトが嬉しそうにはにかみ笑うので、何だかくすぐったい気分になる。

 部屋の外から足音が聞こえて、ルドが白い箱を抱えて部屋に戻ってきた。僕とメルトに緑の目を向け、子供みたいに笑って言う。


「コレ、地域限定この時期限定の特別品だからな! 俺に感謝しろ」


 ……ああ、もう、コイツは、本当に。


 僕とメルトは顔を見合わせ、それから二人一緒に吹きだした。

 人の縁って不思議だよな。初見はただただ嫌な奴としか思わなかったのに、今はもう、そんなふうには感じないんだから。



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