第25話 ないしょ話
〝まずわたしが〈マザー〉へとリンクする。わたしは〈チルドレン・プログラム〉とデータを共有しているから、そこで一度〈チルドレン・プログラム〉を撹乱する。それによって一定時間〈チルドレン〉を船外に出させる。そうすることで〈マザー〉およびあの船内は手薄になる〟
キィの説明に、ぼくは口ごもる。……こーすけは難しい顔のまま、ぽつん、と言った。
「その、ちるど冷凍はなんやねん」
〝〈マザー〉のための機能のひとつ。知能はほとんどない、プログラムのひとつ。あなたたちが対峙した『海賊』たちのことだ〟
あいつらだ。つまり……と考え始めるより先に、久野が、ほとんど表情を変えないまま告げた。
「何かうまいことやって、あいつらを外に出すから、その間に中に入れってことね」
久野も最近ちょっと雑になってきてる。
〝そう〟
キィが頷いた。
「でもそうしたら、キィも中に入ることになる? 外に置いといて大丈夫?」
〝一緒に行く。大丈夫、そのための鍵は、あの中に有る〟
――今、言う気はないということか。
不安ではあるけれど、キィを信じよう。三人で向かい合ってちいさく頷き合った。
それからすっく、と久野が立ち上がった。
「武器がいるわね」
「……ぶき」
「丸腰はいやじゃない、なんか。気持ち的に。学校から一番近いのはこーすけの家よね、ガラクタもバカみたいにあるし、借りるからね。行こう」
……久野も最近ちょっと雑になってきてる。
スパンッと景気良く扉を開け放して歩き出した久野の背中を見送って、こーすけがぶっと吹き出した。
「たっくましぃ」
「ホントにね。――こーすけ、ぼくらも行くよ」
言って歩き出した時だった。こーすけが、後ろからぼくの腕をぎゅっと掴んだ。
「こー」
「こっち向かんでええから」
振り向きかけたぼくを遮って、こーすけが言った。いつもどおりの、笑ったような声で。
「なぁひろと。お前、亜矢子のこと好きなん?」
――は?
突然の言葉に。ぼくは息をすることすら一瞬忘れた。急に心臓が早くなるのが分かった。後ろから握られた腕が、じんじん痛い。
「オレは好きやで。亜矢子のこと」
「……」
答えなかった。
――正確には、何も言えなかった。世界中から音がなくなって、ぼくの心臓の音だけが聞こえるような気がした。
「そやから――負けへんで」
その声だけは、さっきまでのどこかふざけた調子と違って真面目だった。静かで、真面目な声だった。
キィも、ぼくの手の中で何も言わない。
ゆっくり二回深呼吸して。すっかり遠ざかって見えなくなった久野の背中を、見つけるみたいに真っ直ぐ見据えながら。
ぼくは、後ろのこーすけに言った。
「こっちこそ」
こーすけが、小さく笑った。手を離す。ぼくは離された腕を反対の手でさすりながら、きゅっとくちびるをむすんだ。
顔が熱い。視聴覚室のクーラーを入れていなかったから、熱中症になったのかもしれないけど。
「ちょっとー! はやくー!」
遠くから久野の声が聞こえた。
こーすけが、ぼくの背中をバンッと叩いた。
「行くで」
大丈夫だ。なんだか、そんな気がした。額ににじんだ汗をぬぐって、ぼくは大きく頷いた。
「行こう!」
スーパーウォータガン。BB銃。割り箸鉄砲にパチンコ。爆竹に癇癪球。おもちゃの剣。バスケットボールにサッカーボール。ロケット花火。煙球にブーメラン。なわとびにハリセンにピコピコハンマー。
こーすけの部屋のガラクタを持てるだけ持って、ぼくはこーすけのブレイブ・ボードを借りた。久しぶりに、ヘルメットと手袋、肘と膝につけるパットまで装備した。何があるか分からないから。
そうしてぼくらは、先生たちの間をかいくぐり、自転車とマウンテン・バイクとブレイブ・ボードで宇宙船に突進した。銀の壁が、ぐにゃっと歪んで、不思議にぼくらを受け入れるように広がった。
「いけぇ!」
こーすけが叫んで。
そして、辺りは真っ暗闇につつまれた。
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