第23話 〈マザー・プログラム〉

 真っ青な夏空の下、銀色の鈍い光を放つその〈船〉は静かにたたずんでいて。

 そして、ぼくらが予想だにしないことに、静かな――キィと全く同じ秋の教室の声で話し始めたんだ。


〝こちらは、〈マザー・プログラム〉。〈チルドレン・プログラム〉のバグを修復したい。知的生命種――固体名『片瀬宏人』、あなたの持つ〈チルドレン〉を早急にこちらに渡してほしい〟


 片瀬宏人。それは間違いなくぼくの名前で、だけどぼくはその宇宙船が言っている〈マザー・プログラム〉だの〈チルドレン〉だのは全く判らなくて、ただひたすら目を丸くして立ち尽くすだけだった。

 皆の視線がぼくに集まっているのは感じていた。だけど、どうすることも出来ない。

 黙りこくったぼくに、その宇宙船はこう続けた。

〝あなたがこちらに〈チルドレン〉を返してこないだろうことは、他〈チルドレン〉のデータから推測済み。よって、本来ならこういった手段はとりたくはなかったが――〟

 ふいに宇宙船の銀色の壁が揺らいで、窓が出来た。窓――か、TVのようなモニターか、何か。

 そこに、よく見知った顔が映された。

 目を丸くして、辺りを見回している一人のちび。

「……たけるくん!」

 久野が、悲鳴みたいな声をあげた。その声を合図にするみたいに、たけるを映していたモニターは消えて、またもとの銀色の壁に戻る。

〝固体名『古賀たける』をこちらにて捕獲ずみ。あなたの持つ〈チルドレン〉との交換を要求する〟

「……」

 ぼくは何も答えず、ただ静かに宇宙船をにらみつけた。

 何がなんだか、いまいち判らない。ただ、少しだけなら、判る。

 つまり、あいつはたけるを人質に、キィをこちらによこせといっているんだ。

〝ひろと、すまない。わたしをはやく〈マザー〉のもとへ。こうなることは予測して然るべきだった〟

「キィ、うるさい。黙って」

 早口で話しはじめたキィに、ぼくは静かに呟いた。

 なんだ、これ。すげぇムカツク。すごくイライラする。なんだ、これ。

 こんなやり口、気に入らない。気に食わない。腹が立つ。

 ぼくにとって、たけるもキィも同じともだちだ。バグだとかチルドレンだとか、そんなの知ったことか。ただ、こういうやり方はひたすら気にくわない。気にくわない。気にくわない。

 誰かがまた思い出したように悲鳴を上げた。先生たちが口々に叫んだ。

「みんな、はやく体育館へ! 今警察を呼びました!」

 ――何人かが、あわてたように体育館へ避難する。

 いまさら、なんだっていうんだ? もう、たけるはあの〈船〉の中だってのに。いまさら、避難してどうなるんだ?

「片瀬」

 久野が、震える手でぼくのうでを握ってきた。ぼくはぎゅっとくちびるをかんだ。こーすけと目があう。こーすけも、ぼくと同じ目をしていた。

 こーすけが、無理矢理みたいにくちびるを歪ませた。にやりと、笑みを作る。

「ベスト・コンビ。見せたろや」

 ぼくも汗をぬぐって、同じにやり笑いを返した。

「久野。たけるを助けよう。けど、キィも渡さない」

 ぼくの言葉に、久野は震えを止めた。見上げてくるメガネの奥の瞳に、ひとつ頷いてやる。大丈夫。なんとかなる。こーすけほどは上手くできなかったけど、にやりと笑ってみせた。

「……うん」

 久野が頷いたのを合図に、ぼくらは一斉に走り出した。体育館じゃない。とりあえず、話し合うために大人が邪魔にならないところへ。一番近い教室――社会科資料室へ向けて。

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