第36話 宝さがし!

 キィは――キィ自身は、もしかしたらそのことに気付いていなかったのかも、知れない。自分は〈マザー〉から分離した〈チルドレン〉だって思っているのかも、知れない。

 可能性はゼロじゃない。ただ、百パーセントでもない。ほとんど賭けだ。だけど、何もしないよりずっといい。

 もしかしたら〈マザー〉が壊れた段階で、鍵も壊れるかもしれない。キィはたぶん、このことを考えていたんだ。

 だけど、そうじゃない可能性もあるんだ。その可能性は、きっと、ゼロじゃない。

 ゴールが遠くても、シュートを打ってみなきゃ、入るかどうかなんて判らないんだ。

 たけるがもっていた手提げかばんを、リュックサックよろしく背中に背負う。久野がちらりと緑色の〈壁〉を見て、小声で囁いた。

「とにかく〈マザー〉を壊そう」

「あの壁、めっちゃ強いで。爆竹とか花火とかもってへんか」

「一応あるよ。武器もってきて正解だったね。ただ、使うのはここじゃない」

 ぼくはそっともう一度鍵を握り締めて、それから首にかけなおした。

 首元で揺れる鍵の感触は、夏休み中そばにあったそれで、何でかほっとした。

「バックアップデータのほうがこの鍵を核としているんなら、〈マザー〉のほうだって核があるはずなんだ。あの壁はたぶん、モニターか何かでしかないんじゃないかな」

「核になるものを、探そう――ってことね?」

 久野の言葉に、ぼくは頷いた。それから、たけるに向かって言う。

「たける、この鍵はホンキでたから箱の鍵だったみたいだ。たから探し。いいか? この鍵が入る鍵穴を、探せ!」

 たけるは一瞬きょとんとしてから、大きく頷いた。

「うん!」

 ぼくらは一斉に、その白い部屋を探し始めた。


 ぼくらがいた白い部屋は、ちょうど教室くらいの広さだ。物は特に何もなかったけれど、四つんばいになって、隅から隅まで調べ尽くす。

 あの『ひと』たちは、ぼくらより背が低かった。天井もだから、低い。だとしたら、なにか隠すのは下のほうのはずだ。

 そして、鍵は『種子』保存の場所のものだ。〈マザー〉の核になる部分とは違うのかもしれないけれど、重要なものどうしに変わりはない。同じ場所においてある可能性だってある。

 探し始めてすぐ、たけるの甲高い声が響いた。

「ひろとー! ひろとひろとひろとひろとひろと!」

 連呼されて、ぼくは慌てて飛び起きた。部屋の隅、〈マザー〉の壁近くにしゃがみ込んでいるたけるの元へと走っていく。

 たけるは両腕をバタバタ振り回しながら、舌足らずな早口でぼくに言う。

「あった! あった、ひろと、これじゃないの?」

 たけるが指を指したのは〈船〉の床だった。

 久野とこーすけも走ってきて、しゃがみこむ。

 小さい穴だった。頭が丸くて、下は三角みたいな――なんだかどこかの古墳みたいな形をしている。

 とくん――と心臓が小さく音を立てる。

 確かに、鍵穴だ。じんわりと汗がにじんできて、ぼくらは静かに確認しあった。

 首にかかっていた鍵を手にもって、大きくひとつ深呼吸した。指先が、あつい。

「入れるよ」

 ぼくは小さく宣言して、その穴に鍵を差し込んだ。

 抵抗もなく、鍵はするっと中に入っていく。そして、かちりと奥で音を立てて止まる。

 そして――緑色の文字が浮かび始めた。

 まるでキィの使うあの魔法みたいなやつだって思った。文字は鍵に集まってきて、吸いつけられるみたいに鍵と密着する。

 みんなの視線がぼくの持つ鍵に集まっているのを感じながら、ぼくは一度だけ喉を動かした。こくんとつばを飲み込んで――ゆっくり、鍵を、まわす。


 かちり。


 音は小さく、だけど確かにぼくらの耳に届いた。

「!」

 思わず空気をいっぱい飲み込んで、ぼくらは赤くなった顔を付き合わせた。

 緑色の文字は鍵から鍵穴へと移って、やがて床一面にひろがっていく。

 TVゲームの――魔法みたいだ。魔法陣、みたいだ。光の文字は床を丸く囲んでいって――そして、キィのと同じように、白い光を発した。

 眩しさに目をきつく閉じる。

 まぶたの向こうの白さが薄れたころになって、ぼくらは目を開いた。

 床に穴が開いていた。

 階段が、ぼくらを迎えるように伸びている。


 薄暗い空間だった。

 最初に思ったのはそれだった。階段を下りて、その場所にきて最初に思ったのは薄暗い、と言うことだった。

 さっきまでの白い場所と違う。薄暗い、夕暮れ過ぎの校内みたいな――そんな雰囲気だ。

「ひろと」

「うん」

 すぐそばの声に頷く。こーすけだ。久野もたけるも一緒にいる。

 その場所は薄暗くて、それから狭かった。なんとなく、こーすけん家のひみつ基地、あの押入れを思い出す。

 四人で横に並ぶことは出来ない。ぼくとこーすけが前にいて、久野とたけるはぼくらの後ろにいる。

 細長い廊下みたいな場所。だけど真っ暗じゃないのは、ぼくらの視線の先にある光のせいだ。

 水族館を感じさせる、ガラスみたいな円い柱。太さは校庭にある一番太い木よりもある。高さも天井から床まである――けど、天井自体がそんなに高くないのは変わらずだ。

 ガラスの円柱は透明で、だけど緩やかに光っていた。中に何か粘り気がありそうな液体が入っていて、それ自体が光っているんだ。その液体にくるまれているみたいに、銀色のカプセルみたいなのが浮かんでいた。

「あれが……『種子』?」

 久野の声に、ぼくは頷くに頷けなくて、あいまいに首を動かした。

 ゆっくりと柱に近付いた。硬そうだ。軽く叩いてみたら、確かにガラスみたいな音と感触がかえってくる。

「他にはなんもないな」

 低い声でこーすけが言う。バスケの作戦を練っている時みたいに、手で口を覆って考えている。

ぼくも周りに視線をやってみたけれど、確かに他には何もなかった。この場所にあるのは、目の前の円柱、それだけだ。

「ここには〈マザー〉の核になる部分はない、ってことか?」

 見るからにがっくりした様子のこーすけ。ぼくもぎゅっと奥歯をかんだ。だけど。

「――ねぇ」

 強張った音で、久野がぼくらを呼んだ。

 考え込みすぎて、おでこにしわがよりまくった顔で、メガネのフレームに手を添えている。

「これはちょっと……飛びすぎた考えかも、知れないんだけど」

「別に今の現状でいろいろ飛びまくってるし、いいよ。何?」

 ぼくがうながすと、それでもまだ少しためらっているのか、言葉を選ぶようにして久野は言ってきた。

「この『種子』自体が――〈マザー〉の核ってことは……ない?」

 これ自体が、〈マザー〉の核――?

 ぼくは思わずこーすけと目を見合わせた。こーすけの目の中には、真剣な色だけが入っている。

 どう……だろう?

「……いや、さすがに飛びすぎだよね、ごめん」

 久野があわてたみたいにパタパタと手を振った。だけどぼくらはその考えを完全に否定することは出来なくて、互いに顔色を伺うように絡まった視線を外すことが出来ない。

〝正解。亜矢子は頭もいいけれど、勘もいい〟

「!?」

 ふいに聞き慣れた声がして、ぼくらは一斉にそっちに向き直った。

 柱のすぐ、そば。白い裸の女の人の姿。

 キィだ!

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