第35話 キィを救え!
「久野! 情報を整理しよう。何か、ヒントがあるかもしれない」
ぼくの言葉に久野は一瞬目を開いて、それから大きく頷いた。
未だに壁を殴りつけているこーすけを呼んで、ぼくらは今まで判った情報のかけらを言いあった。
久野が転がっていたたけるの手提げかばんを引き寄せて、その中からプリントとエンピツを取り出して書きとめる。
この『母なる計画』は、地球をいつかの惑星と同じように変化させるためのもの。
この〈船〉の中には『母なる計画』の最重要となる、知的生命種の『種子』が凍った状態で保存してある。
その『種子』を解凍して、生き延びる環境を用意するのが『母なる計画』の最終目標。
ぼくが今握っている鍵は、『種子』が保存している場所の鍵。
そして〈マザー〉のバックアップデータ。
今目の前にいる〈マザー〉は最後の十二人が溶けあったプログラム。
〈チルドレン〉は〈マザー〉が作った調査端末プログラム。
ひとつの惑星を調査するたびに作り上げて、調査が終われば自然に消滅する。
通常〈チルドレン〉はひとつの惑星にひとつのプログラム。感情は持たない。三つまでに分かれることが出来る。
――あれ?
ぼくは一瞬口をつぐんだ。
何だろう。何か――ひっかかる、気がする。
ぼくが一瞬考え込んだ間にも、久野とこーすけ、それからたけるも一緒になって、判ったことを全部並べ立てていた。
そして〈船〉はその間にも、ぐんぐん上昇を続けているはずだ。――こっちは、考えないようにしておこう。まだ大丈夫。体浮いてないし。
いつかの惑星(久野はややこしいからといって『わく星X』とかいた)は恐竜と同じように寒さによって滅んだ。
海賊なのかマフィアなのか――ようするにあれが〈チルドレン〉。キィも同じ存在。
〈チルドレン〉は、外観を持たない。必要に応じて、一番近くにいた人間の考えを再現する。
キィはそうじゃなかった。自分で考えて、姿を作った。
キィの場合、姿を出せるのは四十分がタイム・リミット。充填のために、その後最低五時間は必要。
〈マザー〉は〈チルドレン・プログラム〉のバグであるキィを消そうとしている。
そこまで、書き連ねて。
感じていた『ひっかかり』の正体に気付いて、ぼくは思わず声をあげていた。
「待って!」
久野が、ぴたりとエンピツを止めた。
ぼくは頭の中に浮かんだその正体が消えないうちに、と早口で説明をはじめる。
「何個か変なところがある。ええと……〈チルドレン〉は、ひとつの惑星を調査するのに、ひとつのプログラム、何でしょう? で、調査が終われば自然に消滅する。だったら、なんで――海賊たちとキィが、同時に存在しているの? 両方とも〈チルドレン〉だとしたら、その時点でおかしいよ!」
ぼくの言葉に、久野がはっと目を見開いた。
「それよ! 違和感の正体! それに――〈チルドレン〉は外的要素を持たない、ってことは……よく判んないけど、電波とかそういう奴ってことでいいのよね? だとして、どうやってあのヘンタイ……〈チルドレン〉は姿を現していたの? キィは鍵から……なんだろ、鍵を『核』にしていた気がするの。じゃあ、他の〈チルドレン〉は?」
「〈マザー〉じゃないの?」
目の中にいっぱいはてなマークを詰め込んだまま、たけるが口にする。
「だったら何でキィだけ鍵やねん? キィも〈マザー〉から直接やないん?」
頭をわしゃわしゃかきむしっていたこーすけの言葉に、ぼくと久野はぴんときた。顔を見合わせて、頷きあう。
「鍵だ」
「うん」
「ちょう待て! わからん!」
あわてたみたいにこーすけが頭を抱えた。久野はプリントとエンピツを手提げかばんの中につっこんで、たけるに手渡しながら早口で説明した。
「だから、鍵は何だった? ってこと!」
「何って――『種子』を保存している場所の鍵で、それから〈マザー〉のバックアップデータ、やろ」
「そういうこと!」
「だあああっ、そやから判らんて!」
ただ、すぐ通じないことに少しイライラしながら、ぼくはこーすけとたけるに言った。
「つまりキィは――〈マザー〉そのものじゃなくて、〈マザー〉のバックアップデータから派生した〈チルドレン〉じゃないか、ってこと」
ぼくは握っていた拳をといてこーすけの前に出した。手のひらの中、金色の鍵が静かに存在している。
ひとつ浮かんだ疑問が、また別の疑問を掘り返してくる。そして、ひとつひとつ、想像だけど答えも見つかってくる。
「一番最初にキィとあった時、覚えてる? 星座の宿題って言って外に出た夜のこと」
「え? あ、ああ」
「あの時、キィは姿を現したでしょ。それが変だって思わない? あの時キィはタイム・アップだっていって消えたけど、ぼくらの前に現れたのはせいぜい五分くらいだった。四十分じゃない。で、一回現れたら五時間充填時間が必要っていってたけど――あの日は、せいぜい二時間くらいしかたってなかったはずだよ」
「ごめんなさいオレにも判るように説明してくれると、こーすけくん嬉しい」
「推測だけどね」
久野がぼくらの会話に割り込んだ。メガネのフレームを直しながら、それこそ先生に当てられた問題が得意の奴だったときみたいに言う。
「あの時キィが姿を現したのはイレギュラーだったんじゃないか、ってこと。普段の方法じゃなくて――そばに〈船〉があったでしょ? ようするに〈マザー〉が。普段は鍵のほう……バックアップデータのほうで行っているのを、そのときだけ〈マザー〉から直接立体映像をあらわすのに力を借りたんじゃないかな。だから、時間が普段よりずっと短かった」
あくまで想像に過ぎないけど、でも完全に可能性がゼロってわけじゃない。むしろありうる話だって思った。
「今だってそうじゃない。四十分は絶対、たってたよ。だけどキィは消えなかった。――バックアップデータが〈マザー〉と一緒にあるときは、充填する必要がない、んじゃない? だから、ずっと姿を保っていられた」
「たける、よくわかんないけど……」
たけるが、困った顔でぼくらを見上げてきた。
「鍵と〈マザー〉は別々だってこと?」
ぼくは頷いた。
「バックアップデータ、だから完全に別々ってわけじゃないと思うけど、一定期間ごとに〈マザー〉とリンクしているってことじゃないかな」
「いつもリンクしてるんちゃうん?」
「それだったらバックアップの意味がないよ。〈マザー〉のほうにバグが起きたときに、鍵のバックアップデータを上から載せて正常なときに戻すんじゃないの?」
テストの答案間違えたときに、正解のほうを使うのと同じはずだ。正解のプリントと答えようのプリントが完全にいつも同じように繋がってたら、答えを間違えたら正解だって間違いになる。それは意味がない。だからたぶん、正解の状態のまま、少しずつバックアップをとっていって、答えが間違ったら正解を使うはずだ。
今回は、その正解のプリントのほうが先に、バグを起こしたってこと。
「だとしたら」
こーすけがふっと真剣な顔をして、考え込むように手で口を覆った。
「――〈マザー〉があかんようになっても、鍵は大丈夫な可能性があるってこと、やな?」
「うん。だから」
ぼくは頷いて、久野とたける、こーすけを見ていった。
「この鍵さえ守り抜けば、〈マザー〉が壊れても、キィは大丈夫のはずだ」
その言葉に、ぼくらは何とかなる――『気合』の方法を見出したみたいに、力いっぱい頷きあった。
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