第24話 社会科資料室にて
資料室に飛び込んで、鍵をかけて。暗幕をしめて、窓にも鍵をかけた。
ぼくはTシャツの中から鍵を引っ張り出して、早口でささやいた。
「キィ、出て来て!」
白い光とともにキィは現れた。
色を付け忘れたホログラムみたいな、真っ白な体。きれい過ぎるほどきれいな顔立ち。だけどその顔は、今は少し傷ついたみたいに歪んでいた。
「キィ、教えて」
ぼくはキィの白い顔を見つめた。きゅっとこぶしを握る。
「あれは、何。どういうこと?」
〝あれが〈マザー〉だ。〈マザー〉は修復のために動いている。わたしを消すために〟
――消すために。
キィの静かな一言に、ぼくは思わず目を瞬かせた。久野がちいさく息を呑む音が聞こえた。
「キィ、それ、どういうことなの」
少しの沈黙のあと、久野が震える声で言った。キィはわずかに迷うように黙っていたけれど、すぐにあの宇宙船と同じ秋の教室の声で話し始める。
〝わたしは本来ならば存在するはずのない異端の存在。わたしが存在しつづければ〈マザー・プログラム〉にも重大な欠陥となりうる。〈マザー〉はそれを危惧していて、わたしを受け入れることはないはずだ。だから〈マザー〉はわたしを消そうとしている〟
キィの言葉は、やっぱりどこかあいまいすぎて判りにくくて。
「キィ!」
少しいらだったぼくの声に、キィがぽつりともらした。
〝怖い〟
ふいに漏れ出たその言葉は、予想していなかった言葉だった。キィはどこか不安そうな細い表情を見せている。
〝わたしはもともと存在していなかったものだ。だから、消えるのはある意味で当然なのに。判っているのに、でも、怖い〟
「……消えたくない?」
〝消えたくない〟
ぼくの言葉に、キィは頷く。だけどすぐに顔をぼくに真っ直ぐ向けてきた。
〝けれど、そのせいでこの事態が招かれた。それはわたしにとって、そのこと自体が恐怖だ。ひろと〟
キィの瞳は、相変わらず真っ白で。だけど初めてあった頃よりずっと感情の色が灯っていた。真っ直ぐ、真っ直ぐ、ぼくを見据えてくる。
〝早くわたしを〈マザー〉の元へ。そうすればたけるは戻ってくる。〈マザー〉は約束をたがえない〟
「……もし」
こくんとつばを飲み込んで、ぼくはキィを見つめた。
「もし、キィを渡さなかったら――たけるは、どうなるの?」
〝不明。ただ、推測とすれば――〈マザー・プログラム〉の最終段階のための実験に使用できる〟
「実験……って」
久野が強張った声で呟く。
「そんなんどうでもええわ!」
今度はこーすけが怒鳴った。こーすけは顔を赤くして、イライラした様子で机を叩いていた。いつものふざけた様子からは考えられないほど、真剣な顔で。
「そんなん関係あらへんわ。消えるの怖いとか、あたりまえやん。たけるがどうなるかなんて、今考えててもしゃーないやん。どっちも助かる方法考えたらええだけやん。助けようや。そのためにオレら、おんねんやろ!?」
こーすけの大声に、ぼくは心臓をぎゅっとつかまれた気分になった。
こーすけの視線が動いて、ぼくと合う。
「そやろ、ひろと」
その言葉に、ぼくはぎゅっと一度だけくちびるを結んで、強く頷いた。
「――ああ」
「キィ」
ぼくの頷きを見て、こーすけが今度はキィに顔を向けた。
「何とかして、たける助けるで。キィも消させたりせえへん。そやから、オレらに協力して」
〝あなたたちが〈マザー〉に対抗できる確率は――〟
「知るかいそんなん」
こーすけが、イタズラをするときみたいな笑顔をみせた。
「なぁ、キィ。バスケやってても、無理やってときでもとりあえずゴールポストに向かって走ってくねん。そんで、無茶でもなんでも、シュートうってみんねん。入ったら儲けもんや。入らんかったらもう一回うったらええ。やってみな判らん。確率なんて、二の次やねん」
――だからか。
だから、こーすけはいつでもゴールに向かっていくんだ。シュートをうつのはぼくじゃなくてこーすけが多いのは、そのせいなのかもしれない。こんなときにあれだけど、ちょっとだけ悔しかった。だけどそれ以上に、頼もしかった。
こーすけとペア組んでたら、いつだってなんだって出来るって思えるのは、これだからだ。
今回だって、同じだ。
キィも、こーすけの言葉をじっと聞いていた。たとえがバスケじゃ、少し判りづらかったかもしれない。だけどこーすけの言いたいことは判ってくれたのかもしれない。
キィは静かに頷いた。
〝判った。あなたたちに協力する〟
「よし!」
こーすけがにっと笑った。ぼくらも笑った。大丈夫、きっと何とかなる。確率なんて、知ったことか。
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