第30話 『母なる計画』

〝うん〟

 久野の言葉に、キィは静かに頷いた。頭の上にいっぱいはてなマークを浮かべているたけるを見て、久野が困った顔をする。

「えっと……なんて言えばいいのかな。原因はともかく、地球にもあったことなんだけど……」

「恐竜だよ、たける」

 どう説明しようかと悩んでいる久野のかわりに、ぼくはたけるにそう言ってやる。その言葉に、たけるははてなマークをびっくりマークにかえたみたいに目を開いた。

「恐竜が絶滅した話! たける、知ってるよ! 隕石がぶつかって、そしたら塵とかがいっぱい降り注いじゃって、太陽が隠れちゃったんだって」

 たけるが得意げに話してくれた。小さな手をぎゅっと握って、早口でまくし立てる。

「そしたら、何年も何年も寒いのが続いて、草とか木とかも育たなくなっちゃって、食べるものもなくなっちゃって、寒すぎて、それで恐竜は死んじゃったんじゃないかって言われてるんだよ」

〝この星にもそんなことがあったのね〟

 キィはどこか不思議そうに、窓の向こうの空を見上げた。確かに、少し不思議だ。もしかしたらぼくらがいつも歩いている角野の道を、ずっと遠い昔は恐竜が歩いていたのかもしれない。ぼくらが暑さに汗を流している道を、太陽を求めて、歩いていたかもしれない。そう考えると、不思議に思えた。

〝原因は違うのかもしれないけれど、その惑星で起こったことも同じだった。死滅した星のかけらが惑星を覆って、そのせいで光星――太陽に近い星の光を遮ってしまったの〟

 静かに、キィは続けた。

〝惑星は静かに死滅の道を歩き始めた。静かに、だけど急速に。いくつもの生物が尽き果てて、惑星はもう、生命を育むだけの力はなくなった。残された知的生命種は最後まであがいたけれど、結局いつか死に絶えて――気付くと、十二人だけになっていた。たったの、十二人。幾万もの生命を育んでいた惑星に最後に残ったのは、たったの十二人だったの〟

 さっきの、十二人だ。

 ぼくらはすぐにそのことに気付いた。あの十二人が、惑星の最後の住人だったんだ。

〝彼らは、今のこの地球よりもずっと高度な技術を持っていた。だけど、惑星外に飛び立つことは出来なかったの〟

「どうして?」

〝星のかけらが、惑星から飛び立つのを邪魔していたから。もちろん、無理をすれば出来たのかもしれない。だけど彼らの肉体が持たなかった。それに惑星の外に飛び出しても、その惑星と同じ環境を持つ星は見つからなかったでしょうしね〟

 久野の言葉に、キィは少しだけ顔をうつむかせた。

〝死を待つだけの閉ざされた惑星になってしまったその星で、だけど彼らはあがいたの。そして、ひとつの計画が持ち上がった。それが『母なる計画』〟

 さっきの映像の中で、あのひとたちが言っていた奴だ。

〝ひとつの大きなプログラムが組まれた。それが〈マザー〉。彼ら十二人はそれぞれが持つ、過去、知識、感情――全てをひとつのプログラムとして組み込んだの。そしてこの、生体素材で造られた〈船〉に搭載した〟

「そいつら自身は、乗らへんかったんか?」

 口を手で多いながらじっと聞いていたこーすけが、ふいにくぐもった声で質問した。キィが頷く。

〝乗らなかった。乗ったとしても耐えられなかったはず。惑星を飛び立つ時の衝撃は、ひどいものだった。星のかけらにぶつかりながら、重力に無理矢理反しながら飛び立つわけだから。それを緩和するほどの機能は〈船〉にはなかったの〟

 ぼくはそっと〈船〉を見渡した。白い、何もない空間。鳥肌が立ちそうだった。

 いつか、遠い惑星で、この〈船〉は造られたんだ。『母なる計画』を巡って、あの映像のように彼らは集まって――だけど結局、彼らはここから降りた。惑星を飛びたったのはこの〈船〉だけだったんだ。〈船〉と、〈船〉に搭載されたプログラム――〈マザー〉だけだったんだ。

「その……〈マザー〉って、十二人そのものだったの?」

 久野の言葉に、キィは静かに首を振る。

〝違う。別物だった。彼ら十二人全ての記憶、知識を一緒にして組み込んだプログラムだから、彼ら自身は残らなかった。〈マザー〉は十二人の全てが融合して説けあった、プログラムでしかなかった。十二人の体は恐らくは死滅したでしょうけれど、その記憶だけはひとつのプログラムとして、惑星を飛びたったの〟

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