第9話 キリンの顔の滑り台は実はけっこう急です

「キリン公園?」

 よく知っているその単語に、ぼくとたけるは顔を見合わせた。久野とこーすけは一瞬首をかしげて、それから思い出したというように手を打った。

「あー、五番街の中にある公園や。キリンの顔した滑り台があるとこやろ?」

「ああ、あそこね」

「うん」

 ぼくは頷いた。こーすけと久野がとっさに思い出せなかったのは、二人ともが五番街に住んでないからだと思う。五番街の中にあるキリン公園は、そのままキリンの顔した滑り台があるからそんな名前を付けられてる。砂場と、シーソーと、ブランコと、滑り台。普通の大きさの普通の公園。角野にはこんなちっちゃい公園がいっぱいあるし、別にそこが特別どうってわけじゃない。トラ公園とかブタ公園とかゾウさん公園とかお馬公園とか、本当にいっぱいあって、その中のひとつだ。久野とこーすけが一瞬思い出せなかった程度の、そんな公園。

 ただ、他の公園と違うはっきりしたものが、ひとつ。

 ぼくとたけるが最初に鍵を拾った公園。あそこが、キリン公園だ。

 ぼくがその事を話すと、久野とこーすけの目が真剣になった。

「そこに、こいつの本体がおるってことか」

「こーすけ、早とちりしすぎ。その付近、っていってたでしょ」

 まさか本体がまだ砂の中にうまってます、ってこともないだろうし。付近、という言葉が気になったのも事実だ。てか、いやだ。人間が砂場から出て来たら、ふるさと新聞どころじゃない。

 そこまで考えて、ぼくはふと思いついた。

「ねぇ、本来のあなたも、その姿なの?」

 ……たけるがうつったかもしれない。

 けど、ぼくの言葉に、久野がちいさく「あ」と声をあげた。

〝違う。この姿はあくまでも映像に過ぎない。あくまでも、そばにいたあなたたちが警戒しないよう、最良の映像をとっただけ〟

「……じゃあせめて、色付けたほうがいいわよ」

 ぼそっとした久野のつっこみに、彼女はまばたきをした。

〝エラー。イロ、の意味が不明〟

「あ、もしかしたら色の概念がないのかな……納得」

 気にしないで、というようにパタパタ手を振って、久野は呟く。

「じゃあ……その、あなたの本来の姿って、どういったものなの?」

 久野にもたけるがうつってきている。

〝返答が困難。本来わたし自身――意思を持つ知性体としては、外観を持たない。あくまで意思のみの存在。ただし、わたしと本来同一のものは、〈船〉の中に搭載されている。そう想定して、わたし自身は『キリン公園』付近にいると発言した〟

 …………だから。

 ぼくたちはそろってげんなりした顔で沈黙した。

「久野、要約ぷりーず」

「ちょっとは考えようとしなさいよ!」

 ぼくの放り投げた一言に、久野がかみつくみたいに叫んできた。それでも、メガネのフレームに手をそえながら、何とか答えてくれる。

「だから、彼女自身は姿とかないけど、彼女の本体みたいなのは船にあるってこと、でしょ。ようするに、船が本体でいいんじゃない?」

 そこまで言ってから、久野は言葉を切った。

「……ふね?」

〝あなたたちの言葉で一番近いものを選択した。違ったか?〟

 違ったか、と言われても。

 ぼくらは顔を見合わせ、そろって天井を見上げた。いや、角野に海はある。海はあるけれど……キリン公園にあるわけじゃない。キリン公園に、船?

「すげぇ! 水陸両用船!? キリン公園最先端やん!」

「いや、とりあえず黙れこーすけ」

「海賊だよ! だから海賊なんだ!」

「ごめんねたけるくん、とりえず、だまっててね」

 久野にまでそう言われ、たけるはむーっとした表情で黙り込んだ。今まで、人の話全く聞いてなかったろ、たける……

 さらに問いただそうとしたとき、彼女の白い体に映りの悪いテレビの映像みたいな、ざざっとした砂が走った。

〝タイム・アップだ。外部投射映像の一定許容時間を超えた。映像を消去する〟

「は?」

 ぼくらが呟いたその瞬間には、彼女の姿はもうどこにもなかった。

「……消えちゃったの? なんで?」

 たけるの質問に、ぼくらが答えられるわけもなく。

「……時間切れだってさ」

「なんで?」

「知るかよ」

 ただ、判ったのは時間切れだったって事と、残されたのは金色の鍵だけだったってこと。他のことは全部、謎のままだ。

「どないする?」

 こーすけの言葉に、ぼくらは顔を見合わせる。

「とりあえず、キリン公園に行ってみるべきだとは思うけど、ただ」

 久野が、困ったように顔をゆがませた。

「ただ?」

「あたし、そろそろ帰らなきゃ時間がまずいの。門限、六時。自転車もとりに行きたいし」

「あ」

 時計をみると、五時四十五分だった。ぼくとたけるも、あわてて帰る用意をする。

「じゃあ、明日? 朝九時くらいに集合していってみる?」

 飲み終わった麦茶のコップを、トレイに戻しながら聞いてみる。こーすけが頷いた横で、久野が待ったをかけた。

「ねぇ、片瀬とこーすけ、宿題はおわってるの?」

「まさか」

「いやぁん、そんな単語、こーすけくんききたくなぁい」

「たけるもまだだよー」

 ぼくらのやる気ゼロの言葉に、久野がいやそうな顔をした。だって、まだ八月に入ったばかりだ。

「……まぁいいけど。だったら、たけるくんはともかく、あたしたちは夜にでも集合できるじゃない」

「夜は無理やって。オレ、おかんうるさいもん」

 こーすけの言葉に、ぼくも頷く。門限を過ぎたら、外へ出してはもらえない。

 ところが久野は、難しい算数の問題が解けたときみたいな、得意そうな笑顔を見せた。くすくす笑いながら言ってくる。

「だから、宿題おわってる? って聞いたの。今夜、みんなで宿題やるからって言えば、外に出られるでしょ?」

「……夜に?」

 宿題ならお昼にやりなさい、と怒られるに決まってる。だけど久野はにこっと笑ったんだ。

 ――そんな顔、今まで見たことないなってくらいの顔でね。

「お昼じゃ出来ないでしょ。理科の宿題、なんだった?」

『あ』

 ぼくとこーすけは、思わずそろって声をあげていた。理科の宿題を思い出す。


 ――夏の星座を見てみよう。


 ぼくらは顔を見合わせたまま、にやっと笑った。これなら、立派な理由になる。

「ただ、それやとたけるが無理やな。二年はまだそんなんやってへんやろ」

「えーっ! やだっ、たけるも行く! たけるがカギ見つけたんだよ!」

 不満の声をあげるたけるに、久野とこーすけは困った顔をする。ぼくはひみつ基地の床に落ちていた鍵を拾って、ポケットに入れた。

「とりあえず、鍵はぼくが持っておくよ。また海賊だかマフィアだか現れても、やでしょ。――で、たけるだけど」

 ぶすっとしているたけるの頭を叩いて、ぼくは言った。

「ぼくにいい考えがあるから。とりあえず、帰ろう」

 ぼくらは夜七時半に、角野第二公園で待ち合わせをすることを決めた。

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