[6-5 side dy side]翼の少女は予感を胸に明日をまつ
あとから聞いた話によると。
エンハランス氏――ルドさんのお父さまは、白竜の核と魔力を宿した私の身体を触媒にして、白竜をよみがえらせようとしていたんだそう。
もしも儀式が完了していたら、私の魂は代償として砕かれてしまい、死よりもひどい状態……転生もできず永久に消滅していただろうってことだった。
国王陛下はエンハランス氏をきつく叱ったそうだけど、狂気の呪いがだいぶ進行しているから、完全に更生させるのは難しいだろうって話で。商会のほうは陛下が選んだ後見人のもと、ルドさんが引き継ぐことになったみたい。
ちなみに、ルドさんが学校をやめるという話は国王陛下のひと声で却下された。それでも、事後処理や引き継ぎのためにしばらく休みをとることは許可してくださったとか。
その期間に、ルドさんの心の整理もつけばいいのだけど。
そうして数日間があわただしく過ぎ、いよいよ明日には白竜復活の儀式を実行できるだろうってほどに、準備も整って。
その夜、私はリュカさんと一緒に、火竜さんのところを訪ねていた。
満月に一日たりない月が
陛下は火竜さんにも部屋を用意してくださっていたのだけど、かれは建物の中だと落ち着かないと言って城の中庭に留まっている。部屋にいるためにはずっと人型でいないといけないので、それも落ち着かないのかも。
「火竜、起きてますか?」
リュカさんの声かけに、庭のすみで小山のようにうずくまっていた火竜さんが頭をもたげた。いにしえの竜に毎晩の睡眠は必要ないらしいのだけど、他にすることもないから寝て過ごす、ということらしい。
「何だ、白いの。人族ならそろそろ眠る時間だろう」
「まだ寝るには早いですよ。それに、今夜のうちに火竜へ、名前を贈ろうと思って」
いぶかしげな色を映した
竜に名で呼びあう習慣はないそうだけど、リュカさんは火竜さんと白竜に名前を贈りたいんだと話してくれた。ヒムロさんと魔竜の
――僕は、かれらと友になりたいんです。
ブルーの目をキラキラさせて、リュカさんは嬉しそうに語ってた。得体の知れない
その考えはとても素敵だと思う。
だから私とリュカさんは空いた時間に、リュカさんの故国である
「名前など、人族の慣習だろう」
「これから竜たちの慣習にもしたらいいですよ。体色や属性で呼びあうより、ずっと気持ちが通じあうと思います」
「…………」
少し黙って、それからふいに火竜さんの姿が変化する。深紅の髪、騎士風の格好の
拒絶を口にしないということは、許容なのだと思う。
私とリュカさんは視線をかわし、リュカさんが火竜さんの手をとって、そのてのひらに指で文字を書きながら言った。
「
シンプルだけど
気に入ってくれればいいのだけど。
「炎の色、か。発声も難しくはないな。……いいだろう」
かなり時間を置いて、火竜さんが答えた。それを聞いてリュカさんの表情がぱっと輝く。
「本当ですか! 一生懸命考えた甲斐がありました」
「それで、白竜のは」
火竜――紅蓮さんにしては珍しい、間髪入れないテンポで問われた台詞に、リュカさんが固まる。私たちが用意してきた名前は紅蓮さんのぶんだけだった。白竜は明日までに、考えようと思っていたから。
紅蓮さんはリュカさんと私の反応から察したんだろう、「いや、何でもない」と言いながら視線をそらしてしまった。
「いえ、候補は考えてあるんです! 絞り切れていないだけで……ちょっと待ってくださいね」
慌てたように声をあげ、リュカさんは小声で単語をあげ列ねながら考え込む。
優しいリュカさんはそれでも、予想外の火竜さんの期待を感じて
「決めましたよ、紅蓮」
横目でチラチラとリュカさんの様子をうかがっていた紅蓮さんが、今はじめて向き直るみたいな顔でリュカさんを見た。
その不器用さを、私も今ならいとおしいと思える。
「……相応しくない名は、認めないぞ」
「もちろんですよ。紅蓮が似合わないと思ったら、また別の名を考えます。でも気に入ったなら、紅蓮から贈ってくださいね」
「…………」
ああ、そういうことなんだ。
紅蓮さんが、帰ってくる白竜を名前とともに迎えられるように。
「いいですね、約束ですよ?」
「わかった。わかったから、焦らすな」
すねたように言い返す紅蓮さんと、得意顔のリュカさん。白、雪にまつわる言葉はいろいろあったけど、どれを選んだんだろう。私も、気になる。
リュカさんは先と同じように紅蓮さんの手をとり、てのひらに文字を書いた。
「
「雪……の、花……か」
「どうですか? 気に入りました?」
私は雪を見たことがないけど、リュカさんは旅の途中に何度か雪を見たことがあるらしく、白く見える結晶は六枚の花弁を広げる氷の花のようだと教えてくれた。
だから、和国の人たちは雪のことを六花と呼ぶのだろう。
紅蓮さんはまたしばらく時間を置き、ボソリと小声で「悪くない」と呟いた。キョトンと聞き返すリュカさんに、照れたような表情でボソボソ答える。
「悪くない、と言ったのだ。……ありがとう、リュカ」
ここにきてはじめて、紅蓮さんがロウルちゃん以外を名前で呼んだ瞬間だった。一瞬あっけにとられたリュカさんの頬に、みるみるうちに朱がのぼる。
「…………はい! 良かったです!」
「私も、とても素敵な名前だと思います」
嬉しさが、胸に広がってゆく。
一番大事な本番は明日だけれど、必ずうまくいく。そんなふうに思えた。
「ありがとう、メルト。……名前を考えるって、緊張しますね」
「リュカさまでもそうなんですね。ちょっと意外でした」
何でもソツなくこなし、どんなときでも堂々としている。私のリュカさんに対するイメージはそんな感じだ。それを言ったら、彼は楽しげに笑って言った。
「僕はメルトのためだから、頑張れるんです。さ、夜風も冷えてきましたし、そろそろ部屋に戻りましょうか」
「……はいっ」
リュカさんのこういうところだけは、今でも全然慣れない。どぎまぎして視線をさまよわせたら、紅蓮さんに笑われた。
「そろそろ戻るといい。リュカ、エメルティア、明日また会おう」
「は、はい! おやすみなさいです、紅蓮さま」
「ありがとう紅蓮、また明日会いましょうね!」
名を呼びあって挨拶をかわし、私たちは部屋への帰途につく。
きっと明日は素敵な日になるに違いない。――そう、予感しながら。
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※このエピソードは、プロローグの逆視点になっております。良かったらプロローグも読み直してみてくださいね。
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