第41話 遠い場所からきたともだちに
『種子』を海へ流す――
それが、キィの告げた賭けの正体だった。
〝海はその惑星の大いなる母だから――あの惑星の生命体である『種子』も、年月はかかるだろうけれど、地球に則した存在に変化を遂げる可能性があるの〟
防波堤を降りて、砂を踏みしめる。
太陽はいつのまにか落ちて、残り火のような赤い光が紫や紺とグラデーションカラーの空をつくっている。
その中で、キィは静かに微笑んでいた。
〝そして『種子』は〈マザー〉そのものでもある。上手くいけば、だけれど。わたしは『種子』と融合して地球に則した存在へ遂げられる可能性がある〟
それは、あくまで可能性がある、ってだけで――その可能性はやっぱり限りなく、低いってキィはいった。
融合できない場合もある。そもそも『種子』が変化できずに死滅する場合もある。どっちも上手くいったとして、そのときにキィ自身が残っているかどうかは判らない。
やっぱり、分が悪い賭けだ。
だけど、ゼロじゃない限りやってみなきゃはじまらない。
今このまま何もしないでキィが消えるのを待っていたら、また逢える確率は本当にゼロになるんだから。
ゴールは遠い。でも、打ってみなきゃ、入る確率だってない。
バスケと一緒だ。
「……キィ、またね、だね」
たけるが、必死に笑いながらそう言った。ばいばいじゃなくて、またね、って。ちびのくせに、カッコいいまねをする。いつもバタバタしている手が、ぎゅっと握られているのが強がっている証拠だ。
キィが笑って頷いた。
〝うん。またね、たける〟
久野が、触れられないのを判っていながら、そっとキィを抱きしめた。キィも、同じように触れられないまま、抱きしめ返した。
「キィに逢えて、良かった」
〝わたしも、亜矢子達に逢えて良かった〟
こーすけが、口元ににやりとしたいつもの笑みを浮かべていた。だけど、よく見れば眉毛がぴくぴくしているのが判る。それが、こーすけの必死さのあらわれだって気付ける。
「何年たってもええから、絶対逢いに来いや。オレらジジイになってるかも知れんけど、ずっと待ってるから」
〝うん。必ず――必ず、ね〟
ぼくは鍵を握り締めてから、キィと向き直った。
――笑おう。
「キィ、これはどうしようか? 一緒に流したほうがいい?」
〝それはもう、本来の機能を果たさないただの鍵になったから――あなたが持っていて、ひろと〟
キィが静かに微笑んだ。
砂場で見つけた鍵は、ぼくらに宇宙からのともだちを呼んで来てくれたんだ。
〝いつかまた、逢えるように――お守り、ね〟
「お守りか」
くすっとぼくは笑った。お守り。キィの口から出て来る言葉としては、なんだか不思議に思える。
「判った。お守りだね。大切にするよ」
〝うん〟
ぼくはそっと右手を差し出した。触れられない、だけど確かな握手をキィと交わす。
「またね、キィ。ずっと――ずっと、ともだちだからね」
〝うん〟
キィの白い笑顔は、さざなみの中で柔らかく映えた。
〝またね。わたしの、永遠の、ともだち〟
そして、キィの姿は消えて――
銀色の『種子』は赤く染まった大海原へと、波に流されていった。
それが、キィとのさよならだった。
ざざん……
ざんっ……
すっかり暗くなった砂浜で、ぼくらは何も言わずにただじっと海を見つめて座っていた。
細い月が空にかかっている。波が時折月明かりに反射した。
星が、溢れそうなほどに輝いていた。
「……星って」
ふいに、久野が小さく呟いた。
「あたしたちが見ている星の明かりって、本当は何万年も昔の光なんだよね」
「うん」
理科の授業で習ったことがある。ぼくとこーすけの間に座っていた久野は、ぼんやり空を眺めていた。
「もしかしたら、だけど」
きらきら光る星が、哀しいくらいきれいに見えた。
「――今見てるこの星のどれかが、キィの言っていた星なのかも、知れないね」
最後の十二人のいた惑星だ。
それはたぶん、途方もなく低い確率の話。だけど、ぼくらはキィと出逢って、ともだちになれた。
そう考えたら、別に不思議じゃない。今見ているこの星のどれかが、その惑星の可能性だって、もちろんあるんだ。
惑星が滅亡する前の、姿かもしれない。
夏の第三角形を見上げて、ぼくは頷いた。
「そうだね」
久野の手に、そっとぼくの手を重ねた。反対側の手は、たけると繋がっている。久野の反対の手は、もしかしたらこーすけと繋がってるかもしれない。
久野は、ぼくらのことをどう思ってるんだろう?
ふとそんな考えがよぎったけれど――でも、いまはやめた。
こーすけだって、きっと同じ風に思ってる。
久野のことは、とりあえずおあずけだ。これからどうなるかは、誰にも判らない。
またキィと逢える日が来るとして、その時にぼくらはどうなってるだろう?
判らないけれど――
だからこそきっと、楽しいんだ。
遠いいつかに向かって投げた、シュート。
キィと逢えるというゴールが決まったとき、ぼくらはどうなっているんだろう。
夏の第三角形も、何も言わずに輝いていた。
――ねぇ、キィ。
いつかまた、絶対、逢えるよね。
遠い場所からきたともだちに、心の中で呼びかける。
こうして、ぼくらの夏休みは終わりを告げた。
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