第四章 禁書の縁をたずねて

[4-1]望まぬ縁と呪われた吸血鬼


 フォクナーはひと晩シオンに付き添ってたらしく、朝にはシオンもちゃんと元気になっていて、朝食を作ってくれた。

 サボテン入りの玉子焼きと、山菜の和え物。あっさりした海藻のスープに、衣をつけて揚げた木の芽、そしてなぜかアップルパイ。

 肉はないけど限られた食材でバリエーションが凄い。


 はじめて食べる山菜の苦味にメルトは何とも言えない顔をしていて、フォクナーはアップルパイばかり食べていた。

 ジウがはし派なのは昨日見たけど、シオンも箸を使えたのにはびっくりだ。メルトが興味を持って使い方を知りたがってたけど、アレ、初心者には扱いにくいよな。


 食後に煎茶を飲んで(残念ながらジウの家にコーヒーはなかった)、早速ルーンダリア国へ向かい、それぞれに別れて目的の場所に行く。

 フォクナーとシオンは、街の商工会へ。

 ジウは、中央市場へ。

 僕とメルトは、国営図書館へ。

 あくまで目的は情報収集、とわかっているけど、なんだかデートみたいで楽しい。


 午前中の図書館は学生たちが多かった。課題でもあるのか、数人のグループに分かれて席につき、本を広げて書き物をしている。邪魔をしちゃ悪いので僕とメルトは奥の席に行き、フォクナーに渡されたメモを見ながら本を選んでいった。

 主に魔法、魔術式、魔法道具マジックツールの本……と思いきや、ちょっと違う。


「これ、貸出し禁止の本ですね」

「はい。……こっちの本はないみたいです、専門書でしょうか」

「と言うかこれ、いわゆる禁書じゃないんですかね」


 リストにあったのは、古代魔法文字について書かれた本(持ち出し禁止)が一冊、魔術式の組み方に関する本が二冊。残りの一冊は図書館にはなかった。『禁術式に関する歴史と研究録』って、なんか危険ヤバそうなタイトルだけど。

 とりあえず見つけた分だけテーブルに運び、それぞれの本からメモに書いてある項目を探して書き写す。僕もメルトもその作業に夢中になっていて、僕たちのほうに近づいてきた人物に気づかなかった。


「やあ、おまえたち色気ないデートしてるな」


 いきなり降ってきた声に飛びあがるくらいびっくりする。顔をあげたメルトが声の主を見て一瞬固まり、蒼ざめて僕の後ろへ隠れるまで三秒もかからなかった。

 そこにいたのは、最初の時にメルトを脅迫してた吸血鬼ヴァンパイアの学生だった。


「何ですか? 文句があるなら相手しますよ」

「ちょ、文句なんかないよ! ここは図書館なんだから、刃物はやめろって」


 僕が立ちあがって詰め寄れば、彼は慌てたように手を動かしながら後ずさる。

 パリッとした青基調の制服と、綺麗に切り揃えた金髪、緑色の不穏な瞳。間違いない、やっぱりこいつだ。

 たとえ図書館だろうと、メルトに害なそうとする奴を僕が看過かんかするわけないだろ。


「剣なんて抜きませんよ。何の用ですか? 答えによっては――」

「何もしないってば。おまえたち、顔に似合わず危険な本に興味があるんだなって思っただけだし!」

「……はい?」


 意外な返しに、不覚にも興味を惹かれてしまった。

 メルトの様子を確かめてみれば、僕の陰に隠れながらも彼の様子をうかがっている。その動きがヒナ鳥みたいですごく可愛い。

 こいつ、メルトをあきらめきれなくって口実探してるだけなんじゃないのか?

 怪しむ僕の気持ちを知ってか知らずか、彼は若干浮ついた口調で馴れ馴れしく話を続けてくる。


「おまえたち、禁術式に興味あるんだろ? その本、うちにあるぜ」


 僕が黙ったので調子に乗ったのかも。思った通りこれ、嫌な展開だな。


「どうして、そんな危険な本が貴方の家にあるんですか」

「違法じゃないからいいんだよ。それに、おまえたちだって探してたんだろうが。うちに来いよ、見せてやるぜ」

「やっぱりそう言う魂胆ですか!」


 つい怒気を込めて言い返してしまい、視線が集中するのを感じて失敗したと思ったけど、もう遅い。司書の人が早足で近づいてくると、僕と彼を一瞥いちべつして口を開いた。


「煩くするなら出て行ってください。本日は学院の皆さんが多くいらっしゃいますので、集中を乱す行為は困ります」

「……はい、すみません」


 次はないとばかりに冷たい目を向けられて、仕方なく僕は着席した。調べ物の半分も終わってないのに、追いだされては困ってしまう。

 それなのに元凶の彼はまだあきらめず、今度はテーブルに手をついて目を合わせてきた。


「ランチおごるから、外で話そうぜ。そっちは借りていけばいいだろ?」

「持ち出し禁止図書ですから無理です」

「ソレもうちにあるから、見せてやるよ、な? 何もしないからさ」


 しつこい、と一蹴しようとしたら、後ろから袖をクイクイと引かれた。振り返るとメルトが不安そうに眉を寄せたまま、それでも真剣な目を僕に向けている。


「リュカさま、……私、この方から本を見せていただきたいです」

「ほら、彼女もそう言ってるし! 話は決まりだな」


 えぇー、何でこうなるんだよ。

 お昼は僕お勧めのカフェレストランで、二人の時間をゆっくり過ごすつもりだったのに。


「……わかりました」


 そうは思っても、僕がメルトの意志を無視できるはずもない。

 未練と不満を隠す気にもなれず、僕はプランを台無しにしやがったお邪魔虫を睨みつつ、同行を了承したのだった。





「アルディオ=エンハランスっていうんだ。ルドでいいぜ」


 いきなりニックネーム解禁ときた。本当、馴れ馴れしい奴だな。


「僕はリュカ、彼女はエメルティアです。……エンハランスって」

「フン、驚いただろ。俺はエンハランス商会のご子息様だぜ。敬えよ?」

「はあ……、そうですか」


 貴族かと思っていたけど、こいつ、商人の息子だったのか。

 確か、ルーンダリアの商工会加盟店の中でも特に大きな商家だった気がする、エンハランス家って。


「なんだよ、ハアって。……さ、着いたぜ。中へどうぞ、エメルティア」


 ちょっと待て、ランチ奢るから外で話すって言ってただろって言うか、その手は何だ。

 彼がさりげない風を装ってメルトの手をつかもうとしやがったから、僕は無言でソレを叩き落とした。


「痛ッ、何だよ何もしてないだろ」

「いちいち馴れ馴れしいんです。僕のメルトに触るな」

「ちぇ」


 やっぱり、着いてきたのは早計だったかもしれない。もう帰りましょう、と言うつもりでメルトの方を振り向くと、彼女は真っ赤な顔でうつむいていた。


「どうしたんですか? メルト」

「……いえ、あの、……リュカさま、僕の……って」

「僕、の……?」


 ブハッとルドが吹きだした。


「言っただろ、おまえ、『僕のメルト』って!」

「……え、あ、えぁ!?」


 言った、思わず言ってた。

 なんかこいつに流されてとんでもないこと口走ってた、僕!


「あ、あああのですね! 変な意図はなくってですね! あー、もう貴方のせいでしょうが!」

「うわぁ暴力反対! カノジョの前だろー!?」

「うるっさい黙れっ」


 ああもう、やっぱり今日はついてない。

 彼の自宅(というか店舗)の前で大騒ぎしてしまったから、警備の人が僕らに怪訝けげんそうな目を向けてくる。屈強な男性が近づいてきて、ルドと僕を見比べながら聞いてきた。


「お知り合いですか? アルディオ様」

「うん、友達だよ。……さあ、入って、リュカもエメルティアも」


 おかしな流れで、断れなくなったじゃないか。これ以上騒ぎを大きくして警備の人に警戒されても困るので、僕は仕方なく頷く。そしてメルトの手を取った。

 この流れで手をつなぐのはひどく恥ずかしいけど、安全には替えられない。


「メルト、いざって時は鳥に変身チェンジして僕のポケットに飛び込んでくださいね」

「は、はい」


 小声で打ち合わせてから、ルドに着いて店に入る。

 大きな玄関の向こうは清潔感あふれる白大理石のエントランスホールで、案内パネルが各所に設置してあり、人の姿はまばらだった。案内されるままについていくと、ホールに面したガラス扉が不意に開き、中から男性が出てきた。

 背が高く、長い銀髪と色の薄い瞳で、赤糸で刺繍ししゅうが施された黒い長衣を着ている。その人物に猛禽もうきんのような双眸そうぼうを向けられた途端、ぞく、と背筋に悪寒が走った。


「アルディオ、は?」

「友達です。父上、ですのでお構いなく」

「そうか」


 父と呼びながらも目を合わせようともせず、そっけない態度でルドは彼に返答し、やにわに僕の手をつかんだ。

 足を早める彼に引っ張られる形で、僕とメルトも逃げるようにその場を後にする。


 僕らに絡んできた時とは別人のような硬い表情に、彼と父の関係が良好ではないことを察した。不穏な台詞ではあったけれど、突っ込める空気でもない。そして唐突に思いだす。

 僕としたことが、こんな重要なことを忘れていたなんて。


 吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマは、男女の契りで子を成すことができない。

 彼らは他種族の子供をさらってその血を吸い尽くし、同族に変えて、我が子として育てるのだという。つまり、ルドも――?


 彼のに見られて、悪寒を感じた理由もわかった。

 あの人物は、今となっては珍しくなった人喰いの経験者――呪いに冒されている魔族ジェマ、だったからだ。



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