第29話 遠い星の話をしましょう
再び目を開けると、そこはやっぱり変わらず〈船〉の中で。
だけど、ついさっきまでそこにいた十二人も、十二人が囲んでいた銀のテーブルも何もなかった。
違和感。
いつもと違う、何か得体の知れない気持ちの悪さがぼくを襲っていた。ひざもがくがく笑っていて、頭もくらくらする。
「大丈夫か、ひろと」
となりからの声に、ぼくは軽く頭を振って、ヘルメットからはみ出ておでこにはりついた前髪を払いながら頷いた。
「なんとかね……こーすけは?」
「生きてはおる。亜矢子もたけるも、大丈夫みたいや」
その言葉に振り返ると、ぼくとこーすけ両方の服をにぎった久野とたけるが、青白い顔でうつむいていた。ぼくの視線に気付いたんだろう、久野が顔をあげて、ぱっとぼくたちから手を離した。
「……ごめん」
「別にいいよ。――大丈夫?」
こくんと、久野は小さく頷いた。
「いまの、なに」
ぼくとこーすけは答えようがなくて、同時に首を振るだけだ。たけるが、ぎゅっとぼくにしがみ付いてくる。その頭を、ぼくはただ撫でてやるだけしか出来ない。
〝この船の――正確には〈マザー〉の記憶〟
その落ち着いた声に、ぼくは少しだけくちびるをかみながら顔の向きを変えた。
白い姿のキィが、静かに立っている。
緑色の光の文字をもつ、白い壁を背にして。
〝〈マザー〉〟
キィは振り返って、緑色の光を見た。
〝この記憶を見せたのは、彼らに対してですか? それとも、わたしに対してでしょうか〟
〝――〈チルドレン〉に『わたし』などは存在しないはずだ〟
緑色の光の静かな言葉に、キィは小さく頷くだけだ。
〝判りました。ただ、少しだけ――少しだけ、彼らと話をさせてください〟
緑色の光は答えなかった。文字は光を発することもなく、静かに沈黙を守りつづけている。
キィはそれを、イエスと受け取ったみたいだった。
〝感謝します〟
小さくそう言って、キィは動けずにいるぼくらを見た。静かな、白い瞳で。
「キィ……」
〝あなたたちと、話したい〟
〈船〉の外は、変わらない青空が広がっていた。少しだけ太陽は西に傾いていたけれど、赤みを帯びるのはもう少し先のことだ。
キィが〈マザー〉に言って作ってくれた即席の窓――だけど、向こうからは見えないらしい――は、角野の青空を映している。校庭の様子は見えなかった。だけど、それでいい気もした。
キィは窓の外の青空を見つめている。
〝角野の空は――よく、似ていると思う〟
ふいにキィがそんなことを言って、ぼくは目を瞬かせた。
その白い部屋の中心に集まって座っていた。キィと初めて逢った、あのこーすけん家のひみつ基地でみたいに。キィを囲んで、ぼくらは顔をつき合わせていた。
あの時と違うのは、お尻の下の感触が畳でもなければ押入れの床でもないってこと。こーすけの家じゃないってこと。それから――あの日と違って、キィをすごく近くに感じるってことだ。
「似ている……?」
久野が、眉を寄せて呟いた。
〝うん。似ている。あの惑星の空と。わたしは知らないのだけれど〈マザー〉の記憶と照らし合わせると、そう思ったの〟
「キィ。さみしいの?」
ふいにたけるがそう言って、キィの手をにぎった。キィはおどろいたように目を少しだけ大きくさせて、それから不器用にたけるの頭を撫でた。
そんな行動も、あの日じゃ考えられないことだった。
〝少し。――大丈夫だから。話を――しても、いい?〟
キィの言葉に、ぼくらは何も言わずに頷いた。キィはありがとうと呟いて、言葉を続けた。
〝ここから……すごく、すごく遠い場所の、すごく遠い昔の話になる。ここじゃない銀河に、こことは違う――だけどこの惑星と同じように、生命が生まれて、発展したひとつの惑星があったの〟
キィの話は、いつかあのこども宇宙科学館で聞いたことの続きみたいだった。
すごく、スケールの大きい話。窓の外、角野の空に違和感を覚えるほどに。
だけど、この青空のずっと向こうであった話なんだ。
キィが言うには、その惑星は地球ととても似ていたらしい。
水があって、緑があって、空気があった。――空気中の成分は違ったらしいけれど。その惑星の近くには太陽と同じような大きな惑星もあった。地球とよく似た星だったから、地球と同じみたいにすごく長い年月を使って、生命が生まれたらしい。それはずっとずっと進化をしていって、いくつもの種類に分かれて、やがてぼくたちと同じ人間みたいな、知的生命種もうまれた。
〝その知的生命種は、惑星中を支配していった。特筆すべきは、適応力の高さだった。それが惑星の中で一番力を持つことになった最大の理由だと思う。彼らはどこにでも住んだ。極寒の地にも、灼熱の地にも、どこにでもね〟
それはぼくたちの地球でも、やっぱり同じことだ。ぼくらは海の近くの角野に住んでいるけれど、地球上を探したら、赤道直下の国だってあるし、オーロラが見えるほど寒い地域に住んでいる人たちだっている。
〝異変が起きたのは、唐突だった〟
キィは窓の外を見つめながら、そう呟く。
角野の青空は、夏の陽射しを抱え込んできらきらと輝いている。キィはもしかしたら、角野の空にその惑星の空を見ているのかもしれない。
〝その惑星の近くの星が、死滅したの〟
キィはそう言って、視線を窓から外した。
〝星にも寿命がある。だからそれ自体は特別な事じゃない。始まったものは、いつか必ず終わるから〟
始まったものは、いつか必ず終わるから。
その言葉に、ぼくは何となく居心地の悪さを感じて、少しだけ体をふるわせた。
〝ただ特別だったのは、それがあまりに惑星の近くで起きたことだった。四散した星のかけらはその惑星の重力に引き寄せられ、天蓋のように惑星を覆ってしまった〟
「……もしかして」
久野が、ふと強張った顔で呟いた。
「気象の変動による絶滅……?」
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