第20話 そして花火

 ふいに久野がキィにそう問い掛けた。キィは一瞬沈黙して、少ししてから言葉を選ぶように続けた。

〝〈マザー〉と言う名称は、あなた達の言語に照らし合わせて一番近いものを推測してつけた。本来のわたしそのものであり、わたし――キィとリンクしている存在〟

「……ええと。あの――」

 こーすけが呟きかけて、周りを気にするように声を抑えた。

「宇宙船のことか?」

〝物理的にはイエス、本質的にはノー。あれに搭載されているもののこと〟

 キィの遠まわしな言い方に、いつかと同じ「言いたくない」気持ちを感じ取って、ぼくらは少しだけ言葉を止めた。やめようと言うように、視線を交わしあう。

 久野が話題を変えるように、パネルを示した。

「ねぇ、キィ。あなたはこの――銀河系以外の銀河を見たことがある?」

〝うん。わたしたちはここ以外の銀河に存在していた〟

「へぇ……」

 キィは、太陽系の外、銀河系の外からやってきたってことだ。たけるが目をぱちくりさせて、すぐに大きな笑顔をみせた。

「すごいねぇ、キィ。じゃあキィは、ありえないくらい遠いところから来たともだちなんだね」

 たけるの言葉に、ぼくとこーすけと久野も思わず目を丸くした。そうだ。そう考えたら、すごいこと。

 となりのマゼラン銀河だったとしても、十七万光年も彼方からやってきた友達になる。アンドロメダ銀河なら二百三十万光年、もしかしたらそれ以上遠い場所かもしれない。

 そんな遠い場所からやってきたキィと友達になる確率なんて、それこそ文字通り天文学的数字になるはずだ。

〝ともだち?〟

「そうだよキィ。あたしたち、すごい確率でともだちになったね。すごいね」

 うれしそうに頬を染めた久野のささやきに、キィは一瞬だけ言葉を切って、少しして頷いた。

〝うん。うれしい。ありがとう〟

 砂場の鍵は、遠い宇宙とのともだちをつくってくれたことになる。まるで、砂場で見つかるシーグラスが、海と繋がっているみたいに、砂場の鍵は宇宙と繋がっていた。

 ぼくたちはなんだかうれしくなって、みんなで笑顔をこぼしたんだ。


 海岸で行われる花火大会にも、みんなで行った。

 久野は、ピンクの浴衣を着てた。そういえば、メガネのフレームもピンクだし、この間の水着もピンクだったな、と思って、ぼくはわたあめを食べながら歩いている久野に、聞いてみる。

「ピンク好きなんだ?」

「え? あ、うん。似合う?」

 にこっと笑って、浴衣を見せびらかしてくる。前のほうでたけるとふざけあってるこーすけを確認して、ぼくは小さく頷いた。

「まぁ……うん」

「あは、ありがと」

 久野はそう言って、にこっと笑った。屋台のあかりが、久野の横顔を明るく照らす。

〝ひろと、体温の上昇を感知したが、どうかした?〟

 あああ……

 胸に下げている鍵のままのキィにそうささやかれて、ぼくは頭を抱えたくなった。

「だまっててよ、キィ!」

〝了承した〟

「どーかした?」

 鍵を握り締めているぼくに、久野がきょとんとした顔を向けてくる。

「……なんでもない」

「おーい。亜矢子ー、ひろとー。何しとんねん。ミルクせんべいかったら、いつもんとこ行くでー?」

 ぼくらを振り返ったこーすけが、大きく手を振ってくる。ぼくは小さくほっと息をついた。

 ミルクせんべいを買って、ラムネを買って、人がたくさんいる屋台が並ぶ海岸線から離れる。いつもの、人がなかなか来ない海岸の端に行って、そこでキィに姿を現してもらう。

 瓶のラムネの玉を落とすと、シュポン、という涼しげな音とともに、白い泡があふれだす。こぼさないように口で受け止めると、鼻の奥がつんとした。

「ひろとー」

 たけるがぼくを見上げながら、首をかしげた。

「鼻にしゅわしゅわついてるよ」

 ……。

 あわてて鼻をぬぐう。久野が隣で笑っていた。

〝それはこの星の流儀なの?〟

「そんなわけないでしょ!? キィ、判ってて言ってない!?」

 白い姿のキィに叫ぶと、キィは少しだけ沈黙して――それから、相変わらず無表情に頷いた。

〝少し〟

 こーすけが、ぶはっとラムネを吹きだした。

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