第10話 わがまま作戦

 その日、たけるがぼくの家に泊まりに来た。

 これ自体は別に、全然めずらしくない。もともと、たけるの母さんとうちの母さんが親友同士だったとかで、ぼくらは小学校に入る前からお互いの家に泊まることが多かった。その関係で、たけるは未だにぼくの家にしょっちゅう泊まりに来ていたし(本当にしょっちゅう、だ。夏休みに入ってからは一週間に一、二回くらい来ている気がする)、今日泊まりに来ても不自然じゃない。

 だけど、今日たけるに泊まりに来いといったのはぼくで、これは作戦のうちだった。

 晩御飯を食べながら、ぼくはさも今思い出した、というように母さんにこう切り出した。

「あ、そうだ。母さん。今日、宿題やるからこのあと外にでていい?」

「宿題? なんの」

 晩御飯のナスのでんがくを食べながら、母さんが首をかしげる。ぼくはおみそ汁を飲み干して、

「理科のだよ。宿題一覧のプリント、渡してたでしょ? その中に書いてたじゃん。夏の星座を見てみよう、ってやつ」

「あー、あったわね。あ、ほんと」

 母さんは自分のすぐ後ろにある冷蔵庫を振り向きながらいった。冷蔵庫には、ぼくの学校関係のプリントがはってある。

「一人で行くの? 夜は一人じゃ危ないでしょ」

「こーすけたちと一緒。たいちの兄ちゃんが来てくれるって」

 たいちはクラスメイトのしっかりもので、その兄ちゃんは高校生だ。こないけど。呼んでないし。

「ああ、こーすけくんと。いいわよ、いってらっしゃい。あんまり遅くならないように気をつけてね」

「わかってる」

 よし、ここまでは成功。もちろん、ここまでは失敗るわけもない。

 問題は、ここから先。

 ぼくは隣でごはんを食べていたたけるに、小さく目配せをした。たけるは、はっと気付いたようにお茶わんを置く。

 作戦、スタートだ。

「ひろと、どっか行くの? たけるも行きたい!」

 よし、上手いぞたける。

 ぼくはたけるの言葉に、嫌そうな顔をしてみせる。

「嫌だよ。なんでたける連れて行かなきゃなんないんだよ。ぼくは遊ぶんじゃないぞ、宿題なの」

「やだ、たけるも宿題する!」

「二年坊には必要ないの」

 ぼくはぴしゃりと言って、食べ終わったお茶わんを重ねて、流し台にもって行く。

 たけるはぼくの後を追いかけて、イスから飛び降りて、お得意の両腕ブンブンをはじめる。

「たーけーるーもーいーくーのー! ひろとずるい!」

「ずるくない! うるさいな、わがまま言うなよたける!」

 ぼくが怒鳴ると、たけるは今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。

 う。ちょっぴり罪悪感。……いや、これは作戦のうち。演技、演技。

「母さん、たけるがわがまま言う。なんか言ってやってよ。ぼく、嫌だからね。たけるなんてつれてったら、笑われるじゃん」

「たけるもいくのお!」

 たけるはそう言ってうそ泣きをはじめた。振り回した両腕を武器にするみたいに、ぼくを叩いてくる。ぼくは顔をしかめて、助けを求めるように母さんを見た。

「母さん!」

「いいじゃない、連れて行ってあげなさいよ」

 ――よし、作戦どおり!

 ぼくは内心でガッツポーズを作った。だけど顔はしかめたまま、振り回しているたけるの手を抑える。

「ヤだよ。ぼく、宿題でするんだよ? たけるなんて邪魔!」

「邪魔とか言わないで、ちゃんと面倒見てあげなさい。あんたもう六年でしょ」

「えーっ」

「たけるもいくの、たけるもいくの!」

 母さんと、たけるの二人にはさまれて、ぼくはとうとう根負けしたように、大きくため息をついてみせた。

「……わかったよ。連れて行けばいいんでしょ、連れて行けば!」

 ――作戦、成功。

 ぼくとたけるは、母さんから見えない位置で、こっそりお互い親指を立てた。


 あの時、もしぼくから「たけるも連れて行っていい?」ってきいてたら、母さんはたぶんノーと言ったはずだ。だけど、ぼくが嫌がってみせたことで、「一緒に行く」というたけるのわがままを、「絶対連れて行かない」というぼくのわがままにすりかえたんだ。そうしたら、わがまま合戦。二年のたけると六年のぼくじゃ、ぼくのほうが負けるに決まってる。母さんは自然、ぼくのわがままをダメっていう方向に動いて、結果たけるのわがままをオーケイしたってわけ。

 つまり、これをやるにはまずたけるが「たけるも行く」って言い出さなきゃ出来ないわけで、だから泊まりに来てもらったんだ。

 ばっちり作戦どおり。大人なんて、ちょろいもんだ。

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