[4-3]情報整理と僕らの推理


 三人でケーキを食べてゲームをしたりしているうちに時間は過ぎ、夕方に差し掛かる頃に僕らは帰途についた。


 また本を参照したい時は手紙をくれればいい、と彼は言い、今度は外で遊ぼう、と約束させられて、今日のところはお別れだ。思った以上の収穫があったし、彼と仲良くなれた充実感もあって、デートはできなかったけど悪くない一日だったかな。

 歩いて帰ったのでは日が暮れてしまうので、僕はメルトと手をつなぎ、転移魔法テレポートでジウの家へと戻った。屋根の煙突から細い煙が上がっていて、美味しそうな香りも漂っている。シオンが夕飯を作っているのかもしれない。


「ただいま帰りました」

「お帰り、ちょっと遅かったね」


 家に入ると、リビングにいたフォクナーが心配そうな目を向けてきた。僕とメルトは本二冊と書き写したノート(ルドから貰った物だ)をテーブルに出し、今日一日の成果を報告する。

 ノートをめくりつつ僕らの話を聞いていた彼の目が、だんだんと細められていく。


「うっわぁー、狙ってなければ凄いよソレ。リュカって幸運だけで探偵やれるタイプじゃない?」

「は? 何言ってるんですか、フォクナー」

「エンハランス商会に何かあるんですか? お師さま」


 僕とメルトに同時に質問され、フォクナーは二、三度目を瞬かせてから、ノートを閉じて立ちあがった。


「残念ながら商工会に、ロウルっていう人物の情報はなかったんだ。でも、あの樹海に何があったかの手掛かりを得られてね。どうやらエンハランス商会が関わっているらしいよ」

「……ルドさまの、お父さま?」


 メルトが眉を寄せ、呟いた。声が少し震えていて、翼もきゅうとすぼめられている。

 フォクナーは手早くテーブルの上の資料をまとめると、少し疲れたように笑って言った。


「ごはん食べてから話そうか。シオンがキノコのクリームシチューを作ってくれてるから、それ食べたら、ね」

「大丈夫ですよ、メルト。あの人が本当に怖い人だとしても、僕はメルトを守りますから」

「……はい、ありがとです、リュカさま」


 猛禽もうきんのような薄い金色の双眸、彼女と僕に対する無思慮な態度。

 思いだすと、僕も鳩尾みぞおちが締めつけられるような恐怖感を感じてしまう――けれど。

 何があってもメルトを守るという意志に変わりはないし、真相がハッキリするまではルドのことも信じていたかった。





 食事を終えた僕らは、お互いに調べた情報を出し合って確認する。

 まず、ロウルという人物について……は不明。商工会に情報はなく、お城の宮廷魔術師たちも知らない人物だったらしい。


 次に、エンハランス商会について。

 そもそもなぜその話題が出たかというと、フォクナーは商工会に火竜が森を焼いた話をしたんだって。それで、近隣国として関連の情報を持ってないか尋ねたらしい、ダメ元で。

 そうしたら奥の応接室まで連れていかれて、十数分ほど待たされたのちに国王陛下が来たんだそうだ。って怖!


「大丈夫でしたか? シオン」

「うん、まあね」

「シオンってば一気に青ざめて、倒れるんじゃないかって心配しちゃったよ」

「あはは、大げさだなぁ」


 そんな降って湧いた試練を乗り越え二人がつかんだ情報も、かなり貴重なものだった。

 シオンが手帳に書き留めたメモを見ながら、話してくれた。


「陛下の話によれば、エンハランス氏は三年ほど前にルーンダリア国へ移住して来たらしい。息子がいたことと、あとは雰囲気で、人を食べた経歴があると陛下は勘づいて、尋問の末、幾つかの条件を呑むことでここでの商売を許可されたそうだよ」


 屋敷を持たないのが約束、とルドは言っていた。

 ある程度の監視下に置くことで、故意と事故の両方を未然に防ごうという陛下の計らいだろう。


「商工会に加盟してからは大きな問題を起こしていないようだけど、陛下としては移住する以前の経歴が気になったみたいでね。密かに彼の過去を洗っていたらしい。いわゆる闇市場に深く関わっていた人物らしく、特に話題になっていたのが、どんな病でも治せる魔法の薬だったとか」


 どんな病でも治せる……?

 そんな薬が発見あるいは開発されたなら、世界中でビッグニュースになるはずだ。でも僕はそんな話を聞いたことはないし、今も街中には普通に診療所も薬屋もある。信憑性の疑わしい話だ、と思う。


「そんな胡散臭うさんくさい薬、誰も買わないでしょう」

「おれもそう思った。でも、実際に効果が実証されていたらしいよ」

「……え」


 淡々と話すシオンは、その話を信じているわけではなさそうだった。

 一方、彼の隣でフォクナーは自分の口もとに手を添え、視線を落として考え込んでいる。


「お師さまの、精霊使いエレメンタルマスターとしての意見はどうなんですか?」

「理論上は不可能ではない、かな。でも、そんな幻薬を作れるほどの人物なんているかなぁ、っていうのが正直な感想」

「そうですよね……」


 フォクナーとメルトも意見は一緒か。ジウは……あんまり興味なさそうだ。


「まぁ、真偽はさて置き。彼が闇市場から手を引いてルーンダリア国に移住してきたのは、僕がメルトを助けた時期の少しあとなんだよね」


 火竜や一緒にいる魔法使いとルドの父親には、つながりがあるってことか?

 なんだか上手くはまらないパズルみたいでモヤモヤする。


「火竜の襲撃事件のあと、国王陛下はあの樹海を調査したらしいよ。それで、村ではなく何かの研究施設、あるいは実験施設だってことを突き止めたんだって」

「研究施設ですか。ってことは」

「そう、エンハランス氏が例の薬を作っていた施設じゃないかって、陛下は睨んでるわけ」


 なるほど、何となく見えてきた。

 つまり、あの樹海には小さな村規模の研究施設があり、エンハランス氏はその薬を始めとして違法な商品を作成しては闇市場へ流し、儲けていた。それを火竜が何らかの理由で焼き払い、生計の手段を失った氏はルーンダリアに移住して、商工会に加盟することで受けられる支援をアテにし再起を図った、って感じだろうか。

 メルトはそれに巻き込まれた……にしても、火竜が彼女を狙う理由がわからない。


「ジウは当時はここに住んではいなかったんですか?」

おれはもう随分前に旅立っておるからな……。四年前の大火は知らなんだ。元々あの場所には結界が張られておって、入ることも出来んかったのだがな。竜の炎で結界が焼けたのかもしれん」

「なるほどねー」


 フォクナーは一人納得したのか、僕らが資料を写してきたノートに何かを書き加えている。隣のシオンが不思議そうな顔で、フォクナーの手元を覗き込んだ。


「何を書いてるの? フォクナー」

「これは、迷いの森をつくり出すための禁術式。もし焼けた施設がエンハランス氏所有の物だったのなら、禁術式による物品を扱っていた可能性が高いね。ただ、それを売り買いできる形にするには、リスクが大きい」

「禁術式を有効発動させるには、確かが必要でしたよね」

「そう。でも、多くの人を虐殺したような痕跡はなかった。そういう出来事があればさすがに、精霊たちが覚えているだろし。だとしたら、可能性の一つとして……」


 フォクナーは一度言葉を止め、僕の隣でじっと聞き入るメルトを見た。彼女が怯えたり不安がったりしていないかを、確かめたのだろうと思う。

 そうしてから「あくまで推測だけど」と前置きして、彼は話を続けた。


「エンハランス氏はその施設で、禁術式を付与した特殊な薬物や道具を作り、商品として闇市場に流していた。禁術式を有効発動させるため使われたは人の血肉や命ではなく、いにしえの竜の魔石、あるいは鱗などの身体部分だったのかもしれない」

「……つまり火竜は、囚われていた仲間の竜を助けるために施設を襲い、焼き払ったってことですか」

「メルトとの関連を考えなければ、それが一番しっくりくる理由かな、って思う。で、もしかしたらロウルは、竜側に味方する魔法使いなのかもね」

「ああ、なるほど」


 シオンが納得したよう膝を打ち、それから僕とメルトを見て言葉を続けた。


「これはここだけの話として胸に収めて欲しいんだけど、おれが取り戻したい『宝剣』も、龍退治の伝承にまつわる物なんだよ」

「案外、退治されちゃった竜は火竜の友達で、形見だから返せってのだったり」

「でも、なぜ今突然に?」


 ふと湧いた疑問を尋ねたら、フォクナーはううん、と唸って考え込んだ。


「何にしても推測でしかないんだけど……」


 言葉探すように視線を泳がせ、それからフォクナーは静かに続ける。


「いにしえの竜ってらしい。だから、ロウルって魔法使いが竜側につくことでようやく、仲間を助けるため行動できるようになった、とか」

「……そんな」

「だからロウルは火竜に『君が人を殺しては駄目だ』って言ったんだと思う」


 それは、竜が人に殺されても、搾取さくしゅされても、竜側が反撃することは許されないってことなのか?


「可哀想……」


 ふいにメルトが、隣でポツリと呟いた。

 思わず見れば、彼女は瑠璃藍アズライトの両目から涙をあふれさせていて、ひどく傷ついたような表情かおでうつむいていた。


「……メルト」


 その姿があまりに儚く見えて、僕は思わず彼女を抱きしめる。

 腕の中で震えながら泣いているメルトは、竜の境遇に同情しているのだろうか。それともエンハランス氏の非道に怯えているんだろうか。あるいは殺されたという伝承の竜を哀れんでいる……?

 フォクナーがそっとテーブル上の資料をかき集めてまとめ、息を潜めるように言った。


「時刻も遅いし、今夜はもう寝よう。メルト、辛いと思うけど、一人で眠れないなら付き添うから、先に風呂だけでも入ってこれる?」

「……はい、大丈夫です。お師さま、リュカさま」


 腕を解いたら、彼女は涙をぬぐいながら弱々しく笑った。

 それはひどく痛々しくて、僕もなんだか悲しくてどうしようもない。

 ジウが案内も兼ねて付き添い、メルトと一緒に出て行ってから、フォクナーは深いため息をついて立ちあがった。


「リュカ、……もしよかったら、今夜メルトに付き添ってくれないかな。同じ部屋にいてくれれば、一晩中起きてるとかはしなくていいから」

「わかりました。任せてください」

「ありがと」


 フォクナーの疲弊した感じが気になったけれど、僕に今できることは多くない。

 今後のことは、明日になったら考えよう。

 とにかく今夜はメルトが怖い夢を見ずに眠れるよう祈ろうと、僕はこっそりと決意したのだった。



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