第34話 そういえば宇宙船でした

「それで、ええやん」

「……?」

「おまえは、どっちも消えるのは嫌なんやろ? キィも、オレらも」

 言われた言葉に、ぼくはほとんど何も考えずに頷いていた。

「そやったら、それでええやん。どっちも助かる方法を考えようや。そやから、無理やとか言うなや。ええか?」

 こーすけはそういって、まるで何かを確かめるみたいにぼくの胸を手のひらで押した。

「元からそのつもりやったやろ。作戦は、まだ終わってへん」

 そういってぼくを真正面から見つめてきたこーすけの目は、ムカツクくらいカッコよく思えて。――だからか、って思った。だからだ。こいつのこういう目が、信用できるから、信頼できるから、ぼくはいつでもこーすけにパスをする。あの崖から飛び降りるなんて無茶をやった時だって、こーすけの声の向こうでこの目が見えたから、カウント・ダウンの声に身をまかせられたんだ。

 悔しい。

 ぼくはぐっと腕で顔をこすった。

 今のままじゃ、ダメだって思ったから。今のままじゃ、キィを助けられないし、こーすけに勝てる気もしない。だけど、負けるつもりだって、ない。

 鼻から思いっきり空気を吸い込んだ。肺にいっぱい溜め込んで、飲み込んで、それからぼくは言った。

「――ああ」

 こーすけがもう一度にやりと笑う。いつもと同じ、くちびるの端を持ち上げた笑い方。

 ぼくも笑い返そうとして――それはすぐに、遮られた。

「……ねぇ」

 弱々しく、強張った声。ついでに、その声と正反対の強さで肩をバシバシ殴られる。

 久野だ。

 なんだろうと思って振り返った。久野は窓に張り付いて、こっちは見ないまま後ろ手でぼくらを殴りまくっていた。上下していた手が、こーすけの顔面をこする。

「いたっ。……つか亜矢子おまえ、すぐ暴力に訴えんのやめぇや」

 久野は答えないで、バシバシバシバシバシ、連打でこーすけを殴りまくる。

 ……待って。なんか、見たぞ。いつだったか、これと良く似た光景を、見た気がする。

「……」

 いやぁな予感を覚えたのは、ぼくだけじゃなかったらしい。久野の手首を掴んで、とりあえず殴られるのを避けたこーすけと、鍵をにぎりしめていたたける、それからぼくは同時に顔を見合わせ――そっと、窓に近づいた。

『……』

 窓の外に目をやって。ぼくらは思いっきり呼吸を止めていた。

 心臓が止まるかと思った――というかたぶん、自力で心臓止まるんだったら、止まってた。

 それくらい、びびった。

 地上が。ぼくらの学校が。海のある町が。角野町が。


 ――ありえない勢いで、ぐんぐん眼下に遠ざかっていた。


「……飛んでるん、ですけどぉ」

 ようやくになって漏らした久野の泣きそうな声に、ぼくらは止まっていた呼吸を再開させて、同時に喉が悲鳴をあげそうな勢いで、叫んでいた。

『見りゃ判るうううううっ!』


 パニックになるってのは、案外簡単なのかもしれない。

「つーか待て、ありえん。ありえへん。宇宙? 宇宙? オレらこのまま宇宙へれっつごう? 宇宙ステーション? 月は青かった!?」

 こーすけが意味もなくその場でぐるぐるまわり始めて。

「違うでしょ!? 地球でしょ! そうじゃなくて、とりあえず落ち着きなさいよ! 問題は、ええと、ええと、ニュートン! 万有引力! 重力!」

 久野がこーすけの周りで踊り始めて(ぼくにはそう見えた)。

「久野も十分落ち着いてないよ! その前にたぶん酸素! 空気!」

 ぼくはその久野を落ち着かせるために手をバタバタ振り回して。

「ニュートンってなんなの? 宇宙って息できるの?」

 たけるはたけるで、相変わらず両腕を振り回しながらの「なの?」攻撃をはじめて。

 ぼくらはしばらく意味不明のことを叫びあって、それから同時にごっちんおでこをぶつけた。そのまま四人でしゃがみ込む。

 ……痛い。

「ええと……落ち着こう、とりあえず、落ち着こう」

 おでこをおさえて半分涙目になった久野が、弱々しく呟いた。ぼくらはぼくらでおでこをおさえながら、無言で頷く。

「三択ね」

 久野はそういって指を立てた。

「一、逃げる 二、あきらめる 三、見なかったことにする」

「ネガティヴッ!?」

「だって他に思いつかないんだもん!」

 思わず叫んだぼくに、かぶせるように叫び返してくる。

 ぼくは頭をかきむしろうとして、ヘルメットを被っていたことに気付いた。仕方がないので、両手でヘルメットごと頭を叩く。

「選択肢、四!」

 言って、転がっていたブレイブ・ボードを抱えて立ち上がった。見上げてくる久野に、四本指を立ててみせる。

「――キィをなんとかして、ぼくらもなんとかする!」

「何とかってどうするの、っていうかどうやって!」

「気合」

 ばっちりがっちり言い切って、ぼくはたけるに手を差し出した。久野がメガネの奥で目をまん丸にして、口もぽかんとあけていたけれど、一切無視。

「たける、鍵」

 あわてたみたいに、たけるがぼくに鍵を手渡してくる。ぼくはそれを握り締めて、ひとつ深呼吸した。白い壁――〈マザー〉に近付く。

「〈マザー〉!」

 淡く浮かび上がっている緑色の文字に向かって、ぼくは声をあげた。

「これ、どういうことだよ。納得いくように説明しろよ! それから、キィを出せよ!」

 一瞬の沈黙。すぐに文字は緑色に光り始めて、相変わらずの淡々とした言葉で話してきた。

 ――とんでもないことを。

〝最終決定を出した。地球を『母なる計画』の最終候補地として、決定する〟

 その、言葉に。

 ぼくらは数秒言葉を失い、それからネジ巻き人形みたいなカクカクした動きで顔を見合わせて――

 同時に思いっきり声をあげていた。

「でで、ど、ど、で――どうして!?」

 ろれつが回らなくなった久野が、それでもなんとか〈マザー〉に詰めよった。

〈マザー〉の緑色の光は、静かにぴかぴか光るだけだ。

〝〈チルドレン〉はあくまで調査端末にすぎず、決定を出すのは〈マザー〉だ。データ的には多少の問題は含まれていたが〈チルドレン〉がこの惑星以外と希望したことが、逆にこの惑星が規定範囲内であり、決定に値する場所だということに拍車をかける要素となった〟

 ――ええと。

 すらすらと出て来る言葉に、一瞬判断が追いつかなくて思わずまゆげを寄せたけど、すぐに理解した。

 ようるすに……キィが地球をかばったことが、逆に地球に決定するきっかけになっちゃった、ってことだ。

〈マザー〉やキィのいう『多少の問題』がどんなものなのかは、ぼくらには想像つかないけれど、それはこの際どうでもいい。問題は、ただひとつ。

 地球が『母なる計画』最終候補地として、決定されたって事だ。

「ちょっと待てや! 何やねんそれ、キィの気持ち、逆に利用しようっていうんか!」

〝そもそも〈チルドレン〉に『わたし』などありえない。〈チルドレン〉の利用は〈マザー〉として当然のことだ〟

「くそったれ! ぶっ壊したる!」

 こーすけが怒鳴って、壁を蹴りつけた。壁は一瞬へこむように見えたけれど、すぐにもとの形に戻った。効果なし、だ。

 ぼくはカギを握り締めたまま、奥歯をかんだ。どうする? どうすればいい? 気合で何とかするっていったけど、気合にだって方法は必要だ。

 いままでバラバラに拾った情報を、ぼくは頭の中で整理し始める。

 もしかしたら、何かのヒントがあるかもしれない。

「片瀬?」

 となりでたけるを抱きしめていた久野が、強張った顔でぼくを振り返って来た。

 ぼくは顔を上げて、久野を見る。

 そして、ふと国語の授業で習ったことわざを思い出した。

 ――三人よれば、モンジュの知恵。

 今、この場には四人いる!

 一人で考えることなんて、ない!

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