第31話 〝それが、わたし〟
――ひとつとなることを。
あの映像の人たちが言っていた呪文みたいな声が聞こえた気がした。それは、このことだったんだ。十二人は消えてなくなって、だけど〈マザー〉となって、ひとつになった。
それは……それは、どんな気持ちなんだろう?
ぼくはふとそんなことを思って、となりのこーすけを見た。久野を見た。たけるを見た。
ぼくらは別々だ。別々の人間だ。だから、好きとか嫌いとか、考えるんだと思う。ぼく自身が、もしいなくなって、こーすけや久野、たけると溶けあったとしたら――?
ぞくっと、背中が寒くなった。
判らない。判らないけれど、でも――怖く、思った。
だって、それはぼくはいなくなるって事だ。こーすけも久野も、たけるも、消えてなくなるって事だ。それは、死ぬことと一体、どれくらいの違いがあるというんだろう?
でも、あのひとたちはそれを選んだんだ。
「どうして……十二人はそれを選んだの?」
ぼくはキィを見つめて問い掛けた。キィは静かにぼくを見返してきた。
角野の太陽が、キィを照らしている。
〝そうすることが、その惑星の最後の術だったから。それが『母なる計画』だったから〟
「母なる計画って、一体何なの?」
続けざまの質問を、キィは静かに受け止めてくれた。
〝この計画の目的は、ひとつ。〈船〉はひとつの『種子』を抱えていたの〟
「種子?」
〝凍結された知的生命種の種子。それを解凍して、生き延びることが出来る環境の惑星を見つけることが『母なる計画』の最終目的〟
その言葉に、ぼくらは息を呑み込んだ。
「この〈船〉の中に……その生命種の種子が、あるの?」
〝そう。そのためにこの〈船〉は永久に等しい時間、宇宙を彷徨いながら航海した。知的生命種が存在する惑星を探して。いくつもの銀河を渡った。いくつかの惑星が〈マザー〉の目にとまった。気の遠くなるほど長い時間の果てにいくつか、候補となる星を見つけたの〟
キィはそういって、白い壁を――〈マザー〉をみた。
〝そして〈マザー〉はその度に、新しいプログラムを生み出した。それが〈チルドレン〉〟
「……キィたち、だね?」
〝そう。わたしたちが、その〈チルドレン〉。〈チルドレン〉はここから出ることが出来ない〈マザー〉の代わりにその惑星を調査するための端末だった。〈チルドレン〉は外的要素を持たない。その惑星に降り立ってから初めて、外的要素が必要なら組み上げることが出来る特殊プログラム。だから、ひとつの惑星を調査すれば、そこで消える存在〟
「あの海賊も、そうなのね?」
久野の問いかけに、キィは静かな顔で言う。
〝そう。そもそも〈チルドレン〉は知性も感情も何もない、ただの調査端末にすぎなかった〟
「キィはそうじゃない」
反射的にもらしたぼくの言葉に、キィは少しだけ目を細めるだけだった。答えないで、話を続ける。
〝いくつもの惑星を調査した。だけど、生命種が技術を有していないところもあったし、環境が適合しない場合もあった。そうしているうちに、ひとつの異変が起きた。〈チルドレン・プログラム〉にバグが生じたの〟
キィはそういって、そっと自分の胸に手を当てた。
〝それが、わたし〟
キィの漏らした言葉は、白い空間に冷たく響いた。
〝それは恐らく〈マザー〉も、最後の十二人も想像していなかったことだろうけれど……ただの調査端末プログラムに過ぎなかった〈チルドレン〉が自我を持ってしまったの〟
何も言えないでいたぼくたちを見つめて、それからキィは自分の手のなかの鍵を見つめた。
〝どういう経緯で、それが起きたのかは解明できていない。ただ……そのバグは、今後〈マザー・プログラム〉にどんな影響を及ぼすか判らない。バグを放っておけば、他のバグに繋がる恐れもある。綻び始めれば、全ては一瞬にして途絶えてしまう恐れがあるものだから〟
白い手の中で、金色の鍵は静かに握り締められていた。
〝自我をもってしまった〈チルドレン・プログラム〉は――わたしは、怖くなったの。目覚めて初めに感じたものは、それだった。途方もないほどの恐怖だった。だから、わたしは逃げた。この鍵とともに。落ちた先がこの惑星――地球だった〟
そして、ぼくらと出逢ったんだ――
「鍵は……その鍵は、何やねん……?」
まゆげを寄せたこーすけに、キィは握り締めていた鍵をそっと外した。白い手のひらの中にある鍵を見下ろしている。
〝〈マザー〉のバックアップデータ――そして『種子』を保存している場所の、鍵。つまり、『母なる計画』の最重要の鍵〟
金色の鍵は、無機質に輝いていた。
〝それが、この鍵〟
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